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37:杖と骨の便り

 魔法省での神秘部の戦いから4日が経ち、ようやく明日には寮に戻れるというハーマイオニーとロンはハリーへかける言葉が見つからず、出たばかりの新聞を広げた。
 クィブラーに載せたインタビュー記事を独占と言い放つ当たり傲慢な、と怒るハーマイオニーだが、それの情報を父が売ったというルーナに呆れたようなやりきれない思いに大きくため息を吐く。

 ファッジはあの後急いで会見を開き、説明に追われることとなった。ハリエットが誘拐された件にも触れられている。この数日で嘘つきな少年と、詳細が分からない少女という評価から、一転し、再び生き残った男の子と、助けに来て代わりにさらわれてしまった不運の女の子と世間の認識が変わっていった。
 未来が見える故に誰かの身代わりになってしまったという声や、未来が見えるというのになぜ捕まったのか、など様々な言葉が無責任に飛び交う。

 ハグリッドに会いに行くと言って立ち上がったハリーだが、正面の大扉を出るところでスリザリン寮のある階段から上がってきたマルフォイたちに遭遇してしまった。
 眠れていないのか、うっすらと隈が浮かぶマルフォイは大階段を降りてきたハリーを見ると、一瞬ぎくりと体を動かし、すぐに鋭い目で睨みつける。

「ポッター、お前のせいで……」
 怒りに満ちた声に、直接ルシウスと対峙したハリーは誘発されるようにカッとなっていくのを自覚し、じっと睨み返す。マルフォイの父ルシウスは今捕まっている。そのことに怒りを覚えているのだろうが、そんなこと片割れをその陣営にさらわれたハリーにとってはどうでもいいことだった。

「僕の片割れをさらったのはお前の父親たちの仕業じゃないか。僕の予言の球を狙っていたみたいだけど、残念だったね。お前の父親の近くで割れたなんてヴォルデモートが知ったらどうおもうのだろう」
 人攫いめ、というハリーにマルフォイは一層強く睨みつける。お前が、と繰り返すマルフォイはハリーへの怒りと憎しみが堪えられない、という風にぎりっと音が聞こえるほど奥歯をかみしめていた。

「そこで何をしている」
 響いた声にハリーもマルフォイも目を向ける。この5日間、授業が終わったこともあり全く会うことのなかったスネイプが、マルフォイたち3人とハリーをジロリと見ていた。
   普段土気色の顔色はどこか白く、いつも以上にハリーを睨む鋭い目が異様で、いつもは隙のないほどにきっちりとしているはずのスネイプだが、今はどこか疲れ切っている風にも見える。
 彼ならばハリエットの現状を、とそう思いつくもマルフォイやクラッブ、ゴイルの前で大っぴらに聞いても無駄だろう、と前の反省を踏まえで冷静になれと自分に言い聞かせる。

「教師を睨むとは無礼な。ミスターポッター。グリフィンドールから……」
「見ていただけのように見えましたわスネイプ教授」
 点数を引こうとしたスネイプの眼が正面扉に向けられ、聞こえた声にハリーもそれに倣う。
 
 近くにいたクラッブとゴイルにこれを私の教室に運んで、とバッグを手渡すマクゴナガルは歩行を補助するための杖をついてゆっくり中へ入ってきた。
 バッグを渡された二人はのしのしと歩いていき、ちらりと点数の砂時計を見たマクゴナガルは今回の戦いに参加したという生徒に次々と点数を入れていく。
 忌々しそうに舌打ちをして寮に戻っていくマルフォイが消えると、マクゴナガルはため息をついてハリーに無事でよかったと微笑みかけた。

「ダンブルドア校長から話は聞いています。よく、よく無事で……。そうです、ミスターポッター……。ダンブルドア校長にも聞いたのですが、あの子はこなかったのですね?」
 変えるべき運命があったわけじゃないのですね?という言葉にハリーは瞳を大きく揺らめかせた。きっと移動の際に煙突飛行を使ったかで新聞を読む時間がなかったのだろう。あるいは、散々なことを書いていた新聞を読むことをここ一年していなかったのかもしれない。
「彼女は……」
 震えるハリーに何か感じたのか、マクゴナガルはつっかえながらも階段を上がってきて、何があったのです?と最後の段で足をつまずかせ、ハリーにつかみかかるように両腕に手を添えた。
「ミネルバ。よく戻ってきてくれた。そのことについてはわしから話そう」
 上段から響く声にマクゴナガルは顔色を失い、ゆっくりでいいというダンブルドアに従うように慎重に階段を上り、促されるままにどこかの教室に入っていく。
 悲鳴のような、なぜもっと早くにという声が聞こえて、ハリーはいたたまれなくなってハグリッドの小屋に向かって走り出した。スネイプの姿はもうなかった。


 それから2日。もう明後日には学期終わるというところでハリーの額が鋭く痛みを放った。思わず傷跡をおさえ、うずくまるハリーにロンたちが慌てて膝をつく。
 痛みはすぐに消え去り、ハリーは荒い息を吐くと立ち上がり、一目散に校長室へと向かった。そのあとをハーマイオニーとロンが顔を見合わせて走り、一緒になって階段を上がっていく。

「ダンブルドア校長先生!!!多分、いや、きっと……。ハリエットが奴から逃げ出しました」
 傷は深い怒りを訴えていた。ここ最近ずっと閉心術を自分なりに頑張っていたために安心していたのだが、それ以上の感情に反応した、そんな気がした。
 何かを見ていたダンブルドアはそうじゃ、と頷く。不死鳥の騎士団だけが使う連絡手段でスネイプから聞いたのか。それはわからないが、確かな情報に裏付けられ、ハリーは思わず床に膝をついた。
 
 まだ保護されたという情報がないのが不安要素ではあるが、少なくとも……闇の陣営から彼女は逃げている。そうなれば彼女の保護という事になり、未来を変える心配がないのかダンブルドアは素早く騎士団に指示を飛ばした。
 ここで待ってもいいですか、というハリーの言葉にダンブルドアはそうじゃな、と頷いて自分もまた暖炉を使ってどこかに行く。

 吉報が来たのは一時間経つ頃だった。ダンブルドアがちょうど戻ってきたタイミングで暖炉から一通の羊皮紙が届けられた。杖と骨が交差した紋章に見覚えがあるハリーははっと息をのみむハーマイオニーとロンを見る。その表情からウィーズリー氏が入院したあの聖マンゴ魔法疾患障害病院の紋章であることを思い出し、中身を確認するダンブルドアに駆け寄った。

 中に同封されていたチューブの様なものをダンブルドアは3人につかまるように、と差し出すとポートキーは4人を運んでいく。早く、早く着いてくれ、と焦るハリーは足が床につくと辺りを見回した。
 やってきたのは病院のロビーの一角で、待っていた癒者がこちらに、とあわただしい処置室に案内していく。中には入れず、ガラス越しに中の様子をうかがった。

「先ほど緊急外来用の搬入口に突然現れまして。複数回にわたって無理やり姿現しを行ったようですが、幸いにも欠損するほどの重篤な問題は起きていません。ただ、ひどく衰弱しているのと、姿くらましの怪我ではない多数の怪我により状態は極めて厳しい状況です」
 とにかく家族に知らせねばとそう思ってポートキーを送ったと癒者は言う。どの治療を優先するか、診断をしながら言葉が飛び交い、魔法薬を運ぶ人と包帯を用意するひとで一瞬しか姿を確認することができない。
 それでも、見覚えのある黒い髪にハリーは窓にもたれてずるずると座り込んだ。ハーマイオニーも同じように座り込んでよかった、と泣きながらハリーを抱きしめる。ロンもまたかかわっていた時間が短いにもかかわらず、よかったと二人を抱きしめるように鼻をすすった。




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