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12:刹那のニアミス

 こつこつと音を響かせて歩くヘンリーは杖を振ってその音を消し去る。気が付くと魔法が消えてしまうのはまだ体が万全ではないためだ。そのまま進めば目的に場所につき、万が一彼が来ても大丈夫なように、とものを隠せる場所を思い浮かべた。
 ほどなくして扉が現れると。ヘンリーはその中に……必要の部屋に滑り込む。ごちゃごちゃとした部屋の中に鎮座している壊れた棚。確か2年生の時にニックが壊したはずだ。
 そこから離れ、必要の部屋が出してくれたペンシーブをのぞき込む。ハリエットのものは自室にあるが、魔法の練習をするには広い部屋が必要だった。
 この部屋じゃなくても、と思うがドラコがこの部屋を必要としている以上他の部屋にしている余裕はないだろう。念のため自分がいることの証拠に金のブレスレットを置いていく。
 マクゴナガルとスネイプの攻防。時間にしてこの後時間はあまりないはずだ。だからこの前に……。今使った魔法はこれか、と冷静に分析し、じっとその動きを見つめる。戻って杖を振りその呪文を確認し……もう一つの記憶を覗き見る。

 苦しくて顔を覆うと肩を叩く手に気が付き、ヘンリーは顔を上げた。

「その記憶、つらいなら見なければいい」
 ペンシーブを知っているのか、ドラコはそう声をかけるとヘンリーの手を引いて……現れたソファーに座らせる。必要の部屋にはドラコだけしか入ってきていない。

「やらなきゃいけないことだから」
 ごめん、ドラコはここに用事あったのかい?とそう尋ねる。ドラコは口を引き結ぶと見慣れない扉があったから入っただけだ、という。疲れ切った様子のヘンリーにドラコは付き添い、そっと髪を撫でつけた。

「まだ万全じゃないなら無理しないでくれ。記憶は……触れないでおく」
 見ないから安心してくれ、というドラコにヘンリーは首を振り、記憶を掬って瓶に戻す。

「外には……まだゴイル達は来ていない。僕は……この部屋を見てから出るから出るなら先に」
「うん。部屋だと魔法の練習ができないからここに来ると思うけど……ドラコはドラコの用事をやっていて大丈夫だから」
 なるべくドラコの授業があるときにここに来るよ、というヘンリーにドラコは疲れたような顔で笑みを浮かべるとわかったと頷いた。ドラコの言うように誰もいない廊下に出たヘンリーは目くらましを自分にかけて廊下を歩く。

 行く当てもなく歩き……ふとスネイプが管理していたあのハーブ畑の石ベンチへと向かった。スラグホーンはわざわざ使わないのだろう、ヘンリーの記憶にあるそこは最近誰の手も入っていないのか荒れ始めている。スネイプは忙しくて研究も何もできないのだろう。それに、魔法薬を作る用事もないので……ここはゆっくり自然に飲まれていくのかもしれない。

 土埃が積もった座面に杖を向けてきれいにすると所在無くそこに座り込んだ。ふと、すぐ近くに白い花が揺れていることに気が付き、ヘンリーは目を向けた。
 少し早めに咲いた花。かつて花言葉を調べるのに購入した本には確かシュウメイギクという名前が付いていた、ジャパニーズアネモネだったはず。かつてスネイプがビオラの耳元に挿した白い花。ビオラから戻った時に耳元に挿してあったその花は丁寧に押し花にして今も自室にある。
 どうしてこの花をビオラに挿したのだろうか。そう考えてそっと顔を寄せる。香りの少ない花だからか匂いは感じられない。


 日が傾いたところで頭痛薬の為にと城外に出てきたスネイプは、去年まで管理していたハーブ園に足を運ぶ。もうここを管理することはできないだろう。そう思って……まだ残っていた目当ての物を摘み取る。多雨  ふと、指先に走った痛みに目を向けると、採取用にはめていた手袋の先が少し破けていた。ずっと使い続けてきたそれはよく見ればあちこちぼろぼろで、みすぼらしくも見える。
 レパロと唱えるも特殊な加工がされていたのか少し直るもそれ以上は直らない。そろそろ買い替えるべきだろう。そう思って手袋を脱ぎ……こんな手袋をいつ買ったのか、と改めて見る。近くにあった石のベンチに座り、じっとみるも覚えがない。

 ふと、リボンを巻いた細い腕が脳裏によぎる。にこりと微笑みながら差し出された袋。これは誰かがくれたプレゼント?とスネイプは考え……ふと常につけているカフリンクスに触れた。
 こちらもずいぶんと使い古している気がする、と銀の蛇を撫でる。

“先生”
 柔らかな声が聞こえた気がして、ハッと振り向くとそこには白い東洋のアネモネ……確かショウメイギクと呼ばれる花が揺れていた。咲くには少し早いはずだが、ここ最近の日差しで咲いてしまったのだろう。そっとその花に触れて、においを嗅ぐのではなく、ただ触れたくて顔を寄せる。

“先生”
 なぜかまた胸が締め付けられるような痛みがして、スネイプは眉を寄せた。リリーしか愛さないと、そう心に誓ったし心を揺り動かすようなものもいなかった。なのに今、何かが思い出せと必死に叫んでいるような気がしてならない。
 吹いた風に目を開け、迷いを断つように城へと戻る。今私情を挟むべきではない。とにかく今はドラコに近づき、何としても彼の手を汚さぬようにしなければ。

 城内に戻るとどこからかヘンリーの突く杖の音が聞こえてきた。彼は足の故障はあるもののゆっくりとしたペースであちこち歩きまわっている。きっと早く治すためにリハビリを兼ねて歩いているのだろう。

「ちょっとピーブズ!やめてよ」
 そんな声が聞こえて思わず階段の上に目を向けた。ふわふわと漂うピーブズはヘンリーの歩行用の杖を取ったらしい。眉を寄せて杖を出すスネイプだが、逃げようとしたピーブズが急にその歩行用の杖を取り落とし、勢いよく飛ばされていく。落ちそうになった杖は何かに引っ張られるように消えていき……。スネイプは少し驚いて遠ざかる音に耳を傾けていた。

 彼は一切呪文を唱えていない。つまりはいまだ苦戦している生徒も多い無言呪文を完全にマスターしているのだ。体調さえ無事であれば……。そう思うととても残念だ。それと同時に、ポルターガイストに対して素早く攻撃できるというのは……相当な使い手でなければ難しいだろう。
 例えば同じ年代の生徒が実践するのを見せれば、いまだ満足に無言呪文ができない生徒らはコツを掴めるだろうか。だが彼の体調を考えれば難しい気はする。

 荒療法にはなるが、逆にそういった緊張を経験することで急な枯渇に似た症状を抑えることができるのではないか。少なくとも、魔法を使っている間に倒れたことは一度もない。
 それにしても、魔法使いはよほどのことがない限り魔力が枯渇することはないことからもヘンリーの症状は異常だ。まるで……強力な罠などから脱出するために無理やり限界を超えて力を解放させるなどをして、体中の魔力が巡る回路のようなものを狂わせない限り……。
 そんな場面に陥ったというのでもいうのか。まさか……死喰い人の誰かに捕まって……。いや、そんなわけない。なぜなら彼は……彼は?

 彼は……ずきん、と鋭い痛みが走り、スネイプは眉を寄せて自室に戻る。11月ごろであれば……ダンブルドアに相談してみるのもいいだろう。何せここ数年の愚か者達のせいで落ち込んだ生徒の戦力を上げねばならないのだ。ルーピンと偽のムーディがいた……当時の5学年から7学年はまともな教育ができてはいたが、今の7学年と6学年は圧倒的に遅れている。

 実際の魔法使いの戦いを見せることができれば……。誰か無言呪文の使い手はいるだろうか、と考え……他ならぬ赤い髪の青年が頭をよぎる。彼ならば……自分との模擬戦を行うことができるだろうか。



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