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40:運命から外れたものへ


 5分だけですよ、と言われたハリーは恐る恐る眠り続けるハリエットの頬に触れる。がさがさと荒れて、やつれたそれはいい感触とはいえない。それでも、ハリーは暖かいと言ってぎゅっとこぶしを握り締めた。
 成り行きでついてきたハーマイオニーとロンも本当によかったと涙を流していて、頷きあっている。ダンブルドアは彼女の護衛について相談しに行ってしまったためいない。

 さぁもう時間です、と追い出されたハリー達だが、そこにダンブルドアが現れ、癒者と話しあう。大きく息を吐く癒者はダンブルドアに誠に申し訳ない、と深く頭を下げた。どういう事だろうかと見守っているとまた数人あわただしく動き、何やら荷物を作っていく。

「ここではほかの入院患者を巻き込んでしまう。彼女はそれを望んでおらん」
 すぐにでも保護されたニュースが出るじゃろう、というダンブルドアにハーマイオニーがそんな!と声を張り上げた。準備が終わったのか、ダンブルドアが担架を作るとハリエットをそこに乗せる。

「まだ様態が安定したとは言い切れません。私も行きます」
 校医を信用していないわけではなく、これが私の仕事だという女性の癒者にダンブルドアは頷き、ハリー達を呼ぶ。ハリエットの手を取る癒者は用意されたポートキーにハリエットを抑えるように覆いかぶさり、しっかりと掴まる。ハリーもまたハリエットに触れながらポートキーにつかまり、今度は6人でホグワーツへと戻ってきた。

 すぐさま屋敷しもべ妖精を呼び出すダンブルドアによって秘密の部屋が用意されると、そこにハリエットを運び入れた。その一団を絵画たちは不思議そうに見て、噂のハリエットじゃないかしらとささやきと安堵のため息がそこかしこで響いた。
 
 駆け込んできたマクゴナガルは包帯をぐるぐると巻いたハリエットの傍らに膝をつき、本当によかったと涙を流した。


 その翌日、学期が終わる前日に予想通りハリエットが保護されたことについての記事が出回り、一夜にして彼女はヴォルデモートから逃れた女の子と呼ばれるようになった。生き残った男の子と、逃げのびた女の子だと。
 その朝はマルフォイの姿はなく、スネイプの姿もない。ほっとするハリーはシークが運んできた手紙をいつもの3人で覗き込み、ジニーを呼んで特別許可として迎えに来たトンクス達と共にホグズミードにやってきた。ホッグズ・ヘッドにやってくるとそこにはシリウスもいて、ハリーを見るなりよかった、とそういって強く抱きしめる。

 ほかにも不死鳥の騎士団がいて……例のレトリバーもいた。ハリーは目が合った気がして、近づくとレトリバーの前に立つ。なんで気が付かなかったのだろう、とハリーはフードから少し見える目を見つめた。

「ゴールデンレトリバーのレトリバーなんて、気が付くわけないじゃないか」
 しかもドラゴンはすぐ戻ってきた、というハリーにレトリバーは笑うと確かにという。

「今はまだ……彼女に助けてもらった命を恩返しするだけの力がないから。君たち二人の役に立てる時、その時はきちんと素顔で会おう」
「もちろんだよレトリバー。そのあとは、こんどこそ再戦よろしくね」
 握手する二人は再会の約束をする。君の箒ファイアーボルトだからなぁという苦言に箒の性能が全てじゃないだろ、とハリーは笑う。ぐるりと見わたせば不死鳥の騎士団と言ってもリーマスやトンクス、ウィーズリー夫妻とムーディ。キングズリーとマクゴナガルという風によく見たメンバーだけ集められていることに気が付いた。

 ダンブルドアがやってきてドアを閉めると、集められた不死鳥の騎士団は雑談をやめて視線を向ける。亭主はダンブルドアに一瞥をくれると、そのまま外に出て行ってしまった。

「集まってもらったのは他でもない、予見者ハリエットからの言伝を皆に伝えようと思ったのじゃ。ここにいない者たちが怪しいなどとは決してない。じゃが、情報の共有は最小限であるべきと、そう判断したのじゃ」
 今集められたメンバーはみな関係があると、そういわれて緊張が走る。まだ目を覚まさない彼女の言伝とあらば聞かないわけには行かない。

「まず、わしは彼女から運命の調整役を頼まれた。その際、彼女は対価を払い呪いは4つとなった。彼女が見る未来を実現するためには……レトリバー、シリウス。君たちのように死を免れたもの達に行動を制限しなければならぬ。そして……今後、そのものにあてた手紙をわしは書いた。これはその時が来た時にフォークスが必ず届けるじゃろう」
 この封筒じゃ、と真っ白い雪のような封筒を掲げる。そこには不死鳥の羽が刻印されており、真っ赤な蝋で封印されていた。宛先は書いていない。

「これが届いたものは……その時に担っている任から手を放し、この手紙の通りに行動をするのじゃ。なぜならば、その時本来ならばそのものは動かぬ体となっておるのじゃろう。もし守らねば、予見者ハリエットの見た未来でつかみ取る、蜘蛛の糸の様な勝利と少女の命を消し去ることを忘れてはならぬ。」

 ダンブルドアの重々しい言葉にウィーズリー夫人は無意識にロンとジニーを抱き寄せた。トンクスは傍にいたリーマスの袖を握る。慰めるように、そっと手を添えるリーマスは気遣うように親友に目を向けた。
 彼はもう、この戦いが終わるまでの自由を失ったが、大切な親友の忘れ形見の命をあろうことか2つも削ってしまったことが響いているのか、いつもの血気盛んな様子はない。どこか子供じみていた彼だが、半強制的に大人への階段を数段上がったようにさえ見える。

「それほどまでに事態は切迫しているのだな。この中ではわしが一番死に近いだろう。万が一届いたときには、おとなしく指示に従うと誓おう」
 もちろん、来ないことが大事だが、というムーディに続くように全員が誓います、と口々に言う。誰も言わないがその封筒が届くという事は、ハリエットの命もまた削られるという事だ。
 どれほど削られても問題がないかなど、誰にも分らない。唯一マクゴナガルだけが残りの回数に体を震わせていた。
 見渡して頷くダンブルドアはもう一つ、このメンバーを集めた理由じゃ、言って深く目を閉じた。ぎゅっと手を握るダンブルドアは長く息を吐くと口を開く。

「ここにいる者たちには事前に……ハリエットの変装している姿を説明しておるな。そして、その薬を担っていたのはセブルスじゃ。この二人が互いに特別な絆を築いていたことは以前の様子から気が付いておったかもしれん」
 元死喰い人であり今も暗躍しているスネイプ。それに不信を抱いているわけではないが、と騎士団員からも怪しまれているのは同じだったのだろう。ハリエットとの特別な絆と聞いてざわりとした空気が流れる。ウィーズリー夫人はまぁ、と驚くも突然その話をするダンブルドアに嫌な予感を感じて夫の手を握った。

「わしが校長室を一時離れる前に彼女からある依頼を受けておった。先ほどの調整役と……もう一つ。その役目を昨晩、果たしてきた」
 深く息を吐くダンブルドアはハリエットからの頼みを口にする。
 
 その内容に先ほどまで二人の関係だなんて、まだ認めてないぞ、と息巻いていたシリウスは虚を突かれてよろめくと椅子に腰を落とした。
 それを聞いたハーマイオニーは思わず両手で顔を覆い、ロンはその肩を優しく支える。
 トンクスは無意識にリーマスの手を握ると、唖然とした様子のハリーの手をジニーがそっと握りしめた。




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