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4:真相に近づくもの

 隠れ穴についたハリーを待っていたのはロンだけでなく、ハーマイオニーもジニーと共に過ごしていた。ビルと付き合いだしたというフラーまでもがいて、ロンはしょっちゅう頭を叩いている。僕の日常はここにある、と去年よりにぎやかになった気がする隠れ穴にハリーはほっとして……意識が戻ってからのことはモリーから聞いた、

 マクゴナガルやマダム・ポンフリーがつきっきりというわけには行かない。癒者が一人ずっとそばに付き添っているという事だが、不死鳥の騎士団の女性が交代でその手伝いをしているという事だった。
 ヴォルデモートによる磔の呪いを少なくとも4回はかけられたことで、折られた腕と足は酷く傷つけられ、華奢なハリエットの体に深い傷を与えた。開心術と服従の呪いを同時にかけられたことで、ハリエットの精神もひどく傷つけられ、一歩間違えればロングボトム夫妻のようになっていた、と癒者は言ったらしい。シリウスは当面ハリエットの護衛としてアニメーガス姿で付き添っているという。

「もう少し家が広ければハリエットをここにと言えたのだけれども……。もう少し意識がはっきりしたらホグズミードの彼女の家に移動するそうなのよ」
 いま彼女は絶対安静だから、というモリーにハリーはそうですかと俯くしかできない。一歩間違えればシリウスが死んでいた。いや、本来ならば死んでいた。それをハリエットが運命を変えた。その結果がこれだ。
 ふと、彼女を病院に運んだのは誰だろうか、とハリーは忘れていた疑問に首をかしげる。彼女はどうやって逃げて……そして助けを求めたのか。

「ハリエットはどうやって逃げたか……それは話していましたか?」
 仮にもヴォルデモート相手だ。自分だって必死に逃げてきた。ポートキーがなければ今頃ここにはいない。ヴォルデモートもさすがに同じ轍は踏まない。それであれば……。

「詳しくはわからないのだけれども、今闇払いの部署で考案されていた緊急避難の対策に似ているという話だったわ。ただ、ハリエットの状態からもあまりいい方法ではなかったらしいのよ」
 少なくとも、彼女の傷の一部は姿くらましをしたことによるものであるとされていたため、彼女が何回それを使い、追っ手を撒いたのか。ぼろぼろになりながらもなんとか逃げてきた彼女は……たった一人で病院まで行き、力尽きてしまったというのか。
 早くハリエットに会いたい、とハリーはうつむき……荷物整理してきますとその場を立ち去った。


 追いかけてきたのはハーマイオニーとロンだ。ハーマイオニーはこんな時にする話じゃないのだけれども、と一冊の古い本を取り出した。
「前に話していた……マグルで売っていた本。そんなに有名じゃないのと、ママが学生時代に買った本だから今知っている人はほとんどいないとは思うわ」
 打ちひしがれていたハリーはハーマイオニーの言葉にあぁ、と思い出した。本のタイトルは何度も読んだせいなのか、すれてとても読みにくい。

「ママからこの本を借りて読んだのだけれども……」
「ハーマイオニー、本当にあの突拍子もないことをハリーに言うのかい?」
 内容を確認するために読んだというハーマイオニーだが、なんだか歯切れが悪い。ロンは一応聞いていたのか、そんなわけないじゃないか、という。でもあくまでも可能性よ、とハーマイオニーは言うとこの本はね、とハリーにその内容を話し始めた。

「この物語は……1部と2部に別れているのだけれども、1部ではリーベという貴族に生まれた女性が、異国人の母の血を濃く受け継いだために理不尽な目にあい、不幸のどん底にいるという話から始まるの。ある日突然ナーエという別の貴族の男性によって彼女を取り巻く環境が変わり、窮地に立たされた彼女を、ナーエが助けるという、ハッピーエンド系の物語なのよ」
 内容はもうちょっと複雑なんだけれども、というハーマイオニーに良くある話なのかな、とあまり本を読んだことのないハリーはそれで、と促す。ダドリーは本なんて読んだ日には5分もかからず寝ていただろうし、バーノンやペチュニアに至ってはそういう物語すらも目の敵にしていた。

「ナーエという男性は魔法使いよ。そしてリーベという女性も、魔女だったの。ただ、リーベは魔法界のことを知らなかったのと、訓練をしていなかったことから魔法はあまり使えなくて……。でも彼女と幼い頃から交流を持っていたナーエが密かに訓練させていたの。おかげで彼女は自分を大切にしてくれた人の窮地に駆け付けて、その人を守れたわ。それだけじゃないわ。ナーエが妙にこまかく時間をしていて待ち合せたり出かけたりしたとき、リーベによって数少ない大切な人達をリーベ自身が、あるいはナーエが守ったのよ。そして最後に、リーベのお母さんの血筋……魔法使いの弟に出会い、彼女は魔法界に無事入ることができた。ナーエは自分が魔法使いだという事を明かして、彼女の眼のまえで消えていった、とあるわ」

 これでも要点だけまとめたのだけれども、というハーマイオニーだが、ハリーは気にしている余裕がなかった。ナーエという男性はなぜ彼女と交流を持ったのか。密かに訓練させていたという事は、彼は初めから彼女が魔女であることを知っていたのだろう。だが、自分がそうであったように、魔法を使ったことも見たこともない時に、同じ年頃の人が見て魔法使いだとわかるのだろうか。

 ヴォルデモートもまた、マグルの孤児院にいる風だった。もし、もしほかにスリザリンの血筋の人がいたら彼はひきとられていただろうか。魔法使いの、特に純血思考の家のことはわからないが、パーセルマウスの人を魔法界が放ってくだろうか。
 彼が魔法使いだと……知られていなかったのであれば。ではこの物語の女性が魔女だとどうして彼は知っていたのか。

「2部は……ナーエのことが書かれていたわ。ある異国の血を受け継いだ女性が奴隷同然に暮らしていたことから始まり、彼女が深い後悔を抱きながら死んでしまい……。目が覚めたら貴族の次男として生まれていた。彼は……かつての自分を守るため、周囲の人を守るために奔走していた。2部の最後はリーベが魔法界に入るというところを見て満足して笑った、と言うので締めくくられていて……。正体は言うまでもないでしょ。ハリー、ところどころ覚えがあるんじゃないかしら」
 マグルが作った物語なんだろう?というロンにハーマイオニーはそれはそうなんだけど、という。

「クィブラーにさ、そういう話の掲載ないのかな。信憑性の低いものでもいいから」
 賢者の石を手に入れようとするクィレルとはち会わせたのは……その時間であることを知らなければならない。
 石化する生徒のことを彼女は知っていた。
 あの夜、叫び屋敷でピーターを捕まえたことを知っていたのは。あそこにシリウスもリーマスもみんな揃っていたことを知っていたのは。シリウスがほとんど食べられなくて困っているのを、どうして彼女は知っていた。
 たくさんあるけれども、セドリックをどうやったのかわからないが、助けたのはどのタイミングなのか。直前まで彼は動いていた。だれども死の魔法が彼に当たって倒れて……まるで石像のような。そこまで考えたハリーははっと顔を上げた。
 “石像のような”違う、“石像になった”のだ。つまり彼女はあの時あの場所で隠れていて……。あぁそうだ、セドリックを抱えた時暖かかったのは……あれはマントで隠れたハリエットが倒れていたから。
 マクゴナガルへの失神呪文を食い止めようとして飛び降りたのは、まだ杖が向けられる前。そして、シリウスを……。

 ハリーの提案に確かにありそうだ、というロンにハーマイオニーもそうね、と羊皮紙を引っ張り出して手紙を書いていく。ルーナに尋ねればきっと見つけてくれるだろう。

「ハリー?顔色が真っ青だぜ?」
 心配そうなロンの言葉にハリーは顔を上げ……ぐっと奥歯をかみしめた。
「前に……自分は僕のことを知っているって。ハリエットは何があっても僕を信じているって言っていたけど……何が起きるかも全部知っているから?」
 もしも、もしも本当にハリエットが……。ただ、そう考えるとどうして彼女は……。ハリーの言葉にロンはそんなこと話していたのか、と言って……ちらりとハリーを見た後押し黙る。

 ヘンリーに言われた言葉は……もしそうなのであればあれは親友の隠れた本心だ。同じ当事者であるハリエットの言葉と思っていたが少し意味合いが変わってくる。全く同じことをあのときハリーにも言われた。バッジを投げられ額に当たって……。どうしたの?ロン、とハーマイオニーに言われて、ロンはいや、と口を濁す。

「ヘンリーに言われたことを思い出して。ハリー、ごめん。あぁそうだ、ハリエットにもまだ謝ってなかったんだ」
 ロンの突然の謝罪にハリーは驚き、何の話だろうかと目をしばたたかせた。いや、いいんだ、というロンに以前ヘンリーとロンが口論していたことを思い出したハリーは僕はいいからハリエットにと言いかけて、はっと思い当たった。

「えっと、うん、どんな内容だったかわからないけど、なんとなく想像できたかもしれない。僕は大丈夫だからハリエットに伝えてあげて。そっか、もしそうなら……僕が苦しいと思った時期はハリエットはまた同じ苦しみを別視点から感じていたんだ」
 曖昧なハリーの返事にロンはわかったと頷く。ぽつりとハリーが呟くと、ハリーと違ってずいぶん大人なのね、とハーマイオニーは言い、ハリーも思わず小さく笑う。
 
 今の自分もいっぱいいっぱいなのに、彼女はいつだって助けてくれた。あの尋問の日も彼女がいなければもっと長引いたかもしれない。
「もしも本当にそうだった場合は……絶対にハリエットに聞いてはダメよ。そのせいでハリエットの命を使うことになったら大変。間違っても君は本当は、なんて確かめるのは絶対にダメ。ハリエットが、大丈夫だと判断したときにはきっとわかることだから」
 ここまで暴いてしまってからいうのも危険かもしれないけれども、というハーマイオニーにハリーもロンも頷く。
 
 でもさ、とロンは暗くなった空気を吹き飛ばすように声を上げた。
「何がどうしてハリエットの恋人があいつになるんだろうな」
「それだよ!本当に!冗談じゃないよ!!そりゃいま好きな子はいないけど、なんであいつが出てくるのかさっぱりだ!」
 ロンの一言にハリーはそれだよと声を上げた。訳が、訳が分からなすぎる。自分が男を好きになるとか間違ってもそんなことはない。

「あら、それは単純に、彼女がハリエットだからじゃないかしら。私はこの生まれ変わった、というのに対しては“その記憶をもって生まれた別人”と解釈したわ。一度目の記憶を持ったハリエットという女の子で、その記憶の中で何かが彼女の琴線に触れて惹かれたんじゃないかって」
 すでに性別が違うじゃない、と笑うハーマイオニーに頼むからその解釈で合っていてほしい、とハリーはため息をつき、ロンもただ笑う。
 ハリエットが何者かなど、きっと関係ないかもしれない、とハリーは唯一無二の片割れを思い、一日も早く元気になるよう祈るしかできなかった。





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