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18:ライラックの告白
スラグ・クラブのクリスマスパーティで立ち去ったマルフォイを追ったハリーは、援助を申し出るスネイプと、それを拒否するマルフォイの会話を聞いてしまい、ハリーの中でスネイプに対する不信感も同時に高くなる。グルグルと考えている間にマルフォイが出てくるのを察して扉から離れ……どうすれば奴の尻尾を掴めるのか、と腕を組んだ。
それにしても……マルフォイは何を言っているのかわからないこともあった。
「栄光をスネイプが横取りするとかはわかるけど……花は二度とお前に渡さないって、なんのことだろう」
何かの隠語だろうか、それとも意味が分かっていなさそうだったスネイプを困惑させるための全くのでたらめだったのか。それにしても今聞いたことをみんなに伝えなきゃ、とハリーはその場から立ち去った。
最低な気分で寮に戻ってきたドラコは誰もいない談話室を見渡し……部屋まで持たなかったらしいソファーに突っ伏した赤い服の青年に気が付いた。泣いたのか、涙が残る頬を拭い魔法を駆使して抱き上げる。
本当は魔法を使わなくとも持ち上げられるほど軽い彼だが、起こさないよう持ち上げるために魔法を使った。決してガタイがいい方ではない自分の両腕にすっぽりと入るほど小柄なヘンリー。落とさないよう、掴む手に力がこもる。
彼の部屋は魔法薬があるとかで簡単には開かない。だから仕方がないんだ、と自分に言い聞かせるドラコはヘンリーを連れて自分の部屋へと向かった。
しわになるから、とジャケットを脱がせ、白いシャツを覆い隠していたベストを外す。眼鏡も外してじっと寝顔を見つめる。さて誰かのベッドで寝るか、と立ち上がったドラコだが、くん、と引っ張られる感覚に振り向いた。
ヘンリーの細い指がドラコの服に触れている。たまたま引っかかったのか、それとも反射的につかんだのか……。ため息を長く吐くドラコはヘンリーを抱きかかえるようにして横になった。狭い寝台の中、ヘンリーが落ちないようしっかりと抱えると、小柄なヘンリーのつむじあたりに口付けを落とす。もぞもぞと動くヘンリーだが起きる気配はない。
「だから……そんな無防備に寝ないでくれ」
僕じゃ君を幸せにできないんだから、とドラコは目を閉じた。
翌朝、ぼんやりと目を覚ましたヘンリーは誰かのぬくもりに思わず擦り寄り……ん?と目を覚ました。
「おはようヘンリー。談話室で眠っていたぞ」
聞こえた声に顔を上げればプラチナブロンドの髪が広がっていて、ヘンリーはぱちぱちと目をしばたたかせた。寝起きでもクリアなヘンリーの瞳を見つめるドラコはこんなに深く熟睡したのは久々だ、とヘンリーを抱き寄せてもう一度目を閉じる。二度寝の姿勢に入ったドラコにヘンリーは驚きながらこの時期のドラコを思い出した。不安でいっぱいの時期だったはず。
もう少しくらい寝させてあげてもいいのかな、とヘンリーはどうすることもできず、すぅすぅと寝息が聞こえるのにつられる様にゆるゆると眠りに落ちていく。スネイプと別れてから誰かに抱きしめてもらってない。人恋しかったのか、と自分に呆れるヘンリーが次に目を覚ました時にはすでにドラコは起きていて、一人部屋にポツンと取り残されていた。
急いで部屋に戻りドレスローブを着替えて大広間に向かう。既に朝食をとっていたドラコの隣に座ると無言で皿を置かれる。
「ごめんドラコ、寝づらくなかった?」
こそっと問いかけるヘンリーに紅茶を飲んでいたドラコはうぐっ、と咽かけてそんなことはないと首を振った。
「ヘンリー。ちょっとこの後あの部屋に来て欲しい」
先に行って待っているから、とドラコは席を立ち大広間を出ていく。首をかしげるヘンリーは視線を感じてちらりとスネイプをみる。時々……スネイプはヘンリーを探るように見ているが、きっとドラコに近づくためのとっかかりになれないかと伺っているのだろう。それにしては先生、慎重すぎじゃないかなとヘンリーはいつまでもアクションを起こさないスネイプに首をかしげるしかない。
食べ終わったヘンリーは休日という事もあり、そのままドラコの待つ必要の部屋へと向かった。だいぶ足も治ってきたのか前よりは歩く速度も上がった、とヘンリーは慣れた様子で階段を上り、ゴイルとクラッブの間を抜けてあの物を隠すための部屋に入る。
そこではドラコが何をするでもなくソファーに座っていて、ヘンリーは何の話だろうかと、隣に腰を下ろした。
「初めて列車で会った時、ヘンリーは覚えているか?」
唐突に口を開いたドラコにヘンリーは目をしばたたかせて、あぁと懐かしむように目を細めた。お前はウィーズリーの奴かと、そう警戒されたあの日。
「あの時、ヘンリーは前髪をよけて目を見せてくれたな。気が付けば父上の友人であるゴイル家とクラッブ家の跡取りであるあいつら以外で傍にいたのはヘンリーだった」
懐かしむようなドラコはあいつらももちろん友人だけど、初めて親の力など関係ない友人ができたんだ、と隣に座ったヘンリーを見つめ、そっと髪を梳く。
「2学年の時、石になったヘンリーがいないことが苦しくて、悲しくて。失うんじゃないかって、そう思った時にスリザリンの継承者に怒りを覚えたんだ」
それを思い出したのか、震える手でヘンリーの両腕を握る。思えば戻ってきてからなぜかドラコといつもいて……特に一緒に悪だくみするなどではなくただ隣にいるのが日常になっていた、とヘンリーはドラコの手を握り返す。
「3学年では僕を助けようとしてくれた。それに、髪をあんな風に洗ってくれるなんて幼い頃以来だった」
自然な動きでヘンリーを抱きしめるドラコに、どうしたんだ急に、とヘンリーが訪ねる。それに答えないドラコは懐かしい日々を紡いでいく。
「4学年の時は……本当にうれしかったんだ。あの晩……。ずっと、ずっとヘンリーの視線の先にも隣にもスネイプ教授がいたのはわかっていた。わかっていたし、僕はマルフォイ家の跡取りだ。だから、君を好きになってはいけないと、そう思って一生懸命目をそらしていた。だけれども、あの晩、君は……」
ぎゅっと抱きしめる力が強くなり、ヘンリーは本能からくるものか、それとも未知の警戒か……体をこわばらせてドラコの言葉を待つ。
「君はポッターと入ってきた。ずっと焦がれていた君だと、一目でわかったんだ!あぁ、これが君の正体だったのか、君を好きになってもいいのかって。どれだけあの晩のダンスがうれしかったか……鈍感な君はわかってくれるか?ずっとあいつは知っていたのかって嫉妬して、君の本来の姿を目に焼き付けたくて」
肩を震わせるドラコに対し、ヘンリーは頭の中が真っ白になりどうしようと内心焦り……ドラコがあのクリスマスにじっと見つめてきたことの意味を知って今度は顔を赤く染める。
「去年、君が……ハリエットがあの人に捕まったと聞いたとき、正直生きた心地がしなかった!あの人は……ポッター家であり予見者である君を殺すに違いないと、足の震えが止まらなかった。君が、命からがら逃げたという話を聞いたとき涙がこぼれそうだった」
ずっと、ずっと好きだった。思わずといった風に声を上げるドラコにヘンリーは混乱したように動けずにいた。こんな風に愛を告げられたことはなく、これほどまでに純粋でまっすぐな想いに触れたのは初めてで。でもヘンリーの、ハリエットの答えは決まっている。
「ドラコ……私は……」
言わなければ、と心が苦しくて仕方がないヘンリーが思わずハリエットの口調で返そうと口を開き、唇に当てられた指に口を閉ざす。
「わかっているさ。たとえ記憶がなくともスネイプ教授を好きだというのは君が君らしい答えだから。ただ、もしも叶うのであれば、逃げないでほしい」
泣きながらわかっている、というドラコにヘンリーの眼からも涙があふれる。好きだからこそ、答えが分かるというのは、皮肉なことに互いの想い人に共通していることだ。スネイプはリリーを愛しているのをヘンリーは誰よりも理解しているし、そのスネイプに対し並々ならぬ愛を抱いているヘンリーのことをドラコは誰よりも理解していた。
そっと重なる唇は互いに涙で濡れていて、二人のほかにいない必要の部屋に小さなリップ音が響く。唇を合わせるだけのキスを二度三度と繰り返すドラコはヘンリーを胸に抱きしめた。
「ヘンリー、君が僕のファーストキスをもらっていったことを覚えていてほしい。君が僕の初恋で、何でも欲しがれば手に入ったドラコ=マルフォイがあきらめた最初の宝物だという事を」
覚えておいて欲しい、と額を突き合わせて懇願するドラコにヘンリーはわかったと頷く。再び重なる唇はそっと離れ、ほんの少しの名残惜しさを見せる。
「これからも親友でいてくれてもいいかな」
「もちろんだ。これからもヘンリーは僕の親友だ」
ヘンリーからもらったハンカチでヘンリーと、自分と涙をぬぐうドラコにヘンリーは照れたように笑う。互いのライラックは花香る前に散ってしまった。だからこそ、二人は友達でいられる。
「君は今僕がしていることも、未来も……きっと知っているんだろうな」
怖くて仕方がないんだ、というドラコにヘンリーは答えられず、大丈夫だよ、とそれだけ言って手を握った。
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