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ムスカリで紡ぐ不器用な花冠

6学年編


1:残り香の…

 カタリ、という音ともに少しの仮眠をとっていた男は目を開けた。ホグワーツの夏休みが始まってから普段はめったに帰らなかった自宅に戻り、闇の帝王の命のもと“鼠”を預かることとなって幾日か。少しも休まらない体を叱咤し、慣れない他人の出す音に敏感に反応する。
 スネイプは深々とため息をつき、立ち上がった。散々言い聞かせてあるために勝手に何かを使うことはしないだろうが、それでもどういうわけか神経質になってしまうのはなぜか。
 
 こちらとしても自宅にいつまでもピーターを置いておけるわけではない。ダンブルドアのところにスパイとして戻る……という体を守るためにも、教員の仕事の為に始まる一週間前には行かなければならない。ダンブルドアの命により、次にホグワーツに行くときには闇の魔術に対する防衛術の教授として赴任することになり、今まで使っていた地下牢から地上の方に移動することになった。
 屋敷しもべたちにはできる限りそのまま持っていくようにと命じたため、問題は無いだろう。あとは無意識にカバンに入れたカップと……見覚えのない小箱をどうするかだ。
 置いておこうと戸棚に置いたカップだったが、ピーターの手が触れそうになった時酷い嫌悪感を抱き……またカバンに入れたカップ。青い鳥が自由に飛び回るカップを手に取っている間、ひどく落ち着く自分にスネイプは戸惑っていた。

 それと……グリーンカラーに彩られた小さな箱。まさか自分あてではないだろうと手に取れば自分の筆跡で誕生日を祝う簡単なメッセージが付いていたそれは……まるで覚えがない。試しに中を開けて確認すればそれは女性の髪留めだった。
 
 ムーンストーンだろうか。白い花の大半は真珠のようだが、2つほどは魔法薬でもなじみのあるムーンストーンだった。そしてその花を囲うように緑の宝石が葉のように広がっている。スズランのバレッタはどう考えても自分が誰かに贈るように購入するものとは思えず、誰か生徒の悪戯かとさえ疑ってしまう。
 だが添えられたメッセージは確かに自分の字だ。ではこれを誰かに贈るはずだったのか。それを考えるたびに少し甘いような、スズランの香りを嗅いだ気がして、スネイプはバカなことを考えている時間はないと首を振る。他人がいる空間に置いていくのもためらわれ、大した荷物ではないとまたカバンに放り込む。


 不死鳥の騎士団の連絡は現在断っている。それはダンブルドアも重々承知の上だ。ただ、夏休みを入る前に魔法界に出回った記事を見るたびに、ダンブルドアへコンタクトを取りたくなる衝動にかられた。記事が問題なのだと、何度も捨てようとしたがどうにも捨てられない。
 予見者の少女が助けられたというニュースがなんだというのか。今重要なのはハリー=ポッターを生かし、そして来るべき日に備えさせること。それだけのはずなのに、なぜその双子のことが気になってしまうのか。

 こつこつという音に顔を上げれば、学校で飼育されている梟が何やら手紙を携えていた。窓を開けると、顔の縁取りが少し太い森フクロウが中に入り、手紙を差し出す。手に取って見ればそれはマクゴナガルからの物で、白紙の時間割と共に手紙が添えられていた。

『休暇中にすみません。先日の魔法省の職員及び当時の校長代理からの失神呪文を受け、入院をしていた甥の子、ヘンリー=マクゴナガルについて寮監であるセブルスに報告することがあります』
 事務的な内容にスネイプはスリザリンに在籍しているヘンリーを思い出す。赤い髪が特徴的な彼は確かOWLの試験中に起きたハグリッドを襲撃するアンブリッジに注意しに行ったマクゴナガルが攻撃を受け……それで魔法省の役人相手に戦い、失神呪文を複数受けて倒れた生徒だ。
 もともと体が弱かったことと、体質的な問題から入院していると聞いている。どうにもそこが曖昧だが、死喰い人の家系ではない以上気にしている余裕はない。
 要件は何だろうか、と続きに目を落とす。

『あの後、複数回発作を起こしたことと、用意された薬と常備薬との相性などにより回復まで時間がかかりましたが、10月には登校できる見通しとなりました。しかし、様々な要因が重なったことで、時折急激な魔力の減少が発生し眠りにつくことがあります。今年度は本人の強い希望で戻りますが、場合によっては休学する可能性があります』
 そこまで読んだスネイプはそんなに体調が悪いのか、と羊皮紙を握り締めた。どうしてだかわからないが、なぜだか非常に胸が痛む。彼は薬を飲みながらでも一生懸命で……成績だって悪くなかった。それなのにこんな結果になるとは彼も思いもよらないだろう。

『本人の希望する進路から、魔法薬学、薬草学、呪文学、変身術の受講を申請いたします。登校日が決まり次第連絡をいたしますので、甥の子、ヘンリーをよろしくお願いいたします』
 だから時間割か、と本来ならば初日に手渡しする時間割を見て、スネイプはため息をついた。闇の魔術に対する防衛術を彼は受講しないのか、と。だが今年は本格的な訓練を行う予定のため、彼の体調を考えれば外しておかなければならない。


 無性に、彼に触れたいとスネイプは羊皮紙を握る。あまり記憶にも残っていない生徒なのに……なぜか、彼の感触を指に感じた気がして、スネイプは一体何なのだと戸惑っていた。
 時間割について、すでに把握していたスネイプは杖をふるうとヘンリーの隙間だらけな時間割を完成させる。梟はカバンの近くで待機しており、スネイプは丸めた時間割を差し出した。ぱっと飛び立つ梟だが、その足にあの髪飾りの小箱が握られている。はっとするスネイプを置いて梟はあっという間に空へと飛びたった。

 彼は……シークはあれが誰に贈られるものか知っているのだろうか。
「シーク?」
 遠ざかる梟を見ていたスネイプはとっさに浮かんだ名前に眉を寄せた。マクゴナガルの梟なんていただろうか。だが、あれはシークという梟だというのを……妙な確信をもっていることにスネイプは訳が分からない。

「っ!」
 一瞬脳裏に逆行のように顔の見えない少女が浮かんだ気がして、スネイプはこめかみを抑えた。いや、きっとリリーの飼っていた梟に似ていたのかもしれない。名も知らぬ梟。もしかしたたら彼女がそう呼んでいたのかもしれない。
 脳裏に見えた少女はリリーに違いないのだから。彼女以外がこの胸の内に巣くうことなどありえない。だがあの髪飾りは……いったい誰へのプレゼントなのか。ふと、部屋の外で足音を聞き、スネイプは今は考える時ではない、とため息をついて頭を切り替える。一度目を閉じ、再び開いたときには死喰い人のスネイプがいた。





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