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3:声に出さずとも通じる間
スラグホーンを教師に勧誘しに行ったダンブルドアとハリーだが、なんとか了承する言葉をもらい、ダンブルドアはハリーを隠れ穴へと連れていく。そこでハリーに個人授業をする話をすると、ハリーは真剣なまなざしで頷いた。
「ハリエットは……この先どうなっていきますか?」
ぼろぼろの片割れ。心も同じようにぼろぼろだろう。うつむくハリーにダンブルドアは何も答えない。ダンブルドアにハリエットはこの先の話をしたという。ということは不用意に未来のことを話せない、という事なのかもしれない、とハリーは口を引き結ぶしかできない。
「前にハリエットに言われました。僕は疑い続けてと、嫌い続けてと。今でもどうしてハリエットがスネイプ……先生を選んだのか理解できない。だけど……記憶を消してほしいなんて、なんで」
嫌いになる要因はいくらでもあるのに、どうしてそんなことを言うのか。わからない、というハリーにダンブルドアは言葉を探すように隠れ穴の箒置き場の中、降りてきた蜘蛛をみつめる。
多雨
「ハリー。わしは……愛というのは誠に大事なものじゃ。じゃが、その愛ゆえに道を逸れてはならん。それがたとえ最愛の相手であっても、非情になれねばならぬ時もある」
愛は簡単に人の眼をくらませてしまう、というダンブルドアにハリーはそんなに深く人を愛したことはない、と俯いた。
「ハリエットはハリー、君に似てとても愛情深い優しい子じゃ。そして、同じように思い込むと一直線なのも。今はわからなくともいい。いつか、彼女が彼を深く愛したのか……わかる時がくるじゃろう。その時になぜ彼女が記憶を消すようにと頼んだのか……その気持ちもわかる日が来るじゃろう」
今は何も気にせず、そのままの君でいることじゃ大事じゃ、というダンブルドアにハリーは小さくうなずいた。
モリーにハリーを託したダンブルドアは姿くらましをするとため息をこぼし、もう一度姿くらましをする。やってきたのはさびれた古城。その中を進んでいくと見張りの男性がダンブルドアに気が付いた。
「面会希望を出しておったのじゃが、大分遅刻してしまったようじゃ」
「いえ、こちらは時間だけならいくらでもあるので問題はありません。15分でお願いします」
断られるのであればそれでもいい、という表情のダンブルドアに見張りの男は問題ないと言って杖をふるう。松明が照らす中進んでいくと、一人の老人がいる牢へと足を進めていった。
ダンブルドアが中に入ると老人は少し驚いた様子で顔を上げ、じっとダンブルドアの空色の瞳を見つめる。ダンブルドアもまたオッドアイな瞳を見つめ返し、静寂だけが二人の間に流れていく。老人の眼がダンブルドアの服に隠れた右手を見て、ダンブルドアが無言で軽くそれを掲げて見せた。再び視線を合わせ、小さく鼻先で嗤うように息を吐く。ダンブルドアもまた何が面白かったのか小さく嗤うように息を吐き、再び視線を合わせた。
何か魔法でも使っているのかと疑う見張りだが、老人は魔法を封じられているのと、ダンブルドアからも全くその気配はないことに首を傾げる。
やがて10分がたつともういい、とダンブルドアが踵を返す。扉に手を掛けたところで鎖の音が初めて聞こえ、ダンブルドアは振り向いた。
「アルバス……予見者は」
「君が突然暴れ出したと、あの知らせを受けた時は驚いたと同時に、“予見者”が星の影に生まれるという言葉に耳を疑ったものじゃ」
老人のしわがれた声にダンブルドアは15年前のことじゃったな、と答える。かつて……ハリエットの、転生者が生まれるという預言をダンブルドアに伝えた予見者グリンデルバルトを疑ったこともあった。しかし、ハリエットを見た瞬間、彼の言った容姿そのままの赤子を見てダンブルドアはその言葉を信じた。
「大いなる運命を背負いし星の影に、未来より舞い戻った忌み星。黒い髪と緑の瞳を持ったその少女は多くの者たちの命を左右する、モイライの糸を手に握り締め、大河に分け入る。強い願いを胸に、その星は運命の星のすぐそばに生まれる」
そんな内容じゃった、というダンブルドアにグリンデルバルトはただ壁を見つめる。やがて動き出すと、確かにそのような内容だったという。
「彼女は今?」
「制限を半分使ったところじゃ。もう、あの子には運命の終わりまでの道筋ができておる。先日、神秘部が破壊されたことは耳に入っておるじゃろうか。あの後、まだ納めていなかったという、あの子にまつわる予言の球がそれを確定させた」
グリンデルバルトの少ない言葉にダンブルドアは静かに答える。スネイプと彼女の間にされた予言は……ハリエットの行く先を確定的なものに変えたと言っても過言ではない。
「なるほど。黒と白の番人というのはそういうことか。道しるべが必要だ。髪が欲しい」
あの予見はそういうことなのだな、と何か納得した風に頷くグリンデルバルトは目だけをダンブルドアに向ける。見張りもまたこんな風にしゃべるのを見ていなかったのか、警戒するようにしつつ……その世代ではなかったがために、どこか形式的な警戒しかできないように構えた。
それを見てダンブルドアは杖を出すとそれを自分に向け、髪を一房断ち切った。それをそのまま見張りがどう対処すれば、とおろおろする中グリンデルバルトに向かって飛ばすと、やせ細った腕に腕輪のようにまとめ上げる。
「あぁこれでいい。しかるべき時に、しかるべき場所で」
もう疲れた、というように目を閉じるグリンデルバルトを置いてダンブルドアは部屋を出る。
勝手なことしないで下さいと怒る見張りに対し、ダンブルドアはもう会うことはないじゃろうから、とすまなさそうに笑う。奥の方で……グリンデルバルトを置いてきた部屋の方で大きく咳き込む音に何だろうかと見張りが振り向いた隙にダンブルドアは再び杖を出すと、白い光を放つ。ぼんやりする見張りを置いて……現れたフォークスの力を使ってその場から消え去った。
すべては大いなる善の為に。そして、未来の為に。
そして、誰よりも愛情深い二人の為に。
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