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39:最後の秘密
ヴォルデモートの怒りの声が聞こえたが、すぐにそれは掻き消え、見知らぬ路地に倒れこむ。
全身が痛み、そのまま眠ってしまいたいハリエットだが、このままではまずい、とよろよろと起き上がると再び姿くらましをする。森に行くと酷い痛みで再び倒れた。目を向ければ昔ロンがそうだったように脛あたりが大きくえぐれている。
まだ安全じゃない、と折れた足で立ち上がり、再び姿くらましをする。何度移動したのか。肩や腕、あちこちが少しずつばらけてしまったが、幸いにも欠損はない。
もうこれが最後、と姿くらましをしたハリエットはどこかの家の庭に倒れこんだ。もう貯めていた力も何もない。ただ、マグルの庭ではまずい、と立ち上がろうとして足が言うことを聞かなかった。
ならば……わずかでも力があればできるはず、とかつてシリウスがあの絶望の中やっていたようにアニメーガスとなり、4つに増えた足で何とか立ち上がろうともがく。無事な前脚と、折れていない脚。その2本で何とか立ち上がるもすぐに転んでしまう。
このままじゃまずい、とわかっているのに体が動かない。扉があく音がして、あぁもう駄目だとハリエットは目を閉じる。
「ビオラ?」
不意に聞こえた声に顔を上げるも目が霞んで見えない。差し出された手に鼻先を2回つけて震える舌でぺろりと舐める。幻聴かもしれない。それでも、彼の腕の中で果てるなら……。
「……」
雑音が酷い中、何かつぶやく声に体が軽くなる。あぁ、アニメーガスが解かれたのか、と消えていく意識の中考え……ハリエットは曲がった指をそっと伸ばす。
「ご……めんな……さい……。せん……」
喉がガラガラと不快な音を立てる。それでも伝わったのか、ぎゅっと手を握られるとほぼ同時にハリエットは意識を完全に失った。
腕に鋭い痛みが走ったスネイプはダンブルドアにすぐさま報告し、暖炉から自宅へと戻った。ここからならば移動はたやすい、と思ったところで庭先に何がはじけるような音を聞く。
なんだ、と警戒しながら杖を構え、庭を見ていると一頭の動物がよろよろと起き上がってすぐに転がっていた。何度もそれを繰り返しているが足を怪我しているらしく、まったく立ち上がれずにいる。ふと前脚が一本折れているのでは、とそう予感して庭に出た。
小鹿は息も絶え絶えで、緑色の瞳が瞼の裏に消えようとしている。見覚えのある緑に去年の夏に別れた……大事な小鹿が重なった。
「ビオラ?」
問いかけると閉じかけた目を開くがすぐに力尽きる。手を差し出すと鼻先で2回突き、ぺろりと舐める……ビオラがビオラである証拠の合図にハッと息をのんだ。
もう自分をごまかすのも、目をそらすのもやめだとアニメーガスを元に戻す呪文を唱えれば恋焦がれた少女が姿を現した。吊るされた時と同じ、粗末な服に身を包んだ彼女はいたるところから出血していて、血がじわりと広がっていく。
そうだろう。瞳が緑なのは……学校ではハリーとハリエットだけだ。そして忌々しいことに牡鹿になれる父親を持つ。自分の守護霊と彼女がどこか似ていたのは当然だ。親子なのだから。
「ご……めんな……さい……。せん……」
擦れた声が聞こえ、思想の中から戻ったスネイプは折られたのか、曲がった指を伸ばすハリエットの姿が映る。その手を握ろうとして……完全に意識がなくなったのか、ずるりと指がすり抜けかける。
かろうじてつかんだスネイプは冷え切っているハリエットの手に様々な感情が一度に渦巻き、ぼろぼろの手のひらを自分の口に当て、口づける。彼女の手に自分の手を重ね、頬を包むようにするとスネイプはハリエットを抱き上げた。
聖マンゴ魔法疾患障害病院であれば危険生物などに襲われ、命の危機から避難するための緊急外来があったはず、と直接そこを目指した。
行きたい場所を病院と想定したが、強制的に姿現しが可能な部屋に移動させられるらしく、緊急外来の文字が目立つ部屋にたどり着く。本当は傍にいてやりたい気持ちを堪え、床に彼女を置くとすぐさま姿くらましをしてその場を立ち去る。
もしも……ヴォルデモートに自分が運んだと、そうばれればなぜだと怪しまれる。だから置き去りにするしかできず、スネイプは手のひらを見つめた。真っ赤に染まった手を握り締め、全身をスコージファイできれいにし、すぐにヴォルデモートの要る場所へと向かった。
何度か招集に遅れるスネイプだが、ダンブルドアのスパイをしているという名目で、すぐに抜けられないことは承知なのだろう。集まった面々の中で最後にたどり着くも咎めはない。あそこが姿くらましが禁じられているのと知っているのだろう。
苛立つヴォルデモートはふと何か思い立ったのか、魔法省にいたがこの前の神秘部の戦いには参加しなかった死喰い人に闇払いに伝わる魔法がないか尋ねる。何を、と考えるスネイプだが何かヴォルデモートは考えがあるのか早く答えるのだと催促する。
「たったしか……緊急回避用の呪文を模索中と、そう聞いたことがあります」
どういったものかまでは、という死喰い人にヴォルデモートは何か考えている風にして……にやりと笑いを浮かべた。模索中というのをもし彼女が使ったというのならば。それは未来からの知識に他ならない。
「少し読めてきた。あの小娘の力の謎が。だが何事も慎重に事を運ばねば。ベラ!予言者の女を探してくるのだ。できるだけ情報を持っていそうな、そんな予言者だ」
その言葉にスネイプはひやりとしたものを感じる。まさか……予見者ではなく、彼女が……転生者だと気が付いたのか。ヴォルデモートの頭のキレにスネイプは胃の中が冷たくなった気がして気が気でない。
奴はホグワーツきっての秀才で……その頭脳は随一だと聞いている。呪いを多く生み出し、グリンデルバルドでさえしなかった巨人族を味方につけられる男。
解散を命じられ、ホグワーツに戻ったスネイプは無事彼女を助けるための処置が開始されたことを涙ぐむマクゴナガルから聞く。
彼女の入院について話し合わなければならないダンブルドアが行ってしまったため、副校長であるマクゴナガルは動けない。スネイプも油断は許さないのはわかりつつもきっと助かるだろうと……彼女に触れた手を見つめた。
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