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33:ヘンリーの怒り
ここ最近ドラコもおとなしくなり……ヘンリーはノートの山に埋もれていた。筆記はどうしても苦手だ。うーん、と唸りながら準備は進み……6月となった。
天文学は薬の改良後、スネイプがシニストラ教授に話を通したため、5年遅れてだがヘンリーも授業に出られるようになった。だからヘンリーはその予定もノートに書き写し、何か大事なことを……と胸元を握り締めた。
今もペンダントは胸元で輝いていて……ただ他の装飾品はターコイズのブレスレット兼髪紐以外身に着けていなかった。
「ヘンリー。こんな時で悪い。やっと注文の品が届いたみたいで今朝来たんだ」
明日からのOWL緊張する、とすっかり青白い顔が定着したヘンリーは更にげんなりしていた朝の大広間。いつも通り隣に座ったドラコはローブからこれ、と小箱を取り出し差し出してきた。目をしばたたかせていると、ドラコは不便だろうと思ってと箱を開け、時計を差し出す。
「腕時計壊れてしまった後も時計を見る癖があったみたいだから。本当は腕時計をと思ったんだけど、それだと……。いや、何でもない。懐中時計だが、これは見肌離さず持っていれば止まることはない。持ち主の力を毎日ちょっとずつもらって動く、そういう仕組みだ」
腕時計じゃないけど、というドラコにヘンリーは驚いてまじまじとドラコを見つめた。その様子に他意はないからな、とドラコは笑ってクリスマスもバレンタンも……誕生日も祝うことができなかったから、まとめた気持ちだと思ってくれとヘンリーの胸ポケットに入れる。
「こんな高そうなの……。ありがとう」
「別にそんなに高くはないさ。気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
ポケットから取り出し、ふたを開けて時刻を確認するヘンリーはその内側が写真入れになっていることに気が付いた。細かな装飾は蛇を模していて、絶対高かったと確信するヘンリーだが、きっと断っても無駄だろうということはこれまでのことで学習していて……。
ヘンリーは素直にそれを受け取ることにして……写真どうしようかなと考える。
「あぁ、それにしても、呪文集を見すぎて頭の中で呪文が反響している」
早く終わってほしい、と珍しくぼやくドラコにヘンリーも頷き、時計を胸ポケットに収めた。
怒涛の試験にぐったりするヘンリーはちらりとハリーの様子をうかがう。ハーマイオニーの言葉に辟易している様子に思わず笑みがこぼれ……ヘンリーは次の試験の準備をする。闇の魔術に対する防衛術は文句なしの出来で……実技は問題なくこなしていく。筆記は自信がないな、と天文学の試験に向かっていく。
そこで……ヘンリーははっと思い出した。ハグリッドが追い出される日だ。それともう一つ……。心臓の音がうるさい、とヘンリーの手が震える。ここ天文台から……地上までどれくらいだろうか。
音が一層激しくなった時、城から光が現れ……我慢できなくなったヘンリーは立ち上がるとたっと駆け出し、塔から身を投げた。
「ミスターマクゴナガル!何をしているのです!!」
叫ぶような声が聞こえる中、ヘンリーは冷静に……この暗さなら大丈夫だろうと飛行の魔術を使った。初めて長距離を使うヘンリーの前で出てきたマクゴナガルに向かって魔法省の役人が杖を向けて……。
「プロテゴ!!」
同時に魔法を使うのはまだできず、地面をすべるようにしていたヘンリーは地面を転がりながら杖を突きだした。マクゴナガルに向かって飛ぶ赤い4本の閃光のうち、1本を止めることに成功したが、残り3本がマクゴナガルに直撃し、その場に倒れる。
「か……大叔母様!!!」
駆け出して縋り付くヘンリーだが、ぐったりした様子のマクゴナガルは意識がない。
「あなた、OWLの試験はどうしたのかしら」
突然現れた生徒に驚きを隠せない様子にアンブリッジだが、ヘンリーの耳には届かない。
真っ赤に染まったスネイプ。
動かないリーマスとトンクス。
自分の名前を呼びながら死んだドビー。
は、は、と息が浅くなるヘンリーは目の前が赤く染まっていくのを自覚する。
母さんを傷つけたやつを許せない。どくどくと血が沸き立ち、闇払いの時の感覚が指先まで行きわたる。杖を無言で振るうと同時に炎が鞭状となってドーリッシュという男に襲いかかる。完全に頭に血が上っているヘンリーは目の前の敵に対し、徹底的に痛めつけてやりたい、と足元に向かってコンフリンゴを唱えた。突然地面が爆発し、吹き飛ぶと応戦するため役人が杖を構える。
「やめなさい、今OWLを受けている5学年です。もし怪我でもしたら私の評価につながるわ!」
どうにかして止めなさい、というアンブリッジに役人は戸惑い……そのすきに気絶したファングを連れて行こうとするハグリッドに杖を向けた。
その手に向かって武装解除を当て、アンブリッジを巻き込む形で再び鞭状の炎を、インセンディオの応用を当て、我慢できずに唱えたらしい役人の失神呪文を身を翻して避ける。
プロテゴで呪文をはじき、アグアメンティを勢いよく吹き出させて吹き飛ばすとびしょ濡れになったアンブリッジが怒りに震え……失神呪文を唱えた。それすらも避けるヘンリーだが、マクゴナガルが呻くような声に反応して振り向き……失神呪文を時間差で2発その身に受けて倒れた。
気絶したヘンリーがその場に倒れると城内から非難する声が轟々と沸き立った。
天文台から様子を見ていたハリーは飛び降りたヘンリーに驚きつつ、応戦するヘンリーを見ているしかできなかった。やがて赤い閃光がヘンリーを襲うと試験官までもが憤慨し、拳を振り上げて何かを書いた。
「ヘンリー大丈夫かしら」
思わず声を上げるハーマイオニーにハリーは頷くしかできない。その後は試験どころではなくなってしまい、助けに来た教員らがマクゴナガルと共に連れていく。両手でしっかりと抱えている姿は誰かわからないが、ハリーにはスネイプに見えた。
騒ぎを聞きつけ、駆け出したスネイプは赤い光線と共に倒れたヘンリーを見て、心臓がぐっと握り締められるのを感じ、マクゴナガルの様態を確認するよりも先にヘンリーに駆け寄った。
2発分の失神呪文は最近特に痩せていたヘンリーには負担だったようで息が細い。あとから来た教員が急ぎマクゴナガルを担架に乗せて運び入れる。その後ろを気絶したヘンリーを抱えたスネイプが追いかけた。
「なんてひどい!!すぐに処置を。それと、ミスターマクゴナガルですが絶対安静です。まったく、よりによってOWLの試験のさなかにこのようなことを起こして……」
明日の試験なんて論外、と憤慨しているマダム・ポンフリーはマクゴナガルの様子を確認し、ヘンリーの様子も確認する。
「ヘンリーは……後で魔法薬を解除するための薬を飲ませよう」
「えぇお願いしますわ」
青白い顔のヘンリーをじっと見つめるスネイプは口の中がカラカラに渇くような気がして、そっと細い手を握りながらポンフリーに伝える。きびきびと動くポンフリーはもちろん、というとすぐ処置ができるマクゴナガルのもとに戻っていく。
「ハリエット」
ずいぶん痩せた。抱き上げた時の軽さに心底驚き、余計に不安になったスネイプは彼女の暖かさだけが頼りだった。急いで私室に戻り、解除薬を手に戻ってきたスネイプだが、ヘンリーは変わらず眠っている。
アンブリッジらが来るかもしれない、と様子を見ていると、OWLの試験官らがやってきて、ヘンリーの様子を確認する。
「もともと彼はあまり体が強くない上に、失神呪文が2発もあたっていますので明日は絶対安静です」
常飲している薬もありますので、というポンフリーに試験官は全くと憤慨しており、手紙を書いていく。そこにアンブリッジも現れると気絶しているマクゴナガル家の二人に目を向け……青白い顔のヘンリーを見る。
「明日の試験にはもちろん出ますよね」
甲高い声で場も考えずに尋ねるアンブリッジにポンフリーは顔をしかめ、できるはずがないでしょうと答える。
「たとえどんな癒者を連れてきても、一日は絶対安静というでしょう。このことはきっちりしかるべき場所に連絡いたします。彼のご家族にも連絡をしなければなりません」
きっぱりと言い放つポンフリーにアンブリッジは慌てるが、試験官の前でそれ以上言葉を続けることができず、すごすごと去っていった。
「こんなことは前代未聞!彼の回復を待って、こちらで検討いたしましょう。このまま彼の評価が正当に行われないなど、言語道断。ましてや魔法省の役人と校長による事故なんて。このことはこちらからも魔法大臣にきっちり報告させていただきます」
厳格そうな顔の試験官はそういい、憤怒冷めやらぬと言った様子で……それでいて静かに医務室を出ていった。もう今夜は大丈夫でしょう、というポンフリーに言われ、スネイプはヘンリーに解除薬を飲ませた。
みるみるうちに見知った少女に戻ったスネイプはぐっとこらえるように拳を握り、ではスリザリン寮の監督生らにも伝えてきましょう、と去っていく。本当は抱きしめたい。ずっとそばで見ていたい。だが、あんな別れ方をしていまさらどうすればいいのか、スネイプにはわからなかった。
「OWLの試験が終わったら……もう一度彼女と話そう。そう、それがいい」
口に出して呟けばどうしてそうしなかったのだろうかと、疑問が頭をよぎる。あの時追いかけていれば。あの時、怒りに任せ傷つけなければ。
はたとスネイプは立ち止まり、ハリエットの4つ目の花を思い浮かべた。あれは一体何に使ったのか。必要だったからというのはどういうことか。
まさか、とスネイプは顔を上げ、星空を見上げる。彼女が助けた生徒はこの学校から去った。なぜだ。なぜ彼は戻らなかった。彼は彼女の未来には存在しない……という事か。
このことと、4回目が結びつく気がして、スネイプはまだ彼女の重みが残っている気がする手のひらを見つめる。真実薬の影響で彼女は何と言っていた……。
明日……いや、目を覚ましたらすぐに話そう。彼女に聞かなければならない。そして……。スネイプはローブを翻し、時間よ早く経て、と今は動かない時計を思い浮かべた。彼女に、そう、彼女に今度こそ。
壊れた橋につながった一本の糸をスネイプは握り締める。ちりちりと音を立てる糸はそんなスネイプを嘲笑う、糸の声にも聞こえた。
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