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20:彼の未来の為に

 足の治りと魔力の治りについて、3か月振りの検診にハリエットは闇払いらが厳重に配備されている中、聖マンゴ魔法疾患病院にやってきた。頬の傷についても見てもらうがどうやら痕が残るという。
 女の子なのに治せなくてごめんなさい、と主治医となっていた女性の癒者が頬に手を当てて思いつく限りの解呪や治療の魔法を唱えるも、少し薄らいだだけでそれ以上は見込めない。セクタムセンプラに近い魔法だったのかな、と考えるハリエットは気にしてないから大丈夫です、と答えた。
 
 あのクリスマスの晩以外化粧なんてしたことがないハリエットは化粧道具の一つも持っていないが、ファンデーションとやらを買えば消えるかな、とその程度としてしか認識していない。

「足の具合はまだ呪いが残っている状態です。ただ、前よりはかなり良くなってきていると言えるでしょう。体の魔力に関しては何かあったんです?ほとんど回復していると言えるでしょう。ただ、まだあの症状は続く可能性があります。くれぐれも無理はしないように」

 診察結果はだいぶ良好で、ハリエットはほっと息を吐いた。この後のことをいろいろ考えれば魔法が使えないことが起きてはならない。足は……箒に乗っている間はしっかり挟むことができれば問題はないだろう。足を怪我したことがないのでたぶん、としか言えないが。

「闇払いの方がロビーで待っているはずです。少し早いので……もしかしたらいない可能性もありますが……」
「大丈夫です。目くらましを掛けておきますので」
 ずっとハリエットの護衛がいることもできず、時間になったらという約束だった。だからその場合の対処方法として、目くらましを自身に使うことをトンクスに話してある。それならば、と頷く癒者に手を振り、ハリエットは診察室を出た。

「あぁ、ちょうど終わったのね。4階に入院している方についてちょっと話が」
 廊下に出るとちょうどノックをしようとしていた看護婦とはち会い、ローブを深々と被ったハリエットは無言で頭を下げ道を譲った。扉が閉まる前に聞こえた言葉に癒者って大変なんだぁと踵を変え「あぁプリンス氏ね。えぇっとそうね、肌が元に戻るまでは……」

 ふと聞こえた声にハリエットは目をしばたたかせて立ち止まった。閉じた扉を見つめ……そうか、まだこの時ご存命だったんだ、と新聞の端にかかれた訃報を思い出した。
 大戦を乗り越えた後、彼はどうなるのか。ダンブルドアを殺したことと死喰い人としての活動で裁判にかけられるだろう。ハリーが記憶をもとにかつて自分が行ったように擁護してくれるとは思うが……助けはたくさんあった方がいい。

 握った懐中時計を開き、入れていたヘンリーと一緒に並んだスネイプの写真を見る。スネイプ一人の写真でもよかったが、先生の顔が大きく表示されるとそれだけで落ち着かなくて……。
 でもヘンリーと映るスネイプはいつもヘンリーを抱きしめている。まるで……母リリーと映っているかのようなスネイプを見ていると幸せになって欲しいと、心からそう思うようになった。だから二人でいるときの写真を入れたのだ。

「すみません、先ほど聞こえてしまって……。昨日見た予見で、プリンスという方を見ました。もしかして、プリンス家の当主の方でしょうか」
 扉を開き、慌てる二人に向かってハリエットはフードを下して問いかける。危険なのはわかっている。それでも、彼のためならば怖くなどない。
 守秘義務があるからだろう、困った風の癒者に彼の孫にかかわる重大な未来なんです、と必死に頭を下げる。ぽかんとしていた看護婦はそれで少女が世間で噂されている逃げのびた女の子であることに気が付き、はっと驚いた顔になる。


 必死な様子の少女に、担当医はため息をつき、目くらましをしてついてきてください、と立ち上がった。それに頷き、ハリエットは目くらましを自分にかけると、自分などいない風に歩く癒者の後をついていき、一室の個室の前で立ち止まった。
 ノックをして中に入ると具合を尋ね、実はあなたに会いたいという面会希望者がいるのです、という。難色を示す老人の声が聞こえるが、ハリエットは構わず扉を開いて中に入りながら呪文を解除する。

「予見者のハリエット=ポッターと言います。あなたのお孫さんについて、あなたにお願いがあって参りました」
 まっすぐ目を見て告げるハリエットを老人は値踏みするかのように見る。暗く黒い瞳はスネイプと同じで……ハリエットはブレスレットを握り締めた。

「孫だと?はっ、冗談はよしてくれ。わしには子はいない」
「いいえ、アイリーン=プリンスがいました。マグルの夫を持つ魔女です」
 怒りの感情を見せる老人にハリエットは一歩も引かず、静かに告げる。癒者はいつの間にか席を外していた。もしかしたらトンクスにハリエットがここにいると言いに行ったのかもしれない。広めの個室にはハリエットとプリンス氏しかおらず、扉が閉まると途端に何も聞こえなくなる。

「あなたの孫であるセブルス=スネイプは年を越したさらに翌年……1998年の5月、彼はきっと裁判に掛けられるでしょう。しかし、彼には一切の後ろ盾がいません。唯一私の片割れであるハリー=ポッターが先陣で擁護すると思いますが、ほかに魔法界の血統を示すものがありません」
 もう来年。そう、もうそれしかない。自分ができるのは……彼にとっては余計なお世話かもしれないが選択肢を増やすことだ。

「それまでに彼はとても大きな罪を犯します。詳細は言えませんが、誰もが想像もできないほどの罪です。けれどそれは彼の罪ではなく、計画された罪です。すべては5月に明かされます」
 ダンブルドアを殺し、仲間を裏切って闇の帝王に服従するという罪。スパイという罪。

「なぜわしがそこまでしなければならない」
「プリンス家を守りたいのであればお願いします。特に断絶してもいいとお考えならば……それでもきっと大丈夫です。彼は彼で自分の手で安寧を掴むでしょう。ただ、彼にもあなたにも……選択肢を与えたかった。ただそれだけです」
 慎重に問いかけるプリンス氏に対し、ハリエットはかつて存在しなかった選択肢を提示する。もしも、もしも彼がプリンス家に入ることを承諾すれば純血の家は保たれる。
 
 さすがに純血思考というわけではないが、一つの歴史が消えてしまうのが悲しかった。だから……これはハリーの、ハリエットのわがままだ。ずっと家族について悲しみの記憶しかなかった彼が……幼い学生だった彼が半純血のプリンスと縋るぐらいには母方の家系に興味があったはずだ。

「お体が悪い時にこんな申し出をしてしまいすみません。ただ、もう時間がなかったので」
 伝えることは伝えた、と退出しようとするハリエットだが、プリンス氏は待て、と声をかけた。

「その孫かもしれないというセブルス=スネイプというのはどんな人物だ」
 プリンス氏は初めてその名を読み上げた、という風にしていたが、それにしてはスネイプの名を呼ぶ声はどこか滑らかで……。きっと、アイリーンが子産んだことを報告した際名前を告げたのだろう、とそうハリエットは考える。
 純血の家からマグルへの結婚はほぼ勘当ものだったはずだ。そうでなければわざわざ新聞の片隅に載るはずがない。だから……会いに行かなかったし、放置した。でもきっとどこかで娘を案じ、孫を描いたはずだ。

「スリザリン出身で、魔法薬学の教授を歴任し、今年度は生徒が自ら魔法で自分を守れるようにと闇の魔術に対する防衛術を教えている……厳格で自他ともに厳しい先生です。研究を始めると飲食を忘れてしまうほど熱中して、身なりに気を配らないから、研究に没頭している時なんてシャワーなんて本当に短くて。でもちゃんとすれば髪だってしっとりしていて、他の生徒が悪口を言うときみたいな、ねとねとの頭なんてことはないんです。あと、とにかくスリザリン贔屓で陰険でどこか顔色が悪く見えて。鷲鼻だし、髪だって手入れをきちんとしないからいつも薄汚れているので、育ちすぎた蝙蝠なんて呼ぶ生徒もいます。でも、贔屓って言ってもスリザリンはただでさえ孤立気味なうえに人数も少ないから仕方ないんじゃないのかって思うところもあると思うんです。本当はすごく優しくて、でもそれを知られるのがすごく嫌いで。少しでも副作用があると不満そうにそれを改善できないか考えていて。誰よりも憎い人に似ている子供を命令とは言え陰ながら必死に守って。誰よりも勇敢で、とても、とてもやさしい人です」


 ハリエットは思いつく限りのスネイプを浮かべて、思うがままに口に出す。好きで好きでたまらない……大事な人。ハリエットにとっての生きる意味。
 最後まで言い切ると、プリンス氏はどこか優しい表情になってそうか、と微笑む。それがどこかスネイプの微笑みに似ている気がして、ハリエットは目をしばたたかせた。

「君は孫を好いているのか。そして孫も。生徒と教師という関係をいささか超えるものが聞こえたが、それは君がいう1998年の5月以降を楽しみにしておこう」
 その時は君が孫を連れてきてほしい、というプリンス氏にハリエットは超える……?と首をかしげてはっと顔を赤らめた。シャワーなんて、シャワーなんて、なんで一介の生徒が知っているんだ!と自分の失態に顔から火が出そうになる。

 先ほどまでずっと緊張していた風の張りつめた様子だった少女が自分の失態に気が付き、顔を真っ赤にすると年相応に見え……プリンス氏はわかったという。
 そうだ、とハリエットは懐中時計を取り出すと写真に向かって杖を振った。するりと元のサイズの写真が出てくると、あなたの孫の写真ですと差し出した。

「隣にいるのは私が変装するための魔法薬を飲んだ後の姿です。これも先生が作ってくれました」
 さぁと差し出すと写真のスネイプは隠れようとして、ヘンリーに腕を掴まれてしぶしぶ戻る。この写真を持っていて本当によかった、とプリンスが受け取ったのを見て手を離す。

「あぁ、アイリーンの面影が見える。あのマグルの男がやや強いが、そうか。これが……」
「写真は……好きにしていただいて構いません」
 どこか憂いた目で写真を見るプリンス氏にハリエットは微笑み、懐から薬を取り出して飲み干す。赤毛の少年に変わるとさすがだな、とプリンス氏は笑い……孫が会いに来るときは君も一緒だ、という。
 それに対し返事がうまくできないハリエットは彼にそう伝えます、とそういってヘンリーの姿で廊下に出た。ローブを深くかぶって目くらましをして……心配するトンクスのもとへと移動する。
 これで……彼にも家ができる。もしかしたら当主の意向でどこかの貴族の令嬢と結婚するかもしれないが、それでもきっと彼なら……。

 どう計画してもその光景を見ることができないのは幸福か、それとも……。
ただ一つ決まっていることがある。それは彼を絶対に助けること。ただそれだけだ。




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