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36:シリウスとの別れ

 ダンブルドアがハリーに語った真実はあまりにも残酷で、シリウスはハリーを支えるように置いた手に力がこもらないよう必死にこらえる。唖然とするハリーはダンブルドアの慈しむ目に唇をかみしめた。

「君たち二人を見た時、予見者が見た星は彼女だとすぐにわかった。なぜならばハリー。あやつは予言に君を選ぶと、そう確信していたからじゃ。その運命に……ハリエットは別で保護せねばならぬとも同時にわかった。その結果、この若い子供達がいる城内においてもっとも若く、幼い彼女を守るという名目で閉じ込めることとなった」

 ヴォルデモートがなぜ純血ではなく混血の自分を選んだのか。ダンブルドアの持つ記憶から予言を聞いたハリーはなぜ僕なのか、と顔を覆う。そんな予言なければハリエットとずっと一緒に居られただろうに。

「4歳で能力に目覚めた彼女は……ずっと君を案じておった。彼女を見ていることで君をその後ろに感じて……より深い愛情が芽生えていくのを見ないようにしてきた。認めないように目をそらしてきた。その結果ハリー、特に君をこれ以上苦しませたくないと、そう考えるようになってしまった」

 ダンブルドアもシリウスも、彼女の前世の名前を知っている。だからこそ、ダンブルドアの言葉にシリウスは片手で目を覆った。彼女が背負い続けたものの半分は彼が背負ったものだ。
 そこに彼女は今生きることで生まれたものを同時に同じ量だけ背負っている。いや、きっと今のハリーが背負うはずだったものまでもを彼女は背負っているのだろう。彼女を見ているとそれがどれほど重みだったかよくわかる。

 ハリーはそんな事情を知らないが、それでも言わんとすることが分かってうつむいた。だけど、でも、と言葉がぐるぐると回る。

「すまないハリー。そしてシリウス。おぬしにはこれからとるべき行動が決まっておる」
「えぇ。彼女が……彼を助けた時のように。俺があの時死んでいたのならばあのブラック家の邸と財産全てをハリーに渡すようになっていました。書類さえあれば今すぐ書きましょう」
 どうすればいいのわからず、固まるハリーはダンブルドアとシリウスの会話に戸惑い、シリウスを振り向いた。なんの話をしているのか。それに彼とは。

「俺は……彼女の命を2つも使ってしまった。2つだ。1つだって使わせたくなかったのに、俺のせいで彼女は……。ハリー、彼女の知る未来に俺はいないんだ。彼女の知る未来では俺は恐らくあのベールに吸い込まれたのだろう。彼女の知る未来でなければならないんだ。わかってくれ」

 俺にとっての罪滅ぼしなんだ。そう続けるシリウスにハリーは嫌だと首を振った。ハリエットはいない。シリウスまで離れるなんて……とてもじゃないが耐えられない。
 シリウスの推測に自分が罠にはまったから、だからシリウスは死ぬ運命だった。その事実を受け入れられなくてただ首を振るしかできない。それに対し、シリウスは俺だって離れたくないと悲し気に微笑み、ハリーを抱きしめる。

「なに、俺は生きている。だから、たった数年の我慢だ。大丈夫。いつでも俺は君のことを想っている。ハリエットの見た未来では一人でも大丈夫だったんだ、君は大丈夫だ。もうそんな子供じゃないだろう?」
 数年の辛抱じゃないか、とシリウスは笑い、ハリーの頭をがしがしと撫でまわした。子ども扱いしないでよ、と無理やり笑い返し……ぐっと奥歯をかみしめた。

「書類ならばここにある。先に彼がいる、かの場所で待っておるのじゃ。追って指示を出そう」
 杖を振るダンブルドアにシリウスはわかった、というとハリーから離れ、校長室で一番大きなデスクの上でさらさらと書いていく。片割れと、名付け親と……。一度に失ってしまった気がして、胸が痛む。ふと、こんな風に思っていたらまた利用されるのでは、と顔をしかめるハリーだが、ダンブルドアは大丈夫じゃ、と頷いてみた。

「あやつは……君に取りついた際、君の心の奥に満ちたその力に触れたことで君の心に近づくことに恐れた。慢心するわけではないことじゃが、奴は君を操ろうなどと考えることはないじゃろう」
 君の心が君を守った、とダンブルドアはハリーに向かって微笑みかけ、ハリーはほっと息を吐いた。きっと、ハリエットのことなど、ハリーの心に、記憶に触れずにいたのは無意識にハリーの内面に触れるのを避けたのだろう。魔法省ではそれを忘れたのかわからないが、ハリーを殺させようとしてハリーに近づきすぎた。

「ハリー、ハリエットは大丈夫じゃ。無傷でなどと甘い考えはできないことじゃが、彼女は……自ら回避する方法を持っておるじゃろう。彼女を信じて、待つしかないのじゃ」
 まるでどこか自分に言い聞かせている風のダンブルドアに、ハリーは気が付くがそうですね、と頷くしかない。書類を書き終えたシリウスはダンブルドアにそれを渡すと、ハリーを強く抱きしめた。

「今が今生の別れではない。それに、ハリエットが戻って着次第……皆に話をしなければならぬ。その際にまた会うこともあるじゃろう」
 ダンブルドアの言葉にシリウスとハリーは照れたように笑い、それじゃあとシリウスは暖炉に消える。
 
  そうだ、きっと大丈夫だ。だって魔法省の役人相手に彼女は勇敢に戦い……クィディッチだって恐れることなく危険な技を成功させた。

 お願いだから、無傷などと高望みはしないから……戻ってきて。彼女の杖に巻き付いたブレスレットごと握り締め、ハリーは祈るように目を閉じた。不思議と落ち着くブレスレットは彼女が一年生の頃から愛用していたな、とハリーは思い出し……そうだと顔を上げた。

「ヘンリーのことは……どう説明するんですか?」
 まだ学校は夏休みではない。そう思って尋ねるハリーにダンブルドアはマクゴナガル教授のことは聞いており、彼もまた失神呪文で倒れたというのを知っているという。

「残りの日数が少ないことと、彼の療養のため試験のさなかではあるが祖父が迎えに来たと、そう説明することとしよう。それと、フリットウィック教授とスプラウト教授にもヘンリーとハリエットが同一人物であることを伝え、守りの数を増やすこととする」

 さっそくその話をしなければ、とダンブルドアは立ち上がり、ハリーを連れて階段を降りていく。ガーゴイル像の前でではわしはこちらにと大広間に向かって歩いていく。ハリーはみんながいる医務室に行くよう促され……とぼとぼと歩き出した。
 そこにヘドウィグとシークがやってきて、ハリーの肩にそれぞれとまる。重いよ、と思わず声が出たハリーはちょっとごめん、とわき道に入り、茂みのそばに隠れるように座り込む。
 ハリエット、とこみ上げるものをそのままに肩を震わせると、まるで二羽が慰めるかのように羽を広げ、ハリーが落ち着くまで寄り添い続けた。




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