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2:片割れの安否

 窓にもたれて眠る少年、ハリーの後ろに散らかった新聞にはあれだけしがみついていたファッジが辞任し、スクリムジョールが後任になったこと……そして攫われて命からがら逃げ果せた少女ハリエットについての記事が好き勝手躍っていた。
 夏休みに入ってしまい、彼女の安否は一切不明のままだ。何度も手紙を出したが、ホグワーツに関する魔法が強化されたためなのか、ヘドウィグは困った風に戻ってきていた。

 今でも悪夢を見る。彼女を拷問するベラトリックスとヴォルデモートの夢だ。ネビルの両親は磔の呪いのせいで息子が分からなくなってしまった。では同じように……いや、ベラトリックスではなくヴォルデモート本人からの魔法はより強力だろう。それを受けたハリエットが無事なわけがない。

 誰か、誰か教えてよ、と思った矢先にダンブルドアからの手紙をもらった。彼ならば絶対知っているはずだ、と毎日来るのを待っていた。いの一番にハリエットのことを聞こう。そればかり考えていて、すっかり荷物をまとめる手が止まったままだ。
 そして10時。ただ寄らぬ気配に飛び起きたハリーははっとして慌てて荷物をまとめようとし……チャイムの音に飛び上がった。

 約束通りやってきたダンブルドアはゆったりと座っていて、ハリーはバーノンらに伝え忘れていたことと、まだ荷物をまとめ切れていないことに恥ずかしい気がして口を開くことができない。

「ハリー、ここに来る前に彼女のところを見てきたが、無事目を覚ましたようじゃ。まだ記憶が混濁しておる様じゃが、癒者の見立てではもう命の危険はないとのことじゃ」
 安心してほしい、というダンブルドアだが、ハリーは衝撃に打ち震え今日ですか?と尋ねた。もう夏休みに入って二週間だ。それなのに今日目を覚ましたというのか。

「そうじゃ。ハリエットの傷はそれだけ深かったという事じゃ。運命を変えた直後であったことと、失神呪文によるダメージが彼女を通常以上に弱らせていたと考えておる」
 明確に名前を出したことに、ペチュニアが顔を上げる。どういうこと?と思わず口にだすと、ハッとしたように口を抑え、視線をそらした。そうじゃな知っておくべきじゃ、とダンブルドアはハリー達が経験したあの戦いのことをかいつまんで説明し、ハリーの双子の片割れが攫われて拷問を受け、何とか自力で逃げてきたことを言う。
 去年初めて会った少女の壮絶な体験に、ダドリーは顔を白くさせ、バーノンまでもがぽかんとしている。ペチュニアもまた今にも倒れそうな顔になり、それで無事ですって?と口元を震わせた。

「それだけの怪我をして無事目を覚ましたなんて、よくも言えたものね。15歳の少女がそんなめにあって、無事ですって?体に傷はないの?後遺症は?勝手に引き離しておいて、危険な目に合わせて……」
 唇を震わせるペチュニアはハリーが見たこともないほどに怒っている。ハリーの片割れ、大嫌いな妹の子供だというのに、とバーノンが驚いているとペチュニアはハリーだけが生き残ったのだと、彼女は死んだのだと思っていたのに……、と拳を震わせた。

「そうじゃな。ハリエットは……彼女は後遺症として突然魔法の力が、魔力が減り体が風邪をひいたときのように眠りを欲し、どこ構わず眠ってしまうじゃろう。この一年で回復しない場合は……彼女は休学せざるをえない。それと、片足を集中的にやられたようで、呪いにかかった状態に似たようになり、完治に時間がかかっておる。少なくとも、今学年中は歩行補助用の杖は手放せないじゃろう」
 ダンブルドアの説明にハリーはショックを受けて顔を青白くさせた。箒に乗っているとき、彼は生き生きしていた。急いでいるところなどに出くわしたことはないが、すたすたと背筋を伸ばして歩いていた姿が思い浮かぶ。それに……。

「あいつの……スネイプの記憶を戻すのはダメなんでしょうか」
 ハリエットの隣にいるのがスネイプだなんて、本当はとても嫌だ。スネイプが……スネイプがシリウスを馬鹿にしたりしなければ彼は飛び出さなかったかもしれない。憎くて憎くて仕方がないが、ハリエットを支えられるのは彼しかいない。

「ハリー、スネイプ先生じゃよ。ハリエットの、予見者の頼みは絶対じゃ。特に、予見者が未来が変わってしまうと判断した事柄について、何も口出しをしてはいけないのじゃ。それに、彼女がそれを望んでいない。さて、ハリー。君と行かねばならないところがある。荷物をまとめてくるのじゃ」
 諭すように静かに告げるダンブルドアはちらりと視線を上げ、ハリーに荷物を持ってくるよう促す。納得いかない様子のハリーだが、ダンブルドアはあまり時間はないのじゃ、とハリーを急かした。しぶしぶ階段を上がると不思議とリビングの音が聞こえない。さすがに会話なんてないか、と急いで上がると荷物をまとめ始めた。


 ハリーがリビングから出てすぐ、音を遮断させるよう杖をふるったダンブルドアはさて、と戸惑う様子のペチュニアに目を向けた。

「まさか……セブルス=スネイプ?あいつが、教師ですって?」
 耐え難いものを聞いたように、ペチュニアは鋭い視線でダンブルドアを見つめる。在りし日の憎しみと、怒りと、僅かな懐かしさをにじませるペチュニアにダンブルドアは魔法薬学を教えておる、と答えた。

「あの男……リリーに付きまとっていたあいつと、ハリエットに何の関係があるというの。まさか、リリーが死んだから代わりにハリエットを汚らわしい目で見ているんじゃないでしょうね」
 あの男ならやりかねない、とペチュニアはこれ以上ないほどに怒っている。ダンブルドアは少し言葉に迷う風にしてから、代わりではないという。

「おそらくは代わりではあるが代わりではない。じゃが、ハリエットはそう思っておる。そして……先ほど話した通り今魔法界は厳しい状況じゃ。それゆえにハリエットが彼の中にいる自分を消してほしいと、そう願い、それを実行したのじゃ。今、彼に問いかけたとしてもハリエットのことはハリーの双子の片割れとしかわからないじゃろう」
 彼のことは時が来ればわかる、というダンブルドアにペチュニアはわかりたくもない、と吐き捨てるように言って疲れたように座り込み、顔を両手で覆う。


 そこにハリーが戻ってくると、ダンブルドアは頷いて、一つ大切な確認があったという。
「シリウスが君にあの邸を相続した件じゃが、正常にそれが執り行われたかの確認が必要じゃ。相続を放棄したとして別のものがあの邸の所有者になっているとも限らんので、今不死鳥の騎士団はいったん離れておる」
 あの書類が正常に機能しているか、その確認じゃ、というとクリーチャーを呼び出した。自分はベラトリックスのしもべだと、そう耳を塞ぐクリーチャーに、あの日クリーチャーが嘘をつかなければ、シリウスが行くこともなく、そしてそれを止めるためにハリエットも来なかった。
 そう思うと思わず黙れ、と怒鳴ってしまう。口を抑え、苦し気にするクリーチャーの様子からクリーチャーの主人がハリーに移っていることが証明され、ダンブルドアに促されるままにホグワーツに行くようにと命じ……わかってる、八つ当たりなんだ、とハリーは拳で眉間を叩いいた。自分が騙されなければ……自分があの時。

「ハリー。そう自分を責めるのではない。あの時何が最良だったのかなど、過ぎた今しかわからないことじゃ。それでは行くとしよう。」
 促すダンブルドアの右手を見たハリーははっと驚き……ダンブルドアを見つめる。気にすることではない、というダンブルドアと共に姿くらましをするのであった。





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