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35:闇に消えた星
「よくやったぞベラ」
突然聞こえた声にハリーは驚き、ホールの中央に現れたヴォルデモートを見る。
「予言の球の破壊は本当のようだ。またしても死喰い人らは俺様を失望させた。だがベラ、お前は実によくやった。未来を知るものであれば予言も知っているはず。この小僧を始末した後、丁重にもてなそうではないか」
怒りと失望と……そして喜びと……。ハリーの中にも自分じゃない感情が流れて消えていくのを感じる。どうすればいいのかわからず、構えることもできないハリーに向かって死の呪文を放たれ……。寸でのところで動き出した石像にハリーは守られた。
次々と噴水の石像が動いて……ベラトリックスをおさえようと魔女の像が苦戦するのが見える。ハリエットの髪を掴んだままのベラトリックスをおさえようにもハリエットを引き離すことができず、苦戦している風だ。
「ダンブルドア先生、僕の、僕のせいでハリエットが」
「わかっておる」
頷くダンブルドアはまるで親しい知り合いと会うかのようにゆっくりと歩き出した。
「久しぶりじゃな、トム。予言の球などに固執せず、今夜来なければよかったものを。もうじきに闇払い達がここに集まるじゃろう」
そう問いかけるダンブルドアだが口調とは裏腹に目は笑っていない。名を呼ばれたヴォルデモートは目を赤く光らせ、その前に貴様が死ぬのだ、と杖をふった。
ダンブルドアの本気の戦いは初めてで、ハリーは石像に守られながらがくがくと震える足を自覚する。両者の攻防の向こうに大事な片割れがいる。
それなのに近づくことができない歯がゆさにハリエット、と呼びかけた。せめて目を覚ましてくれたら。そうしたら自力で逃げてくるだろう。そう確信しつつ必死に名を呼ぶがダンブルドアとヴォルデモートの戦いにほとんどかき消されて届かない。
水球にヴォルデモートを閉じ込めるも、すぐに脱出され代わりに放たれた死の呪文をどこからともなく飛んできたフォークスが代わりに受けて雛になる。
やがてヴォルデモートの姿が見えなくなったことにほっとして駆け出そうとしたハリーはまるで蛇の中に閉じ込められたかのような感覚を味わう。頭が酷く痛み、口が勝手に動いで自分を殺せとダンブルドアに迫る。
倒れた片割れのことを想い、守れなくてごめんと涙がこぼれ……急に圧迫感から解放される。叫ぶような声はきっとヴォルデモートだろう。崩れるハリーを慌ててダンブルドアが掴み……杖をふるう。弾かれたベラトリックスが気絶するもその手にはいまだハリエットの髪が掴まれている。
「やめて!!ハリエット!お願い、目を覚まして!!ハリッ」
声を張り上げる目の前で倒れたベラトリックスと……ハリエットを掴むヴォルデモートが一瞬で姿を消した。
「あ……あぁ……」
もう足は震えるどころじゃない。力が入らず、すとんと床に腰を下ろしてしまった。その肩をダンブルドアは黙ってぐっとつかむしかできなかった。
「今私は見ましたよ!!それに女の子が!」
「ポッター家の長女が攫われた!!」
「今のは……まさかその」
集まってきたらしい魔法省の役人たちの声がハリーの耳を素通りしていく。彼女の杖は自分がもっているのに。彼女は無防備に……。
失神呪文を2発も受けて無事じゃないだろうになぜここに来た。
ほかならぬシリウスが死ぬ運命だったから。
ではなぜそんな事態を。
ほかならぬハリーが、ハリーが好奇心も相まって閉心術を怠ったから。
「ハリー、今は学校に戻るときじゃ。すぐにわしも戻ろう。今はどうすることもできん」
諭すようなダンブルドアにハリーは何も返すことができない。大事な、大事な片割れ。自分自身が殺されるよりも、自分がクルーシオを何度か受けたあの晩よりも全身が痛み、足は立ち上がることを放棄した。
半ば押し付けるようにダンブルドアから何か……砕けた石像の頭部をもたされると、ぐっと引っ張られる感覚がしてハリーは校長室に戻ってきた。
いまさらになってあちこちにある怪我が痛み始めるが、それよりも心が痛んで仕方がない。シリウスが捕らえられたと、そう信じて……。ハリエットの未来視の能力が自分にも芽生えたのだと、そう思ってうれしかった。
彼女の能力に近いものが目覚めたのだと。だが、ハーマイオニーが言っていた、ハリエットの未来視は何か違うのではないのかという言葉が頭をよぎる。
自分のは……ヴォルデモートが見せた夢で、ウィーズリー氏の時はたまたま蛇目線のヴォルデモートに引っ張られて見ていただけの現実。まんまと、まんまとそれに引っかかってしまった。
突然現れたハリエットはシリウスを突き飛ばした。あのベールが何だかわからないが、きっと危険なものだったのだろう。シリウスは床に倒れた時何か足についていたのか立ち上がれなかった。だからハリエットに気が付いても手を伸ばすことができなかった。
口に出しただけであんなに苦しんでいたんだ。直接運命を変えるというのはどれほどの痛みを伴うのか。気絶したハリエットはきっと軽かったのだろう。最近とても細くなっていたうえ、きっと失神呪文のせいで何も食べていない。少し波打っていた髪はあんな風につかまれてしまって……。
「ハリエット……ごめん」
僕が、僕が騙されていなければ。僕が、好奇心で夢を見なければ、過去の記憶を見なければ。机にすがって何とか立ち上がったハリーは助けに行かなきゃ、と扉へと向かう。
だが扉は頑として開かず、ハリーはどうしようと焦燥感に駆られた。靴底で何かジャリ、という音を聞いてみてみれば黒い石の破片の様なものが刺さっている。
ただの破片ではない気がして、なくさないようにポケットに入れ……あぁそうだこれはハリエットがたまに耳元に着けていたアクセサリーの一部だ、とうなだれた。
そこに暖炉の炎が上がり、ダンブルドアと……黒い犬、シリウスがやってきた。呆然としている風のシリウスは心あらずで、ダンブルドアに促されるままに暖炉から出てくる。
「うちの曾々孫はまた犬の姿か。お似合いだな」
冷たく言い放つフィニアスだが、シリウスは何も反応を示さない。
「ダンブルドア、まさか吸魂鬼のキスでもうけたのかな?」
ブラック家最後のものが、と言い放つフィニアスにダンブルドアはそうではないが、自身に深く失望しているのじゃ、と答えた。
「さてハリー……。まず言わねばならぬことがある。ほかならぬハリエットからの頼みじゃ」
ハリエットの名前にハリーはピクリと動くとその目を向けた。
「予見者ハリエットは対価と引き換えに、わしに伝えた。それと同時に彼女を助けることは……できぬ。ならぬと、彼女が望んでいないからじゃ」
彼女は自分がつかまることは想定していなかっただろう。だが、彼女の為に動けば……それは彼女が必死に守ろうとしている綱渡りに余計な要素を加えてしまうこととなる。だから、彼女に関することは何もできない、とダンブルドアは言い放った。
足が震えるハリーはかっと怒りが頭に上り、そんなの知らないよ!と叫んだ。今すぐダンブルドアにつかみかかってハリエットを助けに行くとそういいたい。澄ましたような顔のダンブルドアを叩いてでもいいからハリエット救出の計画を立ててほしかった。
「ならぬ。今わしらができるのは彼女が自力で脱出することを祈るしか、それしかないのじゃ」
首を振るダンブルドアにハリーの苛立ちはさらに高まり、ふざけないでよと目についた道具を掴んで投げる。
「ハリー、君の気が済むまで壊すといい。君の心は今深く傷ついておる」
「僕のことはどうでもいいんです!ハリエットを、ハリエットを助けないと……僕のせいで。みんなが危険な目に。ハリエットが……」
お願いですからハリエットを助けに、とそういって扉を開こうとしてやはり頑として動かないことに焦りと苛立ちとが全部こみ上げてくる。行かなければ。だってこれは現実に起きたことで、夢じゃない。
「すまないハリー……。俺が、俺は彼女の命を2回も使ってしまった。殴るなら俺を殴ってくれハリー」
痛々しいハリーの絶叫にアニメーガスを解いたシリウスはすまない、と繰り返してハリーを抱きしめた。違う、僕が、僕のせいで……。そう呟くハリーはどこかで聞いた気がして……わからないと首を振ってシリウスを抱きしめた。シリウスが死んでしまうと焦って……。スネイプは自分の暗号を理解してくれなくて。
「そうだ、スネイプは……。シリウスが捕まったって言ったのに」
「ハリー、スネイプ先生じゃよ。彼は君から話を聞いたとき真っ先に連絡を取っての、シリウスの安否を確認したのじゃ。そのあとミスターマルフォイらを医務室に運ばねばならなかった。そして君を探しに行った。そしていないと、そう判断した後それを連絡し……ハリエットが消えたことを知ったのじゃ」
そうだと思い出したハリーの言葉に、ダンブルドアはあの場では仕方がないことじゃと首を振る。わかっている。あんなところで反応をするような男ではない。長年……ハリエットとの交際を隠していた男だ。
「ここに来る前にスネイプ先生に会ってきたのじゃが……。なぜベッドに縛り付けて行かなかったのかと深い後悔をしておる」
仮にもハリエットと付き合っていた彼だ。闇の帝王に攫われたなどと、いくらハリエット曰く、関係は終わったのだとしても。その姿がなぜか想像できないハリーは静かに首を振って嘘だ、とつぶやいた。
なぜ自分はスネイプを信じられなかったのか。なぜ……シリウス相手だからと浅はかに考えてしまったのか。
「彼に関しては彼女から頼みごとをされておるが、今はその時ではない。今は……そうじゃな。君に言わねばならんことを話すことが先決じゃな……」
ハリエットの命を2回分削ってしまったという事に打ちひしがれるシリウスはその言葉に顔を上げ、黙ってダンブルドアを見つめた。
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