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19:忘却に消えゆく星に刻まれた…

 ドラコの想いを知り、そして親友であることを約束しあったヘンリーは少し気持ちが軽くなって廊下を歩いていた。
「とっとっと」
 杖が雪解けでできた水に滑り、ヘンリーは持ち前のバランスの良さで転ぶのを回避する。慣れてきたとはいえたまには普通に歩きたいな、と外を見て……人気のないところに出ていった。
 ほどなくして木陰から出てきたのは一頭の雌鹿で、まだこの方が動きやすい、と足跡を残しながら城外を歩いていく。気が付けばミント系の草がおお威張りですっかり荒らしたあの場所で……ぼうっとしていたヘンリーはがさりという音に驚いてそちらを見やる。

 そこには同じように驚いた様子のスネイプが杖を軽く構えて立っていた。え?こんな雪の積もったところで何を?とハリエットが驚いてちらりと視線を動かせばあの石のベンチに座っていたというのが分かりますます訳が分からなくなる。
 スネイプの唇がわずかに動いたのが見え、なんて?と顔を上げたハリエットとスネイプの眼が鹿と人で合うはずのない視線が絡み合うのを感じた。次の瞬間スネイプはぐっとうめき声をあげて頭を抑えてよろける。

 この隙に離れるべきだと身をひるがえそうとして、どこか頭痛に苦しんでいる風のスネイプを置いていくこともできず、ハリエットはおろおろとその場で細い足を踏みならした。忘却魔法のせいとは思うが、もしかしたら具合が悪いのかもしれない。と迷うハリエットは黒衣に映える白い雪を見て、そっと足を踏み出した。

 ばっと杖を突き付けられ、驚いてその場にしりもちをついてバタバタと脚を動かして離れる。スネイプに杖を突き付けられても、模擬戦の時を知っているハリエットはそれに敵意がないことを感じ……久々に見るスネイプに心が定まらない。
 会いたかった。でも、でもスネイプにドラコとの間に起きたことがどこからか知られてしまったら……そう思うと離れる決心がつかない。

「去れ」
 低い声でそう命じられるも、そこにも敵意も何も感じられず、スネイプを愛しているという気持ちだけがふらりと一歩近づいた。
 バシッ、という音ともに弾き飛ばされたハリエットは驚き、泡を食って逃げるようにその場を走り去る。スネイプも誰も追ってきていないことを確認し……物陰でアニメーガスを解く。

「いっ!!」
 ぼたぼたという音に何?と思ったのもつかぬま、頬に走った痛みに顔をしかめる。目の下の上頬というべきか、そこに一筋傷があるようで、何をやっているんだ僕は、とエピスキーを唱えてハナハッカエキスを適当に塗る。どうしてあんな場所にいたのかわからないが、もう近づかないほうがいいだろう、と廊下に出ていく。
 そうだ今日は病院の検診の日だ、と思い出してついでに傷を見てもらおうと荷物を取りに行く。すぐに学校に戻るため、荷物は最小限だ。

 荷物を持ってマクゴナガルのもとに行き……その頬どうしたのです!と驚かれてヘンリーはそれに驚いて……渡された鏡を見てうわっ、と声を上げた。

「でももう痛くないし……ついでに見てもらうから大丈夫」
 鏡に映ったヘンリーの頬にまだ赤い傷が一筋走っていて、マクゴナガルもエピスキーを唱えるも消える様子はない。残るかなーと考えるヘンリーは時計を見てそろそろかな、と確認した。
迎えに来たトンクスと共に変身術の教室を出ていくのは黒いローブをすっぽりとかぶった少女で、本当は暖炉を使いたかったんだけど、と言われながらホグズミードに向かう。
 暖炉は何やら薬剤をぶちまけた人がいたとかで、危険なため現在封鎖中という。

「ねぇトンクス、トンクスは絶対生き延びて……。想い人と幸せな家庭を」
 ガーゴイルの門を出るところで思わずといった風につぶやくハリエットにトンクスはえ?と振り向き……あなたもねと笑いかける。ハリエットのことは正直わからない。それでも、互いに難儀な相手を好きになったものだという事はわかる。

「私は彼をあきらめない。だって、私は彼を愛しているから。彼は私が嫌だとか言う話を聞いていないもの」
 絶対に、というトンクスにハリエットはまぶしいものを見るように目を細めて知っている、と心の中で呟いた。トンクスもルーピンも……ハリエットが助けたいがどうしても一手足りない。

 シリウスが生きていることできっと変わるはず、とそれにすがるしかないのがハリエットには悔しかった。だからと言ってフレッドを助ける道をつぶすのもできない。フレッドの方が……開戦と同時だったからこそ、先に運命を変える策を実行しなければならない。だから……ハリエットには二人の無事を祈るしかできなかった。

 シリウスの時にしたうっかりがなければと思うが、そもそも一回は絶対にやらかす自信があったから……だから最初から数に入れることができなかった。フレッドだって余ることが分からなければ助ける算段を立てられてなかった。

「貴女も何があるのかわからないけれども、諦めないで」
 ホグズミードまで来て、これから姿くらましというところでトンクスはハリエットの手を握って緑の瞳を見て告げる。きょとんとするハリエットはにこりと微笑み……何も返事を返さず一緒に病院へと姿くらましをした。


 一人、呆然とした風に雪の中取り残されたスネイプは張りつめていた息を吐き出し、いったい何が、と震える手に目を移した。
 激しい頭痛で視界が明滅するなか、鹿が一歩近づいてきた。雌鹿だろうと思うと同時に、深い深い何かが揺すぶられ、思い出せと叫び出し……幻覚が前をよぎり……鋭い音にはっと顔を上げれば血を雪に残す鹿が立ち上がって逃げていくところだった。

『穢れた血め』
 自らの喉から出た取り返しのつかない言葉がフラッシュバックし、赤く残る血を見つめる。思わず血に触れると記憶にない血にまみれた鹿の姿が目の前に浮かんで消える。彼女を傷つけた。彼女?
 また激しい頭痛に先ほどは取り出せなかった薬を取り出し流し込む。頭痛が消えると今度は胸元が苦しくて息がしづらいことに気が付いた。

“忘却に消えゆく星に消えぬ……”

 一瞬殴られたのか、あるいは失神呪文でもあたったのか、そう思うほどの衝撃が頭に走り、スネイプは片膝をついた。
“先生、ごめんなさい”
 血に濡れた唇と紡がれたであろう言葉がよぎり、訳が分からず体をこわばらせる。この血は……。ふと、正面大扉が開く音がかすかに聞こえて、スネイプは立ち上がると足早に近づく。

 中から出てきたのはトンクスと、黒いローブの影。背格好から少女だろうか。それとも……。ずきっ、という痛みに顔をしかめると二人は城外へと向かう。どうしてだろうか……あの少女が二度と戻らないような、嫌な焦燥感かられる。
 ふと、少女が杖を突いているのが見え、スネイプはわずかに目を見開いた。あの杖は……。という事はあれは少女ではなくヘンリーなのか。足の怪我のための通院だろうか。どちらにせよ、戻ってこないのではないか、そう考えてしまうのはなぜか。

 帰ってこい、そう念じるように二人が去っていくのをただ黙って見つめていた。



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