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21:衝動

 1月になり、冬季の休みが終えてヘンリーは時折廊下を振り向いていた。なんだか妙に視線を感じる、と首を傾げてこつこつと杖を響かせて学校をめぐる。感傷に浸っている場合ではないが、この美しい城を目におさめておきたいと、ヘンリーは何も考えずに歩き回っていた。
 そういえば闇の魔術に対する防衛術をとっていないためにこっちに来ていなかったな、なんて考えていたヘンリーは突然何かが顔についた、と判断する間もなくぐらりとその場に倒れこむ。

 ばたん、という扉が閉まる音に男は腕の中に抱いた青年にしては軽すぎる生徒を抱えて混乱していた。最近城のあちこちを見て歩いていた彼を追っていたわけではないが、気が付けば行く先を見ていた。
 そして偶然……この自室の近くを通ったのを見て……とっさに手に持った魔法薬を布に染み込ませて鼻先を覆ってしまった。落ちた歩行補助用の杖を呼び寄せ、眠った生徒を連れて自室に入り……自分の行動が信じられずにスネイプは混乱したまま赤い髪の生徒を見下ろした。

 トンクスと戻ってきたのはやはりヘンリーで、どうして少女だと思ったのかと首を振った。だがそれから……なぜかドラコを追えなかったときにヘンリーを目で探す自分がいたことに一週間がたってようやく気が付いた。
 そして今、なぜか彼を眠らせて自室に引き込んで……何がしたいのだ、とただただ混乱する。小さな寝息に、こんな風に背後から抱きかかえて……寝にくいだろうし、そもそもそういう問題ではない。

 ひとまず寝室に連れていき……ヘンリーを抱えたまま寝台に横になる。

 いや、おかしい、と自身の行動のちぐはぐさに何か未知の呪いでもかかっているのではないか、とぐるぐると思考が空転し……はっとヘンリーを見下ろした。

 彼を抱きしめて横になって……夏ごろから疑問だった隙間が埋まったことに気が付き、スネイプはまるで少女のような寝顔のヘンリーをじっと見降ろす。まるでこれがピースだったかのように、あまりにもしっくりときて意味が分からない。
 すりっ、とヘンリーが身じろぎ、スンスンと鼻を鳴らした後とても安心した顔で微笑む。擦り寄るヘンリーを見ていたスネイプはなぜ彼がこんな顔を……とじっと見つめ……まるで磁石と磁石でくっつく人形のように唇が合わさった。

 まるで何かが喜びで満ちるのがわかり、スネイプは考えるのを放棄しただ幸福感に目を閉じる。間違いなく薬の効果でヘンリーはまだ眠っている。だからこれは……きっと自分も見ている夢に違いない、とスネイプはヘンリーを抱きしめて口づける。

 目を閉じ、倫理観も何もかもを無視してただ口づけを繰り返す。何度か目で唇に何かが当たるのを感じ、何だろうかとそれを招き入れると、それはヘンリーの小さな舌で、留め金がどこかに吹っ飛んでいったかのように、貪るように深くなる。

 深くなる口付けに夢中になり……ヘンリーの息が荒くなるとさすがにこれ以上はまずい、と唇を離し、胸に抱きしめる。少し体温の上がったヘンリーを抱えているうちに、知らず溜まっていた疲労がスネイプの意識を薄れさせ、ここ数か月ついぞなかったほどに深い眠りへと落ちていった。


 夢の中でスネイプは真っ白い空間にいた。あまりにも白くておかしな空間。そこでまるでずっと日の目を浴びていなかったかのような弱弱しい芽を見つけ、そっと手で包み込む。何度も折れたかのような芽はそれだけで生き生きと葉を揺らし、小さく輝く。
 いつの間にか芽吹いていて、とても大切で……愛した芽。リリーとは違う、別の芽は静かに揺れている。

 目を覚ましたスネイプは腕の中が温かいことに気が付き、まるでそこにいるのを確かめるように抱え直した。少し甘いような香りにしっくりとくる抱き心地。もうずっと前からこうしていたような気がして、スネイプはため息をついた。
 ふと、ヘンリーのポケットから懐中時計を見つけ、開いて時間を確認する。もうじきに目を覚ますだろうとスネイプは体を起こし、寝台を整えてヘンリーを眠らせたままにする。
 このまま、発作が起きたのか目の前で眠りかけていたヘンリーを介抱したと、そういえばいいとスネイプは隣に部屋に移動し、何も考えずに戸棚に残っていた薬を煽る。煽った後で何の薬だったかと思うももう飲んでしまったのと、これは害がないというよりもこれ以上暴走しないようにするために必要なものだった、と妙な確信を持ち……レポートの採点作業を始める。

 ほどなくして、え?うそ?え?と大混乱している風の声が聞こえて扉が開く。恐る恐るという風に出てきたヘンリーは寝癖が残っていて、スネイプは思わず口角が上がりそうになり、慌てて顔を引き締めた。

「廊下で倒れかけていたのを見て、とっさに連れてきたのだ。椅子で眠るよりは幾分ましだっただろう」
 そう声を掛ければ驚いたのか飛び上がった後本棚にぶつかる音が聞こえ、ふぎゃと転ぶ音が続く。大丈夫だろうか、とスネイプが立ち上がるとヘンリーは顔を真っ赤にした後、ご迷惑をおかけしました、と声を張り上げて歩行補助の杖を掴みまるで脱兎のように逃げていく。

 それに声をかけそびれたスネイプは目を潤ませ、真っ赤に染まった顔のヘンリーを見てしまい……思わず片手で顔を覆った。まだ寝台に行く時間ではないが、ふらりと立ち上がるとまるで彼のぬくもりを抱きつぶすようにして横になり……かつて前にも同じことがあった気がする、と目を閉じた。ただただ、愛おしくて仕方がなく、リリー以外にこんな想いを寄せることができたのだと、スネイプは戸惑うしかない。




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