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25:聖なる炎の卵
3月の終わりの土曜日の朝、目を覚ましたヘンリーのもとに現れたのはドビーだ。校長からあなたへのお手紙を預かってきました、というドビーにヘンリーは目をしばたたかせ、それを受け取る。どこか落ち着かない様子のドビーにヘンリーはそっと笑い、ハリーは元気?と問いかけた。
大きな目を見開き驚いたような、戸惑うような様子にヘンリーは首を傾げ……もしかして君は、と口を開いた。
「そういえばフィレンツェもヘドウィグもそうだったけど……もしかしてドビーも僕が誰かわかっていたりするのかな」
じっと見つめて問えばありえない、ありえないことです、とドビーは首を振り耳をパタパタとはためかせる。彼らは直接会っていなくとも主人が変わればそれに従うようになっている。つまりは魔法使いらとは何か違う……そういう何かがあるのだ。
フィレンツェらケンタウロスのようなある種の超越した存在だけでなく、どこにいても飛んで帰ってくる梟らの持つ何かを彼らも持っているのだとしたら。
「そうだよ。僕は未来の彼だ。彼は過去の僕だ。クリーチャーも多分わかるだろうけど、かかわってないから気が付いてない」
君の推測通りだ、というヘンリーにドビーはそんなことがあり得るのかとただ驚いていて、ではあなたが、と口を開く。
「そう、私がハリエット。大丈夫、ハリーにはそのまま報告して構わないんだ。私が、ドラコと一緒にいるのは知っての通りだから」
彼に報告して構わない、というヘンリーにドビーは戸惑うように目をさまよわせた。本来ならばドラコを見張っていたいところをダンブルドアからの命で離れざるを得なかったことと、事実に衝撃を受けているようだ。
「ただ、ドビー、このことはハリーが許した相手以外には決して口外しないでね」
「もちろんです、ハリー=ポッター。決して、決して誰にも言いません。ドビーは約束を守ります!」
約束だ、というヘンリーにドビーはこくこくと頷き、さぁ君の役目があるだろうというヘンリーに促されて名残惜しそうに消えていく。不思議なものだ、とヘンリーは大きく伸びをして朝食を取りに行く。ダンブルドアは朝食後来て欲しいという事だったので、何なら合流してもいい。
「またそれしか食べないつもりかヘンリー」
適当に引き寄せたものを食べていたヘンリーに、遅くに戻ってきたらしいドラコが珍しく後から来る。休日ぐらいそんなに食べなくても、と言っている端からこれとこれとこれも、と皿に盛られて大きくため息を吐く。
「あのさ、他の男子生徒並みに盛るのやめてよ」
こしょ、と苦言を漏らせばドラコはあぁ忘れていた、と1ミリも反省も何もしてない顔で言い放ち、トマトを二つ載せる。ほら見て見ろ、と示す先では女子生徒が食べている姿があり、一日の計画に集中しているせいか1つ2つとパンが吸い込まれていく。
でもやっぱり多い、と抗議するもドラコは知らん顔で、もったいないから食べるけどさ、と頬張るヘンリーをそっと見つめる。何とか食べ終わるころにはドラコも食事を終えていて、また籠るけどヘンリーはどうする?と問いかけた。
「ダンブルドア校長に呼ばれているから行くよ。そのあとは久々に箒で飛んでこようかな。足もだいぶ良くなったし」
呼び出されている、というとドラコはどこか複雑そうな顔をした後、気を付けて飛ぶように、といかにも監督生らしい口調で言ってヘンリーの頭を一撫でした後去っていく。
ヘンリーも立ち上がると、ちょうどダンブルドアも立ち上がるところで……大広間の扉の前で合流し、君の来年度についてのことじゃ、と通りかかる生徒らが聞こえるような声で告げる。
わかりました、とついていくヘンリーと共に校長室にむかい、上がっていけばダンブルドアはいつものニコニコとした表情でそこに座るといいじゃろうと促した。出された紅茶を疑いもなく飲むヘンリーはそれで話とは?と首をかしげる。
「夏、君のことを予見した予見者とあってきた。彼は姿は衰えどその魂はあの時のままじゃった。ほんのわずかな会合ではあったが想いは告げられたと、そう思っておる」
君が教えてくれたおかげで、というダンブルドアにヘンリーは誰のことだろうかと考え……あ、と声を上げた。ダンブルドアに転生者が生まれると、そう伝えたのは誰だったのかと思っていたが、まさかまさかの相手だ。
2人の間に何があったかなどはわからない。それでも、どこか穏やかな表情のダンブルドアにヘンリーは、ハリエットはほっとして微笑んだ。
「そのお礼をのべたかったのと、彼に関することじゃ。先日、彼にわしを眠らせる様頼んだのはハリエット、君も知っての通りじゃ。その時に彼はパトローナスを出したのじゃが……」
「知っています先生。彼が出したのは雌鹿。母リリーの雌鹿です。彼の心には最初からその花しかさいていないので。私が、僕がなぜ先生を信頼したかと言えばその一途な想いを抱き、純粋な愛を守り続けたからです」
ダンブルドアの言葉にハリエットはずっと知っていることなので、と頷き紅茶を一口飲む。それをじっと見つめるダンブルドアはなるほど、とそれだけ言って同じように紅茶を口に含む。
「それとは別にフォークスが呼んでいたのじゃ。そうじゃな、フォークス」
わしの要件は些細なものじゃ、と言ってダンブルドアがフォークス、と呼べば美しい不死鳥はするりと現れ、ヘンリーの眼のまえの机にとまる。久しぶり、とカップを置いて撫でるハリエットをじっと見つめると甘えるようにヘンリーに頭を寄せた。
どうした?と首をかしげるハリエットだが、胸元にまるで熱い石を押し当てられたような、それでいてどこも痛くない不思議な感覚を覚え、ビクリと肩を震わせる。思わず胸元に手を置くと何か熱いものに触れ、なに?と戸惑ううちにそれはどんどんと膨れ上がっていく。
やがてハリエットは全身が炎に包まれたのではないかと、そう錯覚するほどに全身を舐めるような炎の感触に思わず目をつぶった。時間にして数秒だったのか、それとも数分だったのか。曖昧なままふいに炎の感触が消えて目を開ければハリエットの手の中に鶏の卵くらいの大きさか、内側から光を放つ不思議な卵が握られていた。
まるで小鳥を手にしているかのような鼓動を感じる卵は光り輝き、それ自体が熱を発している。
「なにこれ?」
「ふむ……これはなんじゃろうか」
長年フォークスと共にいるダンブルドアでさえわからないのか、どこか興味深げに見つめるのをみて、ハリエットは不思議と落ち着くそれを軽く握る。
フォークスがいつもの体重を感じさせない動作でひょいと飛び上がり、ハリエットの手のひらにとまった。バランスをしっかりとって卵を足で握る。相変わらず重みを感じさせないフォークスを見つめていると、まだ美しい状態だというのに突然燃え上がった。え?と驚くハリエットの手の中にあった卵も一緒に消え、灰の中から醜い雛が顔を出す。
「フォークスは、ダンブルドア家に伝わる……一族の者に危機が迫った時現れるという不死鳥じゃ。その始まりは定かではない」
ハリエットから雛を受け取り、いつもの止まり木の下に置いたダンブルドアは囁くような、そんな調子でダンブルドアとフォークスの関係を話しだした。噂では聞いていましたが、というハリエットは何だったのだろうか、と両手を見つめるも何も変わったところはない。火傷も一切ない手のひらに首をかしげ、紅茶を飲んだ。
「あ、そういえば前に何か飲みましたけれども……あれが関係しているのでしょうか」
「そうじゃな。そうだと考えるのが妥当じゃろう。不死鳥は極めて数の少ない……神秘の鳥じゃ。野蛮なものがいくらとらえようとも捕まらず、その羽根一つ手に入れるのも難しい鳥だと、そう聞いておる」
まだ解明されていない謎の多い魔法生物というダンブルドアにヘンリーは小さく首を傾げた。ダンブルドア家に忠誠を誓っているのかわからないが、守護者であるのならば今の流れは一体何だったというのか。
「ハリエット、君におかげで今決心がついた。今こそ轍を埋めるときじゃと、そう感じた。フォークスに感謝しなければなるまい。それと……ハリエット一つ確認したいのじゃが、シリウスの両面鏡は誰が所有していたか教えてくれないじゃろうか」
深々と息を吐くダンブルドアは何かを決心したような目でパトローナスを飛ばす。それでハリエットも何を、というのを思い出してマンダンガスから彼にわたりました、と微笑んだ。じっと目を閉じるダンブルドアはそうか、と深くうなずく。
「あ、そうだ。ダンブルドア先生、私のパトローナスを見てもらえませんか?誰にも見せていない、私の守護霊を」
絶対にこの先の運命を変えて見せる、と心に誓うハリエットがそういえばダンブルドアはにこりと微笑み、どんな動物じゃ?ときらきらとした目で見つめ返した。
「エクスペクト・パトローナム」
しゅるりと現れたアスクレピオスの蛇にダンブルドアは微笑み……君には辛い役目ばかりを押し付けてすまない、と立ち上がってハリエットを抱きしめる。ハリエットも偉大な魔法使いであり、愛を押し殺し愛を信じ……そして愛するがゆえに時に誤った行動をとってしまった……一人の祖父を抱きしめた。
「愛とはまことに厄介じゃな。君たちを愛しすぎたがゆえにたくさん辛い思いをさせた。そして、それが誤った自己満足の愛であることに気が付いたときにはすでに数えきれないほどの愚策を施し、愛に満ちたものに正反対の役割を押し付けた。ハリー。こんな……目的のために他者を利用し、時に思い込みから非道をも行った……愚かな老いぼれのわしでも愛してくれるのか?」
「先生、ありがとうございました。肖像画となったあなたにいつか伝えたいと、そう思っていました。師として、家族として愛しています、アルバス=ダンブルドア校長」
ストルゲーという名の愛を伝えるハリエットにダンブルドアは血のつながった家族の間でさえ得られなかった愛に、自ら壊した愛にハリエットを抱きしめる。やっと言えた、と笑うハリエットにダンブルドアは君たちの本質はアガペーそのものじゃ、と心の中で呟き赤ん坊のころからずっと見てきた孫娘を優しく撫でる。
そんなダンブルドアの空色の瞳を見て、ハリエットは笑う。力を持った魔法使いが皆皆……グリンデルバルトも、ダンブルドアも、過去の事件に関係した数々の魔法使いも……そしてヴォルデモートことトムも皆何かが欠けていた。欠けていたからこそ、事件を起こし、事件を解決し……その穴を埋めようとしてきた。だから、時にそれは世界を脅かす極悪人にも、人々を救うこととなる英雄あるいは賢人になったのだろう。
そんな人らと肩を並べるのはおこがましいが、ヴォルデモートの魔法に耐えることができた自分もきっと欠けていたに違いない。だから彼を倒すことができたのだろうし、ニワトコの杖もまだやっと成人した、子供に毛が生えたような者だというのに忠誠を誓ってくれた。
この間の模擬戦でも、彼が死喰い人として、そして騎士団員としての力をもってほとんど手加減せずに対峙してくれたことが、自身の体に潜む力を示しているのだろう、とハリエットはあの頃は受け入れられなかった英雄たるゆえんをようやく知ることができた。
僕にそんな偉大な力はない、とそういってきたがパトローナスは誰よりも強かったし、14歳でヴォルデモートと繋がった杖を押し返すことができたのも……本当に力が弱い人からすればふざけるなと言いたいほどだっただろう、とハリエットは今の何も知らないハリーを想い、くすくすと笑う。
ダンブルドアもわかったのか、いずれ彼も実感するじゃろうとそう微笑む。
「何か……何か一つ君に贈り物をしたのじゃが、あいにくわしには娘も姪もおらん。何か欲しいものを一つ言って欲しい。これは……ここ数年誕生日もクリスマスも満足に祝えなかった祖父の最期の気持ちを受け取って欲しい」
なんでもいい、というダンブルドアにハリエットはきょとんとして、じゃあ一つお願いしようかな、と笑う。ずっとダンブルドアは守護者として、祖父として、ハリーを愛せなかった時間を埋めるようにハリエットを見てくれた。そして今も、甘えることができない状況のハリーにできない分を……同じ世界を繰り返すハリエットに与えようと、不器用な愛を渡そうとしている。
「母さんの夢をかなえることはできないけれども、写真を撮りたいんです」
世界一幸福な写真が欲しい、というハリエットにダンブルドアはすぐに手配しようと涙をこぼしながら微笑む。幸い、短いとはいえイースター休暇の真っただ中だ。今日はこれからあやつのもとに行かねばならないが明日必ず叶えよう、と頷いた。
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