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10:ざわめき
大広間の扉が開き、マクゴナガルと共に姿を現した赤毛の青年。小柄で、華奢な彼は青年というよりも少年といった方がいいかもしれない。それほど細くて弱弱しくて……。1つに結んだ髪は肩下ほどしかなく、歩くたびにムーディを思い出させるような杖音を響かせる。
彼女を彷彿とさせるような赤い髪に思わず目を奪われ、ドラコと親し気に会話する姿に珍しいものを見る気持ちと、ドラコに近づくためのとっかかりになれるのではないかという考えと……それと同時に正体不明のざわめきが胸の内を満たす。
元気……と言っていいのだろうか。あんなに細く、頼りない体で……無事なのだろうか。触れたい。そう考えるのはどうしてなのか。わからないことが多く、スネイプは混乱していた。
遠目で分かりづらいが、ヘーゼルの眼をしているとなぜか確信を持っていて……。笑った顔がリリーを思い起こさせる不思議なマクゴナガル家の青年。胸を満たすのは彼に会えたことへの歓喜。訳が分からず、みているしかできずにいるとヘンリーとドラコらは早々と大広間を出ていく。
ヘンリーの歩く速度が遅いせいか、とすぐにわかるがそっと添えられたドラコの手に、激しい炎が沸き上がる。まるであの男がリリーと手をつないだ時のような……。そんな怒りにやはり戸惑う。
初日に例の発作が起きた彼は夕食に姿を現し、ごめんと謝る姿を見る。ドラコは最近見なかった笑みを浮かべていて、二人の親密さに落ち着かない。手伝いたいと、そう申し出ても警戒し、信用していないドラコへの突破口になるだろうか。そう考えて……彼を利用することに罪悪感のようなものを感じる。彼を利用するのは……とてつもなく悪いことのような気がして忌避感を覚え気が進まない。
ふと、ポッターを見ればドラコを疑っているのかじっと見つめている。ドラコは何か話しながら朝も触れた髪に触れ、ヘンリーもそれに答えているようだ。酷く醜い嫉妬を自覚し、スネイプは困惑し……そうだ、寮監として彼に声をかけていないと、大広間を出る姿に思い出す。
石階段を危なっかし気に降りていく背に追い付き……今声をかけるのは危ないと判断して彼がおりきるのを待って追いかける。
「……ミスターマクゴナガル」
名で呼ぼうとして、いやそんな仲ではないのだし、マクゴナガルの甥の子としての距離を保たねば、と戸惑うスネイプが声をかけるとヘンリーは動きを止め、一呼吸開けてから振り向いた。
「体調について聞いていたが、無理はしていないかね?」
直ぐ間近に立てば見下ろすほど小柄で、下手をすると一年生よりも細いかもしれない。ヘーゼルの瞳は嫌な記憶を呼び出すほど奴に似ていて……振り向いた瞳の輝きに思わず声を詰まらせる。同性の眼に言う事ではないが、きらきらとした輝きを持つ目は美しく、思わず息をのみかけた。
「はい、ご心配をおかけしました。ここ最近発作はなかったのですが、大叔母様の顔を見てほっとしたのか久々に発作が起きてしまい……。多分しばらくは大丈夫と思います」
青年にしては少し高めの声で、柔らかな音を紡ぐ唇をじっと見つめる。全身の細胞が、形の見えない魂が、彼に触れたいと叫んでいる。もちろんそんなことはしないが、とスネイプは組んだ腕を互いに強くつかみ合い、震えそうになる手を抑え込む。
ふと、彼の髪に埃が付いているのに気が付き、気が付けばスネイプの手はその埃を取り払っていた。その際に触れた髪のわずかな感触に、獣のような何かが体の中で歓喜に震え、閉心術士としてのプライドだけでそれを抑え込む。驚いたらしいヘンリーの瞳が震え……一瞬のうちにそれらはおさまる。
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるヘンリーは何かあるだろうかとスネイプを見上げ……ヘンリーと呼ぶ声に反応して寮の方へと顔を向けた。呼んでいたのはクラッブで、シャワーの時間を訪ねている。今行く、と言うとヘンリーはまたスネイプに会釈してこつこつと杖を響かせて寮へと戻っていった。無機質な地下牢の中にかすかに香る残り香を嗅いだ気がして……スネイプはただ戸惑うばかりだ。
踵を返して階段を上がり……未だ慣れない闇の魔術に対する防衛術の隣にある教授室に入る。いったいどうしたというのか、わからないスネイプはズキズキと痛み始めた頭に大きく息を吐き、痛み止めの薬を飲み込んだ。私室に入り、寝台に横になる。今日は夜の見回りはない。以前と違い今は闇払いの巡回もあるため、不用意に出ることがはばかられ……目を閉じる。
いつからだったか、とスネイプは目を開けて自分が横たわった場所を見た。どういうわけか中央で眠らず、少しずれた位置で横になる癖がついていた。小柄な人であれば横に眠れるほどの隙間にひどく胸が締め付けられるようになったのはいつからだ、と。
学生時代に戻ったような、酷く惨めで苦しい思いはなぜだ、と再び目を閉じる。
『先生』
柔らかな少女の声が耳の奥で聞こえた気がして……ひどく安堵するような思いを抱くとともに眠りに落ちていく。
『 』
声に出ない何かを呟いた気がしたが、ほんの1,2時間の仮眠はこれまでにないほどの安らぎを覚え、スネイプのこめかみに無自覚なしずくが一つ零れて消えた。
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