--------------------------------------------


28:彼女の望み

ハリー達のことがあったからか、夕食後の廊下は静かで、スネイプは誰に会うこともなく私室へと入る。そのままソファーにおろせば目を開けているヘンリーの頭を撫でた。

「全く無茶を」
 薬の効果を消す片方のトーチを噛むヘンリーにスネイプはため息をつき、徐々に皮膚が直っていくのを見守る。

「一度くらい飲まされそうな気がしたので、ちょっと細工と……ストレス発散しちゃいました」
 うまくいってよかった、というヘンリーの頬を包むスネイプはそっと唇を重ねる。そのまま皮膚に異常がないか確認するように指先で肌をなぞって行く。

「マフラーのお礼を言っていなかったな」
 首元を食み、見せかけの喉仏を舐めあげるスネイプにヘンリーは顔を赤くして本当は誕生日に渡したかったという。互いに忙しかったからな、というスネイプは久々に気兼ねなく触れられることに満足し、ソファーへと押し倒す。

「あれは……君の手編みかね?わずかに君の魔力を感じた」
 ありがとう、というスネイプにヘンリーは顔を赤らめ、うつるものなんですかと問いかける。

「以前もらったハンカチ。あれにも込められていた。何も驚くことではない。相手を想いながら作る際、原初の力が保護魔法に近いものを作り出すことがある」
 今も大切に使わせてもらっている、とスネイプは笑いかけ……しゅるりとヘンリーの制服をほどいていく。首元に赤い印が散らされ、小さく声を上げるハリエットはそれじゃあドラコのハンカチにも込められているのかな、となんだか恥ずかしくなる。
 ふふ、と微笑むハリエットだがスネイプの眼が一点を見つめていることに気が付き、さっと手で覆い隠した。

「いつ……4輪目の花を咲かせたのだね?」
 ブラック家でうっかりしてしまった3輪目とは違う4輪目の花。並んだ姿はどう見てもスズランで、白い肌に黒々と刻み付けられている。

「これは必要だったんです。3回目は本当にバカなことをしただけで……」
 計画的だった、というヘンリーにスネイプは興が覚めたとばかりに体を起こし離れていく。傷ついた顔で体を起こしたヘンリーははだけられた制服を締め、ネクタイを巻いた。


「こんな体、嫌ですよね」
 小さくぽつりとこぼれた言葉にヘンリーは自分で驚きつつ、仕方ないよねと諦める。聞こえていたスネイプはそうじゃない、とヘンリーを見つめた。今にも決壊しそうなほどうるんだ瞳が弱弱しくて……スネイプがそっと手で頬を包むとあっけなくそれは落涙し、スネイプの手を濡らす。
 違う、そうじゃなく……もっと自分を大切にしてほしいのだ、これ以上その肌に花を刻んでほしくないのだ。思いが強すぎて言葉にならないスネイプはそっとヘンリーを抱きしめた。

 そうだ、話をそらそう。
 そう、それがいい。

「ヘンリーは……進路をもう決めたかね?」
 突然の話にヘンリーは目をしばたたかせ、ぽろぽろと零れる涙をよそに進路?と首を傾げた。そう進路だ、と頷けばまだ涙が時折零れながらヘンリーは瞳を震わせる。

「魔法薬を作る……仕事に就きたいかなと思います」
 闇の魔術に対する防衛術を取らなくてもいいだろう進路。そう考えてヘンリーはスネイプをじっと見つめる。特段得意なわけではないが、ほかに思い浮かばなかった。

「魔法薬に関するものか。それであれば薬草学と魔法薬学は必須だな。呪文学の成績もある程度欲しいところだ」
「聖マンゴ魔法疾患障害病院みたいなところじゃなくていいんです。ちょっと作ってどこか納品するくらいで。私は……表に出にくいので」
 ヘンリーを抱き寄せ、そっと髪を撫でるスネイプに、ヘンリーは寄りかかりながら答える。静かなところで……。

「週末に先生が帰ってきて……一緒にご飯食べて、一緒に寝て。一緒に……先生と一緒に……魔法薬の話をして」
 ぽつりぽつりと答えるヘンリーにスネイプは手を止めて心に沸き立つ感情を必死に制御しよと試みた。閉心術士が聞いて呆れるほどにうまくいかず、ただヘンリーを強く抱きしめる。
 ぽろぽろと涙が再開するヘンリーはあれ?今なんて言ったんだろう、とどこかぼんやりしている。

「こんな男でよければ先ほどの続きをしても?」
 ほんの少しでも口に入った真実薬が効いてきた、とスネイプは返事を聞く前に再び押し倒し、今度こそその白い肌を赤く染めた。あっという間のことでヘンリーは戸惑い……スネイプからの愛撫に必死に答える。
「好き、先生、好きっぁあ!」
 何度も繰り返すハリエットに私もだ、と唇を重ねる。真実薬をもってしても彼女は愛を囁かないことにスネイプは奥歯をかみしめ、久しぶりのヘンリーを骨の髄まで食らいついていった。


 彼女は愛を囁かないのに、ずっと一緒に居たいとスネイプに告げた。やはり彼女は自分を愛している。だから、一緒に居たいと言ったのだ。愛している。そう、愛がなければ一緒に居たいなどと言わないだろう。

「誰よりも大切なのだ、ハリエット」
 意識を飛ばしたヘンリーを抱えるスネイプは……そっと彼女のこめかみに口づけて唇の動きだけの愛を囁く。意識があってもきっと伝わることはないだろう。だが、それでもいいのだとスネイプはヘンリーを抱きしめた。
 カチ、カチ、と静かな時計の音が心地よく、スネイプはヘンリーを寝室に運ぶとその腕の中に閉じ込めて目を閉じた。明日にはアンブリッジが校長になった話が伝わるだろう。
 きっとヘンリーのことは公表しないはずだ。彼女が入れる紅茶に魔法薬が入っているなど疑われたくもないだろうから。

 彼女はどうして自分を愛したのか……。わからないスネイプはハリエットの甘やかな……どこか新緑の森をイメージする香りを胸に満たし、ここ数か月ぶりに何も考えないほどの深い眠りへと落ちていった。




≪Back Next≫
戻る