--------------------------------------------


34:運命の結果と誤算

 面会謝絶のヘンリーはマクゴナガルが聖マンゴ魔法疾患障害病院に運ばれた昼過ぎ、ようやく目を覚ました。

「あぁ大丈夫です?どこか痛むところは?」
「ポンフリー……。まだくらくらするけど……」
 大丈夫、と力なく言うハリエットにまだ寝ていなさい、とポンフリーは微笑み、ベベが服を持ってきたから着替えるといいわという。試験の時に置いていったカバンも置いてあると言われ、ハリエットは杖を手にしてほっと息をついた。手伝ってもらいながらハリエットの時に着る私服に着替えると遠くで聞こえた鐘の音にはっと顔を上げる。

「OWLの最後の試験はいったん保留だそうよ。まったく酷い!ミネルバは今朝聖マンゴ魔法疾患障害病院にうつされました。移動する際に少し意識が回復したそうだけれども、このまま入院となります」
 いいですね、と長いこと親子一緒にいるのを見ていたポンフリーは大丈夫ですよ、と安心させるように微笑みかける。
 曖昧に頷くハリエットは壁にかかった時計から昼であることを確認し……再びベッドに横になった。寝過ごしていたら最悪だ、ととりあえず時間に間に合ったことにほっとして……目を見開いた。
 透明マント。そうだ、アンブリッジの部屋に置き去りになったはず。

 横になり眠ったふりをしているとポンフリーも安心したのか、少し離れて……想像以上に体は休眠を欲していたのかうとうととハリエットはまどろむ。
 
 ノックの音ともにスネイプが手加減を知らぬ者たちめ、と言ってドラコ達を連れてきた。

「あらあら。今度は何かしら」
 急いでハリエットのカーテンを閉めると、気絶しているらしいドラコ達の処置に入る。カーテンをわずかに開けて入ってきたのはスネイプで、目を閉じたハリエットが着替えていることに気が付き、ほっと息を吐いた。今は眠っているようだから、と頬を撫で額に口付けを落とすとハリー達を探しに出ていった。

 スネイプが出ていく音にようやく覚醒したハリエットは今しかないとポンフリーの隙を伺う。ハリエットは音を立てずに体を起こすと、ふらつく足を叱咤してカバンに入れたままだったローブを取り出した。
 そのまま目くらましを自分に施し、杖を振って自分のダミーをベッドに残す。ポンフリーが薬を取りに行った隙に扉まで進むと小さく開いて廊下に飛び出した。
 今の姿を見られるわけには行かないが、試験が終わってホッとしている生徒はフードを被っている人を見てもあまり気にしないだろう。そう考えてアンブリッジの部屋にできる限り急いで向かった。そこにはやはりマントが落ちていて、それを掴むとそうだ、とフルーパウダーを掴んで暖炉に投げ入れた。空はもう闇が迫っている。

「魔法省」
 ひゅっ、と吸い込まれるハリエットは魔法省に出ると、透明マントを羽織って神秘部へと向かった。もうたくさんの死喰い人がいるだろう。その中にうかうか入ってはできることもない、とじっと待っていればやがて緊張した様子のハリー達が姿を現した。
 このチャンスだ。そう感じて神秘部に入る一行の最後にすべりこむ。あぁ、そうだだんだん思い出したぞ、とハリエットは……一度扉に入ってから戻ってきたハリー達に続いて扉をくぐった。

 数段下がった底にある古びたアーチのベール。忘れもしない、あの場所だ。死のベールに魅入った様子のハリーの姿に呆れて見ていると、ハリー達はふらふらとしつつも戻っていく。一人残されたハリエットはマントを着たまま石段を下りていき、アーチに触れた。死のささやきは甘美で、闇の魔術に触れてしまった者たちを誘い込む。
 だが、ハリエットは使った側だ。今回のささやきは魅入るほどではない。さてどこがいいか。そう考えて一番下の石段に腰を下ろす。これならば真横からアプローチできる。

 じっと揺らめくベールを見つめていると不思議と心が落ち着いていく。試験のお守りとしてカバンに入れていた耳にかけるイヤリングを、医務室を出る前にポケットに入れていたことを思い出し、それを耳に着けた。うまくいきますように、と願いを込めて身につければなんだか心強くなって微笑む。


 そのころ、ホグワーツではハリエットがいないことにポンフリーが気付き、連絡をしようとしたところで、ちょうどハリーがいないことについての連絡を取り終えたスネイプが医務室へと入ってきて……。思わず確かめるように、彼女が寝ていた寝台を見て……制服と共に置かれた懐中時計を見る。
 ドラコが与えていた時計。嫉妬しないわけがなかったがどの口が言えたものか、と目をそらした時計。まさかとアンブリッジの部屋に行けばマルフォイらを連れていくときに落ちていた透明マントがない。おまけにフルーパウダー入れの周りには粉が落ちている。
 急ぎ粉をとると顔だけを入れてブラック家に頭を飛ばす。

「ハリエットが消えた!!ポッターらを追いかけて行ったに違いない!!」
 そう怒鳴ればちょうど行く準備が整ったらしい騎士団が一斉に振り向く。

「本当かい!?それじゃ……シリウス!先に行ってはダメだ!!」
 どたばたと音が聞こえ、ブラック夫人の叫び声が聞こえる中、ルーピンが玄関に向かってそう怒鳴る。どうやら姿くらましで行ってしまったらしく、ムーディたちがそれを追いかける。

「セブルス、君はホグワーツで……」
「言われなくとも」
 すぐに首を引っ込めるスネイプは言われなくとも、と繰り返した。ただここで待っているしかできない自分に歯がゆく、勝手な彼女に苛立ちを覚える。ふと、彼女が必死になって別れようとしていたのはまさか自分のためなのではないか、とピースがはまった音を聞いた。
 だが今更どうしようもない。ただ、彼女の無事を祈るしかない。たとえ、5輪目の花が咲いていようとも。
 ブラックが危険だと、そう言っていた際、なぜ彼女を医務室に縛り付けていなかったのだ、と誰もいないベッドを前にスネイプは立ち尽くしていた。


 じっと死の間で待っていたハリエットだが、やがて喧噪が近づいてきて、扉が開くとハリー達が転がり落ちてきた。みんな酷いありさまだ。ルシウスはハリーにとびかかり、ネビルは杖で目を突き……。本当に魔法使いの戦いって西部劇より酷い、とハリエットは杖を手にして自分を守るための準備をする。やがてそこにトンクス達が来て、シリウスが、シリウスがあのアーチのそばに来た。

「ペトリフィカス トタルス!」
 シリウスに迫っていた死喰い人をハリーが金縛りを掛ける。興奮した様子のシリウスは口角を上げ……。

「いいぞ、ジェームズ!」
 そういったところでハリーの顔色が真っ青になる。どうしたのだろうか、と考えるハリエットだが、今は集中しなければ、と頭を振った。シリウスに行けと言われてハリーはネビルを引っ張り上げながらもその視線はシリウスに向けられている。

 やがて予言の球が落ちて……ハリエットは立ち上がった。ダンブルドアが駆けつけて捕縛していく中、シリウスとベラトリックスの戦いは続いている。そう、今だ!ハリエットは笑うシリウスに足掬い呪いをかけ、バランスを崩したところにドンと全力で体を当てて弾き飛ばす。

 魔法で吹き飛ばして……万が一後ろに倒れたら全て終わってしまう。背の高いシリウスを押し倒すのは体重の軽いハリエットにはできない。だから、ある程度範囲の広い足掬い呪いをかけ、バランスを崩させることが大事だった。
 本当は完全にアーチのないところに魔法で吹き飛ばした方が安全だったが、失神呪文のせいで杖先が定まらないハリエットはそうするしかなかった。

 突然の衝撃にぐらりと倒れるシリウスは体の防衛反応でとっさに胸元に当たってきた何かを弾いた。もともと体重の軽いハリエットはとびかかった反動もあっていとも簡単に弾かれ、ベラトリックスがいる石段の一番下に転がっていった。
 マントも脱げたハリエットは無防備に横たわり動かない。邪魔をしたのが誰か見ようとしたのか、ベラトリックスは倒れている少女に向かって杖を振ると自分の足元に引き寄せた。

「まさか……あぁあ!なんと嬉しいのかしら。のこのこと予見者が来るなんて。あのお方に差し出さねば」
 歓喜の声を上げるベラトリックスはひょいとハリエットを掴むと扉に向かって駆け出す。その光景にハリーは唖然として、身動きが取れずに見ていた。

「バリー、いぐんだ!!」
 鼻血を出しているネビルが僕はいいから、と声を上げ、ハリーは震えながら頷くとネビルを置いてその後を追う。シリウスの隣を通る時、じゃりっと何か砂利のようなものを踏みしめたが構っていられない。
 途中ハリエットの手から落ちたのか、いつものブレスレットが絡みついた杖が落ちていて、ハリーは素早くそれを掴むとルーピンらの制止を振り切って神秘部を飛び出した。
 さすがに担ぎ疲れたのか、上がっていくエレベーターの床に小さな背中が見え、ハリーは皆が自分のせいで死にそうになった時以上の恐怖を覚えてボタンを押す。別のエレベーターの籠に乗り込むと自分の横のエレベーターがまだ動いているのをじっと鎖の動きて見つめた。

 つるつるした床を走るベラトリックスは降りてから引きずっていたらしいハリエットの髪を放し、笑いながらハリーに杖を向ける。シリウスが死ぬ未来を変えた代償なのか、ハリエットは先ほどからピクリとも動かない。

「ハリエットから離れろ!!」
 どうしてヴォルデモートの罠にはまったのか。自分の腹立たしいハリーは動かないハリエットの姿に昨日の夜を思い出して胸が苦しい。目が覚めてから急いできたのだろうか。
 ハリーの失態を彼女が……。どうして閉心術を学ばなかったんだ、と憤るハリーはベラトリックスに磔の呪いをかけるが効果はあまりない。

「これでお前の予言も手に入ればすべては順調」
 にやりと笑うベラトリックスだが、それに対しハリーはニヤリと笑う。もう予言の球はない。そう言い放てばベラトリックスは酷く取り乱し……ますますこの女を連れて行かなければとハリエットの髪を鷲掴んで杖を喉元に充てる。

「ちっちゃなちっちゃなベビーちゃん。磔の呪いはね、こうやるのよ。クルーシオ!」
 赤ん坊をあやすような、そんな声色で笑うベラトリックスは表情を一変させると気絶しているらしいハリエットに磔の呪いを唱えた。か細い悲鳴が上がり、ぐったりと動かなくなるハリエットにハリーは、怒りなのかそれとも自分に対する憎悪なのか、様々な感情が一緒くたになってわなわなと震える。




≪Back Next≫
戻る