--------------------------------------------


15:もしもの未来

 9月から始まったスネイプによる闇の魔術に対する防衛術で必須となった、無言呪文は難しく、ハリーは集中してやっと成功したウィンガーディアムレビオーサにため息をついた。集中し過ぎで息を止めて顔が真っ赤になる人もいるくらいだ。ハーマイオニーは他の授業でも使うことで徐々にコツをつかんだらしく、マクゴナガルからは褒められている姿を見ている。

 そういえば、とヘンリーを思い起こす。彼女は……そういえばピーターに対して磔の呪いを無言でかけていなかっただろうか。禁じられた魔法を無言で使うという事はかなりの実力なのでは?とハリーは思い当たる。
 彼女に聞ききたいことはたくさんあるが、なぜだか彼女を前にすると言葉が詰まってしまう。未来のことをどこまで聞いてもいいのか。どこまで彼女の正体に迫っても大丈夫なのか。手探りな状況に戸惑い、二の足を踏んでしまう。

 もし本当に彼女が……ハーマイオニー達の言うように未来の自分であったのなら、自分はそれほどの力を持つようになれるのだろうか。セドリックを喪い、シリウスも喪い……。もしかしたらもっと多くの人を喪ったのであれば。
 そう考えてハリーはごろりと転がった寝台で天井を眺めた。とてもじゃないが自分だったら心が張り裂けてしまうかもしれない……とそう考えたところであぁ違う、彼女が自分であるのならば彼女はこの想像しただけで辛い痛みをリアルに味わったのだ。

 シリウスと一か月一緒に暮らせた、と喜んでいた彼女は本心からだろう。卒業したら、闇の勢力との闘いに決着が付けば……自分はシリウスと一緒に暮らせる。それは、ハリエットがシリウスを助けたから。あの時、目の前で彼を喪ったのであれば……そう考えたところでハリーは待てよ?と体を起こした。

 もしも、もしもシリウスが死んでしまったのであれば自分だったらその怒りを誰にぶつけるか。誰に、と考えながらすぐにスネイプの後姿が思いつく。シリウスへの言葉を聞いてくれなかったスネイプ。シリウスとの口論では外に出られないシリウスをあおっているようだった。

 今ハリーにとってスネイプは怪しいし、大嫌いだ。だが、父たちのした悪戯を思うとどうにも憎みきれない。ダドリーそっくりな息子がいて、性格も微妙に似ていたら……無意識に身構えてしまうだろう、とハリーは顔をしかめた。ただ、ダドリーと言えどもあれほどの嫌がらせはなかった。マルフォイだって人の下着をむき出しにするとか、そんな下品なことはしない。吸魂鬼に扮したバカはあったが。列車のことは腹立たしいが一対一だ。あんな多勢に無勢……。

 ハリーはため息をついてふと鏡を手に取った。ハリエットのことを知って……3学年の前の夏休みに購入した魔法界には珍しい“ごく普通の鏡”だ。鏡はもう一つ、シリウスからもらっていた両面鏡という鏡をトランクの底にしまっていた。
 自分が変な意地を張ったせいで見ておらず、ハリエットがこん睡状態のとき、荷造り中に見つけて自分の愚かさに投げたい衝動にかられて……映った自分の顔にハリエットを重ねて泣くしかできなかった。
 
 シリウスに連絡を取りたかったが、シリウスのいう“シリウスの居ない未来”に合わせるため、彼は杖以外を全部置いていったらしい。だから両面鏡の連絡先は今誰もいないため、ハリーはトランクの奥にしまい込んだのだった。
 鏡に映ったハリーは誰もが言うように父ジェームズに似ていて……目だけは母リリーに似ている。だがハリエットは目の色こそリリーの緑だが、目の形は父ジェームズの眼だった。ますますスネイプと一緒にいたハリエットの考えが理解できない、とハリーは鏡を手に持ったまま枕に顔を押し付けた。


 10月のケイティがかかった呪いに衝撃をうけ、ハリーはあのネックレスは絶対にマルフォイだ、と鼻息も荒くハーマイオニーらに言うが信じてもらえない。ヘンリーも教室の移動には一人でいることもあり……マルフォイは忽然と姿を消すこともある。
 そんな折に大広間の入り口に人だかりができていて、なんか似たようなことあった気がする、とハリーは張り出されている紙を目を細めながら読んでいく。無言呪文の模擬戦ということで、そんなことできるんだ、と感心するハリーは誰がやるのかと考え……今度こそフリットウィック先生ではないかとつぶやく。
 それでロックハートを思い出した周囲の生徒からいやそうな声が上がる。いつものように大広間で並んで座ると、あれはなんだろうかとあちこちでささやきごえがあがった。だが、ハリーを挟んで座るロンとハーマイオニーはロンはラベンダーと付き合い出してからどこかぎくしゃくしていて……。

「誰がやるんだろう?」
 この空気に耐えられない、とばかりに口に出したハリーにロンは頷く。無言呪文というと今はどの科目も必須だ。だが、その筆頭となるのはスネイプしか思いつかず、ハリーは嫌な予感をカボチャジュースで押し込んだ。

「そうね……決闘であればフリットウィック先生だけど、模擬戦というからには闇の勢力と出会ってしまった時、とかそういうの前提じゃないのかしら。だからたぶんこれスネイプと誰かの模擬戦になるんじゃないかとおもうわ」
 決闘と模擬戦、何が違うんだい?と恐る恐る尋ねるネビルにハーマイオニーはパンをかじりながら考える。決闘というと嫌な相手ばかりが思い浮かぶハリーは一礼をするか、しないか、かなという。

「そうね。模擬戦は実際の戦いを想定したものだと思うわ。ほら……。私たちは決闘したわけじゃないもの」
 そうだわ、と思いついたハーマイオニーはハリーを見るなり口を濁し、あれは実戦とつぶやくように言った。ひやりとする何かを感じるも、ネビルはいつになく真剣な顔になり、ロンとハリーもまたあの時のことを思い出して唇を引き締めた。

「先生同士だったら高度な戦い過ぎて訳が分からなさそうだけど……。もし熟練度が悪い、という理由なら、誰か一番うまい生徒がやるとか……かしら」
「一番強い生徒ってことか。うーん……まさかヘンリーなわけないよな」
 まさかな、というロンにハーマイオニーは呆れたようにため息をついた。彼体調悪いのよ?というハーマイオニーだが、ハリーはもし生徒なら彼な気がする、と頷いた。彼は無言呪文が使える。

「あと彼は多分姿くらましが使えると思う」
 そう呟けばハーマイオニーとロンは驚き、じっとハリーを見た後それもそうかと頷いた。もう3人の中ではハリエットは未来から来たハリーという認識が強い。一生懸命隠しているのとそんなのことが可能かが不明だが、魔法界はとんでもないびっくり箱のような……それこそ百味ビーンズのように何でもござれだ。

「貴方とんでもなくすごい魔法使いになるのかもしれないわね」
 それともダンブルドアのような年齢になるまで生きたのであれば、きっとそれだけの力もつことも可能だろう。それとも……ヴォルデモートとの闘いでそれだけの力を得るのは必須だったのか。

「ハリエットと時間を気にせずいろいろ話したいなぁ」
 ブラック邸ではハリエットは引きこもっていたうえ、皆がいて……声をかけづらかった。それに、二人っきりになると何を言えばいいのかわからなくなって……つい黙ってしまう。彼女と話していると……自分自身と会話しているようで……。あぁ違う、本当にそうなのだ。

 ただ、どうしてスネイプなんかを信頼し、想いを寄せているのか……それがさっぱりわからない。自分がスネイプを信用するとなると……例えばリーマスが人狼化したとき背中でかばってくれた時、もしかして守ってくれたのか。だが信じ切れるわけでもなく……。なにが要因なのだろう、とハリーは教室に移動しながら考える。きっと、きっと何か重大なことが起きたのだ。

 それが何か……今はわからないが、すべてが終わったら教えてくれると、ハリエットは約束してくれたのだから、無理に考えるのはよそう、とハリーはポケットに入れっぱなしだった雌雄の鹿のチャームに触れる。なんとなくこれは自分がもっていた方がいい気がして、並べたチャーム。もともと二つで一つだったそれを分けていたらしく、雌雄の鹿は寄り添うようにハリーのポケットに収まっていた。



≪Back Next≫
戻る