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30:醜いアヒルの子は醜いまま
どれほど経っただろうか。空を見上げたヘンリーは膝が震えて立っていられず、誰もいない石のベンチに腰を下ろした。今だけは泣くのを許して、とうずくまり声を殺して泣き続ける。
こうでもしなければ自分は離れられなかった。優しい彼を傷つけることはわかっていたが、きっと自分から別れ話をしても彼は手を放してくれなかっただろう。落ち着けと、そういって抱きしめてくれただろう。
だから、彼から最後の一撃をもらうしかなかった。必死に叩いて壊した絆という名の架け橋を壊してもらうための一撃を。
しゃくりあげながら泣いていると足音が聞こえて、ヘンリーは顔を上げた。
「どうしたんだヘンリー、その頬!」
探しに来たのか、それともアンブリッジの命令で空を飛ぶ花火の見に来たのか。駆け寄ってきたドラコは立てるか?と声をかける。かぶりを振るヘンリーに小さく息をついて、その隣に腰を下ろすとかつてドラコにやったように、今度はドラコがヘンリーを抱きしめる。酷く震えてつらそうにしゃくりあげるヘンリーをあやすように背中をさすった。
どれほど時間がたったのか。落ち着いたヘンリーをドラコは何も言わず肩を貸して歩き出し、振り返って杖をふる。ローブを被せてヘンリーの顔が見えないようにすると寮へと戻っていった。
談話室にはもうだれもいない時間なのだと、そこで分かったヘンリーをそのまま引っ張ってソファーに座るよう促すと待っていろ、とドラコは自室に消えていく。いまさらになってじくじくと痛みを発する頬にまた涙がこぼれ、頬に手を当て……ふいに腕時計を見る。
どこかにぶつけたのか、少しひびが入った腕時計はピクリとも動かない。
「腕時計、壊れているみたいだな。ヘンリー少ししみるぞ」
戻ってきたドラコがヘンリーの顔を上に向けると手に取った軟膏を頬に塗っていく。
「クィディッチ用に持っていたものだ。目元はこれで冷やして眠るといい」
ひどい顔だ、というドラコにヘンリーは笑ってそこまで言うかい?と尋ねる。
「あぁいうさ。この先、闇の勢力はきっと増すだろう。彼は……君を遠ざけたいんじゃないか。ただ、少し不器用すぎるようだけど」
落ち着いたらまた傍に戻ってくるだろう、というドラコにヘンリーは小さく首を振る。
「僕が、彼にひどいことを言ったんだ。だから、彼のせいじゃない」
再び零れ落ちる涙にドラコは黙って指先で涙をぬぐう。ヘンリーは優しすぎる、と言い放つと、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱し、反論するヘンリーをよそに今日こそは寝ないとさすがに減点せざるを得ない、とドラコは笑いかけ、部屋に戻っていった。
そうだ、めそめそ泣いている場合じゃない、とヘンリーは立ち上がり、自室へと戻っていった。時計は自ら彼との関係を壊した自分への罰であり、彼からの贈り物を持つ資格を失ったあかしだ。一緒に時を刻みたい、とそう思って贈った時計の返事とも言える腕時計。
壊れた腕時計を外すとそれをトランクにしまう。そうだ、とハリエットは大切な写真たてを手にとり、同じようにしまい込んだ。手帳に挟んだ一枚だけあればいい、とハリエットはトランクを締め、息をつく。
部屋に戻ったハリーは見てしまった記憶に心臓が嫌な音を立てているのを自覚していた。父はすごい、素晴らしいと、そう思っていただけにその理想像が崩れたことのダメージが大きい。
「ハリエット、そうだ、ハリエットは知っているのかな」
何でも知っていると以前言っていたハリエット。未来を話してしまったと、顔を白くして気絶したハリエットの顔が忘れられない。そのあと、ハリエットはふさぎ込むように部屋に閉じこもってしまって……。
心配したウィーズリー夫人が再三様子を見に行ったが、彼女は全く出てこなかった。トンクス達がここにいない方がいいんじゃないのか、とそういっているのを聞いたが、ダンブルドアは良しとしなかったという。ハリエットを何度も移動させられないという事だったが、彼女は酷く落ち込んでいて…。ダーズリー家に戻った時の自分をその姿に重ねたほどだ。
休暇が終わる前に見た姿は酷く弱っていて……。スネイプの閉心術のレッスンに思わず言葉を失った。ヘンリーの姿を隠さなきゃと言っていたのに、なぜか薬を飲んで……。そして一緒に去っていった。相変わらず彼女は一人で過ごしているみたいで……なんだか悲しくなった。ハリエットは一人で何かをしている。ダンブルドアの時も、彼女は一人で何かを抱えていた。
ダンブルドアの時なぜ彼が裏切るようなことをしたのか……。後になってハーマイオニーから実はと話を聞いて、それで彼女が何をしたのかを理解した。マリエッタがもしそのまま密告していたならば、彼女の顔などに何かしらの文字が刻まれるはずだったのだと。ロンも憤っていたが、その話を聞いてむちゃくちゃだな、と呆れたようにつぶやいていた。
本当に自分にヴォルデモートがとりついているのだとしたら、彼女のことが知られてはまずいのはわかっている。幸い、ダンブルドアを見た時の様な怒りは湧かないため、きっと大丈夫だろう。
それにしても、と見てしまった過去の記憶。父のしたこと、母との関係。ぐちゃぐちゃなままに地図を開けばハリエットは城外にいた。え、と思っているとそこにマルフォイがやってきて、しばらく二人はその場にいた。そして二人で連れ立って寮に戻り……それ以上は見えなくなってしまった。
スネイプとハリエットが付きあっているなんて本当に勘弁してほしい冗談だ、といつもなら思うのに、じっと動かないスネイプと、外にいたハリエットに何か嫌な予感がした。ざわざわと落ち着かないのはどうしてなのか。
翌朝、アンブリッジのこともあってあからさまにヘンリーを見るわけには行かないが、うかがっているとなんだかその背中が妙に小さく見えて、心がざわざわとする。ちらりとスネイプを見ればいつも以上に表情を落とした風で……。
食欲がないのか、先ほどからヘンリーの手は止まっている。マルフォイもいつもならかまっているというのに何度かヘンリーの頭を撫でるだけで何も言わない。
もしかしたら……自分の好奇心のせいでハリエットを深く傷つけたのではないのか。もしかして二人の間に修復できない溝ができたのではないか。落ち着かないハリーは透明マントを思い浮かべ、次のチャンスにと決意する。
そしてその時間はあっけなく早く来て、ハリーはマントを被ると一人で過ごしているハリエットのもとへと向かった。ハーマイオニーが以前使ったように痕跡を消しながら進めば誰も気が付いた様子はない。
「ヘンリー、聞こえる?」
石のベンチに座っているヘンリーはやはり元気がなく、ハリーはそっと隠れながら声をかけた。
「時間がかかってごめんね。夢は覚め、現実を見る決心がやっとついたんだ」
つぶやくように答えるヘンリーはぽろぽろと涙をこぼし、もう君の心を乱していたことは終わったんだ、という。僕の心を乱す?と考えるハリーは青ざめ、どういうことなんだい?と思わず声を上げた。
「もっと早くにやらなきゃいけなかったのに。ハリー、僕にかまってはいけないよ」
僕はやることがあるから、とヘンリーはそう言い残してまだ衝撃から戻ってきていないハリーを置いて湖畔に向かう。どう、どうしたら、と最近チョウと別れたばかりのハリーはヘンリーの後姿を見送った。
あんなに幸せそうに笑っていたハリエットなのに、その幸せを自分が壊してしまった気がして、ハリーはとぼとぼと寮へと戻った。
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