--------------------------------------------


27:激震

 あれから無事ホークラックスについての情報を得て、一歩進んだハリーは愛についてを考える。両親は、特に母リリーはその愛をもって自分を守ってくれた。ハリエットもまた自分に対し家族として想ってくれている。
 いったん彼女の正体を置いておき、そんな彼女が想いを寄せていたのはスネイプだ。そして彼を想うが故に彼から……口に出したくもないが、二人で育んだとされる愛の記憶を消し去った。

 闇の魔術に惹かれることはないが、使うことについては別だ。ハリエットを守りたい一心でベラトリックスに放った。だが人を傷つけることに戸惑ってしまったからこそ、ハリエットは攫われたし、磔の呪いをかけられてしまった。
 やはり闇の魔術を好き好んで使いたくなどない。相手にケガを負わせることだって……嫌だ。それを平然と行うやつらなど、冗談じゃない。そう考えて……父ジェームズが行ったスネイプへのいじめを思い出して落ち込む。

 ヴォルデモートを倒したいとは思う。だがそれで闇の魔術に身を落とすは違う。このことこそが重要だと、ダンブルドアは言う。そして……奴が予言を信じ追いかける以上、自分はそれから逃げるのではなく迎え撃たねばならないことも。
 それと……ジニーについてを考える。ロンの妹だ、わかっている。けれども、彼女のことを想うと胸が高鳴り、何でもできそうな、何でもやれるような、そんな気持ちにもなる。

「飛び切りかわいい子……か」
 いつぞやのハリエットの言葉を思い返す。ジニーは本当にかわいい。最近では近くを通るだけでもハッとなってしまうほどだ。告白……してもいいのだろうか。
 とん、とシークがハリーの腕に止まり、様子をうかがうように見つめる。ハリエットは最近手紙を出していない。だから手持無沙汰でシークは時々ハリーを見つけてはその肩に乗っていた。そして後から来たヘドウィグに蹴り落とされるのだ。しばらくもみ合いの喧嘩をして、それからシークは飛んでいく。最近のパターンだ。

「シーク、君のご主人はまたあの部屋かい?」
 彼女、まじめに外でないとそろそろ病気になってしまう、と心配するハリーにシークは拗ねたように知らない、と顔を背けバッと飛び立つ。それを追うようにやってきたヘドウィグにハリーは笑い、曲がった角で思わずのけぞった。ブラッジャーに対する反射神経のように、かろうじて避けてから何にぶつかりそうになったのか見ればスネイプで、ハリーの頭に止まったシークを見る。

 ぶつかりかけたことで難癖言われる!と慌てるハリーはくるりと背を向けるとヘドウィグ競争だ!とそういって走り去っていった。後ろから廊下を走るなという声と減点1点が聞こえるが構うものかと走り……どこかのタイミングで飛んでいったシークを探す。
 シークは空高く飛びあがり、梟小屋に向かっていくのが見え、最近手紙出してなくてごめんね、とヘドウィグを撫でつけた。


 クィディッチの試合が目前となったある日、夕食に向かう途中にハリーは習慣になっていた地図を開いた。ハリエットの花を表示させるか迷い……また一人ぼっちでいるのを見るのがつらくて地図を眺める。

「あれ?」
 マルフォイの名前を見つけてみればそこはトイレで、何とマートルと共にいるらしい。どういう組み合わせだと動転し、地図をしまって急いでそのトイレへと向かった。
 中では青い顔をしたマルフォイが自分がやらねば殺される、と悲痛な声を上げていて、それをマートルが慰めているという奇妙な光景だった。弱り切った様子で泣いている姿はみたことがなく、ハリーは一体何が、と足を踏み出して中に入った。
 そして鏡越しに顔を上げたマルフォイと目が合い、杖を構える。やめて、と叫ぶマートルにかまわず呪いをかけ、マルフォイの呪いを避け……。そうだ、とプリンスの教科書にあったセクタム・センプラを試すときだと杖を握り締めた。きっと、レビ・コーパスのような拘束呪文だろう。
 がたん、という音が聞こえるもハリーは止まらない。

「セクタム・センプラ!」
「プロテゴ!」
 唱えた自分の声と同時に何かが聞こえ、マルフォイの間に人影が割り込む。唱えたものの形になっていなかった盾の呪文は簡単に壊れ、術者と、何か唱えようとしたマルフォイを容赦なく刻んだ呪文にハリーは顔を青ざめた。
 震える手が杖を取り落とし、腰から力が抜けて駆け寄ることもできない。呻くドラコも手足にひどい傷を負っていたが、倒れた赤い髪の方はピクリとも動かない。

 ばたん、と勢い良く開いた扉からスネイプが現れ、座り込んだハリーと壊れたトイレをみて、そして血を流すドラコとヘンリーを見つけた。素早く駆け寄り、意識がかろうじてあったマルフォイとヘンリーを見比べて、先にマルフォイへと杖を向けた。

 エピスキーではない何か歌うような、そんな長い呪文が聞こえてみるみる傷がふさがっていく。ある程度治療をするとスネイプは懐から何か薬を取り出し、血と水に濡れたヘンリーを抱き起す。
 飲ませようとして失敗したのか、舌打ちをするとそれを口に含み、ヘンリーの唇に流し入れる。その間も杖を持った手でなぞるようにして傷を塞いでいった。

 か細い息が聞こえ、ヘンリーの指がピクリと動き出すと、スネイプはほっと息を吐いてからヘンリーを抱き上げ、マルフォイの腕を支える。
 恐る恐る顔を上げたハリーは見たこともないほどの顔をしたスネイプを見て、喉の奥で悲鳴を押し殺す。ここで待つようにと言われるが、そもそも腰が抜けて立つことができない。震えながらこくこくと頷くと、スネイプはふらふらとするドラコと、動かないヘンリーを抱えてトイレから出ていく。どうすることもできないハリーは壊れたトイレから流れる水が血を流すのをただ茫然と見つめていた。

 どうしてハリエットがいるかいないかの確認をしなかった。彼女はなぜ呪文に失敗を……そう考えてまさかと思いつく。彼女は発作を起こして……とっさに座って居られてなおかつ人に合わないであろうトイレで休んでいたのだとしたら。騒動に目を覚まし、杖を構えたがそもそも発作を起こしていたから間に合わなかったのではないか。だとしたら……。


 時間にしてどれほど経ったのかわからない。戻ってきたスネイプはマートルを下がらせると座り込んでいたハリーを立たせて壁に押し付けた。ゴツンと頭を打つ音が聞こえるが、そんな痛みよりも恐怖と胸の痛みが強すぎて何も感じない。
 かつてないほどの怒気と殺気を当てられ、ハリーはあんな呪文だとは知らなかったんです、という声をひねり出すしかできなかった。だってあの本は彼女もあの本の助言を覚えていたから、だから。
 グルグルと回る頭の中、ハリーはまだ手が震えていることに気が付いた。守ると、そう思っていたのに。なのに、彼女を自分が。

「誰に聞いたのだ、あの闇の魔術を」
 押し殺したような静かな声で問いかけるスネイプにハリーは図書館の本で見ました、と嘘を吐く。敵にと書いてあったが、彼女に当ててしまった。それにあんなマルフォイが血だらけで。
 どうしよう、どうすれば、とそればかりが渦巻くハリーを見ていたスネイプは教科書をもって来いと言い出した。プリンスの本、と思いつくハリーはわかりました、と震えながら答えて足をもつれさせながら走って取りに行く。

 もう頭の中はぐちゃぐちゃで、あの本が見つかったら、プリンスの残した研究結果も燃やされてしまうかもしれない、とロンの本を借りてプリンスの本を必要の部屋に隠しに行く。
 こんなことしている場合ではないと、そうわかっているが少しでも血まみれになったヘンリーを頭から振り払いたくて衝動のままに動くしかない。

 そして、待っていたスネイプによって毎週土曜日の罰則を命じられる。本来ならば、ここで退学と言い出さないスネイプに疑問を抱くところであったが、ハリーは迫るクィディッチの試合を思い出して抗議しようとし……血に濡れたヘンリーを思い出して口をつぐむ。出ていったスネイプを見送り……ヘンリーが倒れていた場所にふらふらと向かった。

 水に濡れた中にきらりと何かが光ったのが見えて、レパロ、と急いで唱える。現れたのは金色のブレスレットで、何かの植物に隠れるように銀色の何か……蛇のようなものが見える。よかった、今度はなくさなかった、とほっとするハリーはそれを握り締めてごめん、とつぶやいた。








≪Back Next≫
戻る