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17:スラグ・クラブのクリスマス
あの模擬戦から早くも12月になろうとしていた。その中で、げんなりとした様子のヘンリーはため息をついていた。原因はあの日以来スラグホーンのお気に入りになってしまったらしくスラグ・クラブに呼ばれることだった。
かつてのように逃れるわけにもいかず、何度か足を運んでいるが、居心地の悪さと言ったらない。ハーマイオニーも来るたびに顔を合わせていたが同じようにどこか困った風だった。
「さて、実はクリスマスにパーティーを開こうと思う。ぜひ皆正装で来て欲しい。もちろん、一人ではなく誰かパートナーを誘ってだ」
終わり際になって次回はそこで会おうと言われ……ヘンリーはどうしたものかとザビニと共に寮に戻る道で考えていた。
「いつものしみったれたクリスマスではなく、本格的なパーティーをするそうだな。ヘンリーは誘う相手は決まっているのか?」
寮にあと少しで戻るというタイミングで聞かれ、ヘンリーはどうだろうと誤魔化す。幸い、ザビニは一部の生徒らがヘンリーには同性の恋人がいるという噂を聞いていなかったらしく、自分から話を振ったくせにヘンリーの答えに興味がないようにふーんと答える。
「あぁ、そういえば薬の時間は大丈夫なのか?」
そういえばそういう話があったはず、というザビニにヘンリーは大丈夫と返した。スネイプが改良した、6日間続く薬は今も作っており……日曜日は自室にこもるようにしていた。
「ザビニは誰か誘う相手はもう決めているのかい?」
ヘンリーが問い返すとザビニは今はいないと肩をすくめて見せる。だが彼が声をかければすぐに相手はできるのだろう、という雰囲気にヘンリーは深く追求せず、岩壁の中へと足を進めた。
「スラグ・クラブのクリスマスパーティに行くんだってな、ヘンリー」
翌朝、いつものようにドラコの隣に座ったヘンリーはそう声を掛けられ、そうなんだと頷く。起きてからここに来るまでに女子生徒らの熱視線を浴び、噂が広まるの早っ、と驚いて足早に来たのだがドラコも知っているのを知ってザビニあたりが自慢したのだろうかと考えてしまう。
「パートナーはなしで行こうかと思うんだけどね。あ、そうだ。興味があるならドラコをパートナーに誘えばいいのか。別に同性の友達を誘うなとは言われてないし」
事情を知っているドラコにヘンリーはそう答え……そうだと提案する。ちょうど興味なさげに水を飲んでいたドラコはその言葉に思わず吹き出しかけ、ゲホゴホとむせた。大丈夫かい?と背中をさするヘンリーに顔をそむけたドラコは大きく息を吐きだす。よほどむせたのか耳が真っ赤になっている姿にヘンリーはそんなに変な提案だったかなと首を傾げた。
「こういう場では言われていなくとも異性のパートナーと行くのが礼儀だ」
もう一度大きく息を吐いたドラコがヘンリーを見て呆れたように言うと、ヘンリーはそういうものか、と一人頷いていた。彼が同性の、自分よりも年上の人を好きになっているのだからその感覚が薄いのかもしれない、とドラコは何も言わずわしゃわしゃとヘンリーの髪を撫でた。肩下だった髪は少し伸びてきた。
「あ、そうだ。ドラコ……あまり根を摘め過ぎないようにね。最近顔色悪いから心配なんだ」
この時期、ドラコが追い詰められ始めていることを知っているヘンリーがそう告げると、ドラコはわかったと言いながら少し寂し気に微笑む。
「最近ちょっと寝つきが悪いだけだ。気にすることはない」
一緒にいると怪しまれるぞ、と自分が撫でたせいで乱れたヘンリーの髪を指先で整える。ひしひしとした誰かさんの嫉妬の眼を背中で感じるドラコはだからあなたは信用できないんだと心の中で呟いた。
そしてあっという間に時間は経ち、ヘンリーはマルフォイ家がくれたドレスローブを手に取り着替える。髪にいつものターコイズの髪紐をしようとして、そうだそうだと薔薇の髪留めを取り出した。
一年生の頃、初めてスネイプがくれた赤い薔薇。目印にしていた黒いベルベットのリボンごとスネイプが髪留めに変えてくれた大切な装飾品だ。もうスネイプはこれを覚えていないし、そもそも一年生の頃の物なんて記憶があっても忘れているだろう。
赤い薔薇と黒いリボンのついた髪留めを髪につけ、赤いジャケットに変なところはないか確認して……よし、と談話室を出る。ドラコに宣言した通りパートナーはなしだ。何人かの女性が意味ありげに声をかけてきたが、ヘンリーはこれをのらりくらりとかわし、食べ物や飲み物は丁寧に断ってきた。
スリザリンの人はヘンリーが薬を飲んでいることを知っているのと、噂で同性の恋人がいるという話があったため、やっぱりねという風に去っていき……他寮も残念そうに肩を落としていく。
「やぁやぁ!おやっ!?パートナーは呼ばなかったのかい?」
入口で出迎えたスラグホーンはヘンリーが一人でいることに気が付くと探るように見つめてくる。
「はい。えっと……驚かれるかもしれないですが僕は同性の恋人が少し前までいまして。今は別れましたが、まだ引き摺っていて」
だから誘えなかった、というヘンリーにスラグホーンは興味深そうにしたあと、それならば仕方ないと笑い、中へと通す。あまりこの空気は好きじゃない、とヘンリーは有名な人ばかりが呼ばれた会場を見回した。まだハリーはいない。
特に話すこともないため壁際にいると、ようやくハリーとルーナが入ってきた。しきりに自伝をと勧める人にハリーは断り……ハリエットの名前に動揺する。
「彼女はそっとしておいてください」
怒った風に言うハリーはハーマイオニーを見つけて友達を見つけたから、とルーナと共に去っていく。大変だなぁと他人事のように見ていたヘンリーはスラグホーンと目が合ってしまい、やばっ、と慌てて目をそらすが、がしっと肩を掴まれる。
「こんなにかわいい顔をして、なかなかに鋭く、好戦的かつ戦略的でもある戦いを繰り広げていたんだ。進路は何になるのか決めているのかい?」
明らかにその手の選手っぽい人に向かって話し始めるスラグホーンにいかつい男はこんな華奢なのに?と笑っている。まるで女の子のような細さだ、と肩を叩かれヘンリーは痛みを顔に出さないようにしながらたまたまですよ、と笑って返す。
「いやいや、君の戦い方はまさに天才的だ。それに、魔法薬の知識も深い。あぁセブルス、ちょうど模擬戦の話をしていたんだ」
さぁこっちに、と呼び寄せる声にヘンリーは内心びくりと体をこわばらせた。香水やらなにやら変な臭いがする中、ふわりとヘンリーの鼻先に届く香りは、しばらく作ってないだろうに身に沁みついた魔法薬の香り。そして、作ってないからだろういつもより強く香る……ヘンリーの大好きな……スネイプ自身の香り。
不意を突かれたヘンリーはぎゅっと目をつぶると閉心術を強固なものへと変える。
「彼の無言呪文はとても熟練されていて、魔法もまた綺麗だった。実際に戦った君もそう思うだろう?」
「体調さえ万全であれば闇の魔術に対する防衛術の助手として手伝ってもらいたいほどの腕前でしたな。あれほど場慣れしているのは才能か、あるいは……。それと、彼は本来クィディッチの選手としても有能で、怪我さえなければ今年度のシーカーを任せてもと」
スラグホーンの言葉にスネイプは十分な力を持っていると頷き、黒い瞳はひたとヘンリーを見つめている。3学年時のクィディッチの記憶があるのにヘンリーは目をしばたたかせ……それほどじゃないです、と慌てて首を横に振った。
「ほぅ!ますます彼を健康体に戻してやりたくなるものだ!そうだ!もし君が希望するならば……あー今日は来ていな……あぁいたいた!っと、今は取り込み中みたいだ。あそこにいる彼はクィディッチチームのオーナーでね。もし君が健康な体を得て、望むならばクィディッチチームの選抜試験に参加できるよう取り計らおう!」
君はあらゆる才能にあふれているようだ。そう笑うスラグホーンにヘンリーは何と返せばいいのかわからない。それよりも先ほどから全く逸らされることのないスネイプの視線に、バカな自分が飛び出そうでヘンリーは何とか心の扉の鍵を握り締めた。
「あぁやっと見つけたぞ!ハリー!あそこにいるのはシビルじゃないか。さぁさぁ」
ぐいぐいと掴んだ肩を抱きかかえるようにしながら歩き出すスラグホーンにヘンリーは異論を唱えることもできず、ずるずると引っ張って連れていかれる。彼もまた魔法薬学に関して素晴らしい才能を持っていて、とヘンリーはハリーの隣になるよう押されて……双子の視線が一瞬交わる。
「なんとなんと、ハリー、君の双子が少女でなければ彼ではないかと思うほど似ているのだな。そうか!その赤い髪がリリーによく似ている。そう思わないかな、セブルス」
ハリーの魔法薬の腕前を評価していたスラグホーンは並んだ二人を見て、何と懐かしい気持ちになるのだ、と同意を求めるようにスネイプを振り返った。その動きにつられるようにヘンリーは再びスネイプを見て……さっと顔色を変えた。どこまでも底冷えするような黒い目にヘンリーは何とか閉心術で表情を抑えようとして呼吸が疎かになる。
「そうだ!ハリー。前に頼まれていたこと、パパから大量の資料送ってもらったんだ。明日届けてあげるね」
ふいにルーナが声を上げ、ヘンリーの喉がひゅ、と小さな音を立てて呼吸を再開する。マイペースなルーナの言葉にハリーはヘンリーの手を掴もうとしてぐっと自分の拳を握った。
「すみません、そろそろ僕は薬を飲まないといけないので、ここで退出させていただきます。スラグホーン先生、素敵な夜をありがとうございました」
何とか平常心を取り戻したヘンリーはスネイプから目をそらし、スラグホーンに戻ることを伝える。そうか残念だ、というスラグホーンの隣でスネイプが何か言おうと口を開きかけ……入口の方で騒動が起きる。
そちらにスラグホーンたちの意識が向けられるとヘンリーはそっとその場を離れた。ハリーが気が付くも、自分がマークしているマルフォイとなるとヘンリーを追うことができず、自身もマルフォイを追うべくマントを着てその場を離れた。
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