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11:いつか未来の約束
土曜になり、クィディッチの練習を行うハリーはどこか浮足立っていて、ジニーとロンにどうしたんだ?と首を傾げられた。これからハリエットに会うなんてことは言えず、ただちょっとねと言って何とか誤魔化す。上々な仕上がりだと、そう満足するとちょっとシャワーを浴びてから戻るよと言ってハリーはわざと支度にもたついて見せた。
もしかしてこれからデートか?と小声で尋ねるロンに近いけどちょっと違うかな、と笑う。
「あれ?何かしらこの鹿」
先に出ようとしたジニーが扉を開け……更衣室の前にいたらしい何かに声を上げた。どうしたんだい?と首を伸ばすハリーはそこに緑色の眼を持った雌鹿がじっと中を見ているのに気が付いた。緑色の眼の鹿?と首をかしげるハリーだが、外に出さないと、というチームの声と、少し後ろ脚をかばうような鹿を見比べて、あぁ!声を上げる。
「待ってそれは大丈夫!本当に!!あーっとえーっと……」
「あら……。この鹿はあとで森に逃がしておくから大丈夫」
嘘だろ!?と声を上げるハリーにちょうどやってきたハーマイオニーが気付き、可愛い鹿じゃないと笑う。なんだなんだというチームメイトにこの後ハグリッドのところに連れていくから、とハリーが伝え……ロンとハーマイオニーの3人と一匹だけが更衣室に残る。
「君まさか……本当に?いつから?」
規格外なんてもんじゃない、というハリーに扉を閉めてどういうことだと振り返ったロンは目をしばたたかせた。思った以上に足が痛い、と呻く赤毛の青年の姿にあんぐりと口をあけ、思わずハーマイオニーを見る。
「本当に心配したのよ!」
感極まって抱き着くハーマイオニーにヘンリーはちょ、ちょっと落ち着いて!と言いながらぎゅっと抱きしめられて転びそうになり、ハリーとロンが慌てて二人を支える。
「心配かけてごめんね。一応この通りだよ」
万全ではないけど、というヘンリーにハーマイオニーは離れながらも命があるだけでもすごいのよ、と涙をぬぐう。ベンチに座るように促すとヘンリーは素直にそれに従い、足をかばうように座る。
「足、そんなに悪いのね……」
「ちょっといつやられたか、わからないんだよね。服従呪文と磔の呪いと開心術の合わせ技で意識とんだ後やられたみたいで。本当にやることめちゃくちゃだよ」
情報ひきだすのに相手を廃人化させたらいみないと思うんだけど、となんてこともないように言うヘンリーに3人は絶句し、本当に大丈夫なの?とハーマイオニーが恐る恐る尋ねる。
「うん。さっきアニメーガスになれるか確認したかったのと杖をつくの疲れたから変化したけど、ちゃんとできたら特に問題はないかな」
一か月長く休みを取っていた分8月よりもよくなった、とヘンリーは笑う。本当に無茶しないでね、というハーマイオニーにうなずき……黙っているハリーに目を向けた。
「ハリー。君は心が思うままに、私のことを気にしないで自分の直感を信じて。私からはそれしか言えない」
うつむくハリーにそう告げるヘンリーだが、ハリーはわかっていると言いつつそうじゃないと言う。意味が分からず首をかしげるヘンリーだが、ぎゅっと抱きしめられたことにハリー?と声をかけた。だが返答はない。
ちょっと席を外しましょう、というハーマイオニーとロンが更衣室を出るとハリーはヘンリーに顔をうずめたままごめん、と声を発した。ん?というヘンリーに対し、ハリーは首を振ってごめん、と再び声を発する。
「僕が、僕があの時騙されなければ」
「気にしないで。結果的にシリウスは助かったんだ。私も戻ってきた」
「僕が!僕があの時スネイプを信じれば!」
「でもスネイプは怪しい。でしょ?大丈夫ハリー。先生とは6学年になる前に終わらなければならないことを、私はずっと前から知っていた」
「僕が、もっとまじめに閉心術を学んでいたら」
「大丈夫。ヴォルデモートはもうハリーの心に入るのは怖くてできないから」
いいんだ、というヘンリーはハリーの頭をそっと撫でる。彼の後悔は痛いほどわかる。だけども、今は誰も欠けていない。とてつもなく大きな変化だ。
ハリエットは最近考えるようになっていた。自分は元々“この世界線”の人間ではない。だから、自分が降りかかるものを受け止めてすべてが終われば“この世界線”の人々は誰一人不幸にはならない。
そんな気がして、ハリエットはそっと微笑んだ。あの時、何も知らずに……死ぬ運命だと聞かされ震えたのとは違い、今度はもう最初から終わりが見えている。あの時できなかったことができることが嬉しくて仕方がない。
「ハリー、僕は今とっても幸せなんだ。だって、シリウスは生きているんだ!一か月だけど、一緒に住む夢も、彼に課題を見てもらう夢も、皆叶ったんだ!」
こんなにうれしいことはないんだよ?というヘンリーが心の底から喜んでいるのをみて、ハリーは顔をくしゃりとゆがめる。
「僕は課題見てもらってない」
「そうだった!けど、その機会はあるんだ。安心してよ」
思わず口に出たハリーにヘンリーは笑ってハリーを抱きしめ返した。ふと、ヘンリーは懐から懐中時計を取り出すとパカリと開いた。ハリーの位置からはその蓋裏に何か動くのが見えたがはっきりは見えなかった。
「そろそろハリーはハグリッドのところに行かなくちゃ。仲直りするんでしょ?」
私もそろそろ戻って薬作らないと、というヘンリーにハリーはまだたくさん話したいことがあるのに、頭の中がごちゃごちゃでまとまらず、じっとヘンリーを見る。
「ハリーの心が思うままに行動して。私も今学年はいろいろやらないといけないことがあるから……。それと、私はドラコについても先生についても一切ハリーに言うことも、手伝う事もできない。もしかしたらハリーが嫌だとおもう事とかするかもしれない。だから私のことは一切無視して」
ハリーの手を握るヘンリーにハリーはすべてが終わったら、全部話してくれる?と尋ねる。本当はできないこともわかっているが、それでもすがるようなハリーの言葉にヘンリーは少し考えてから約束する、と強く握り返した。え?と思わず顔を上げるハリーにヘンリーは微笑み、時が来たら、全部君に話す、と瞳を見つめながら頷いて見せた。
「大丈夫。そのときはもう私の呪いはなくなるから。絶対にね」
その時までは、というヘンリーにハリーは目をしばたたかせて約束だ、と手を握り返した。
「あ、そうだ。これ……ハリエットのだよね。僕が踏んで割れたのか、最初から割れていたのかわからないけど……」
そうだった、とポケットから取り出したのは黒いオブシディアンの破片と壊れた金具の一部が付いた残がいだった。やっぱり壊れてしまった、と受け取ったヘンリーはそっとそれを握りこむ。
「これはきっと……私が受けるはずのペナルティの一部を肩代わりしてくれたんだと思う。前に小指に着けるピンキーリングをはめていたんだけど……セドリックを助けた時に割れて壊れたんだ。レトリバーがもしかしてこれ君の?ってこの前指輪の残がいを見せてくれて。そうだよね、やっぱりそうなったんだ。ペンダントだけが壊れたと思ったから……そっか」
ハリーが壊したんじゃないよ、というヘンリーは今は何もはまっていない小指をさする。先生の守りが自分を守ってくれたことが嬉しい反面、壊れてなくなってしまったことが酷く悲しい。
「そうだったんだ……。それじゃあ今度僕がプレゼントするよ!ハリエットに似合うアクセサリー!守りの魔法とかはかけられないけれど……」
細い首筋に銀色の鎖が見えないことに気が付いたハリーは絶対プレゼントする、と手を握り締めた。それにヘンリーは嬉しいな、と笑うと静かに首を振った。
「それは将来のパートナーにしてあげて。絶対喜ぶから」
私はいいんだ、というヘンリーはもう今の彼女しか思い出せない、かつての彼女を思い浮かべて微笑む。僕に恋人出来るかな、というハリーにヘンリーはただ笑うだけだ。
「とびっきり可愛い子だと思うよ」
曖昧かつ、誰かの影を思わせるヘンリーの言葉にハリーは目をしばたたかせてそうだねと笑い返した。
鹿の姿で更衣室を後にするヘンリーを見送ったハリー達は顔を見合わせてハグリッドの小屋に向かって歩き出す。
「ハリーはアニメーガスは習得するのかしら?」
どうする?というハーマイオニーにハリーは僕はいいかな、と首を振った。彼女はいつ習得したのだろうか、と温室の影に消えた鹿を見てハリーは首を傾げる。雌鹿という事はきっとハリエットが習得したものであって……。
「もし仮にあの説が正しかったら……君ずいぶん大人な対応とれるようになるんだな」
僕は想像つかないや、というロンにハリーがどういうことだい?とむっとして見上げ……温室の影から城に向かう杖をついた人影を見る。本当にハーマイオニーの言うとおりであれば……彼は今何歳になるのか。
少し気になるハリーだが、ヘンリーがいつかすべて話すと約束してくれたのだ。今はその時ではないと首を振り……ハグリッドとどう仲直りしようとため息を吐いた。
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