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23:一人になりたい

 丸一日眠ったハリエットは目を覚ますと鏡を取り出し、左の花を確認する。3つ並んだ花はどこか自分を笑っているようだった。錯乱していたとはいえ、2つあった余裕は1つなくなってしまった。
 いや、これで余裕はなくなった。なぜならばもう余裕はどこにもない。シリウスと、先生と、ドビーとムーディとヘドウィグ。それと一つ。
 本当に危惧していた通り、一度くらいやらかすだろうと思っていたハリエットは小さく笑った。シリウスがハリーを、自分をジェームズに重ねているのはハーマイオニーに言われなくとも薄々感じた。ジェームズを懐かしむ目と時折自分に向ける目は同じで、スネイプを攻撃し嘲笑う声がつらかった。

 シリウスを嫌いたくないうえに今でも嫌ってはいない。なのに、スネイプのことを愛したがゆえに許せないと思った過去が何倍にものしかかる。自分が謝ってもスネイプはいい気がしないだろう。かつてハリーだった時に和解することもできなかった。
 シリウスが死んだあの日、どうして信じてくれなかったのかと、彼を信じられなかった自分への自己嫌悪が……彼を憎しみ嫌う負の感情に変えることで何とか自我を保とうとした。
 かつてハリーだった自分が嫌いだ、とハリエットはうずくまる。だからこそ、だからこそ、みんなを助けると決めた。ふと、ハリエットは指を見つめて何か数えるように折り始める。

「あ、1回余っていた」
 指を9本折ったところでハリエットはつぶやくとウィーズリー兄弟のことを想う。アーサーを無傷で助けることができなかった。パーシーも本当はとてもつらかったはずだ。だから、余った1回は彼の為に使おう、とハリエットはほっとしたように微笑む。

 カバンの中から予見者たちの記録を取り出す。3人目は4回まで許されていた。だから、彼女は大きな事故が起きることを1回分として数人に一度に伝えた。彼女の目論見通り運命を変えるために2回目が適応され……。
 そしてそれは彼女も想定していなかった結果として最悪の犯罪者を、大きな運命という名の大河を生み出し未来を大きく変えてしまった。その結果、彼女はまだ2回分あったはずなのに消えてしまった。

 4人目は許された回数は3回だった。だが、彼は3回使っても消えなかった。だから……見誤った。彼は安心して気を抜いて……過去の自分に未来の話をしてしまった。その結果、彼は消えてしまった。
 
 そこまで読んでハリエットは一つ確信したことがあった。“未来を変えるのは9回まで”。それが自身に課せられた“許される”回数だ。大河に触れるようなへまをせず、ペナルティーさえ乗り切ればレッドカードは出ない。
 もううっかりしない、と心に誓うハリエットは手帳のカレンダーを見て……裏から写真を取り出した。ピシッと着た服にわずかに見える首元。そこを指でなぞると写真のスネイプは不快そうな顔をしてハリエットを見つめる。

「大丈夫だから」
 絶対傷つけやしない。


 ノックの音に顔を上げるとハリエット?と問いかける声が聞こえてハリエットは起きてる、と返事を返した。入ってきたのはルーピンで、ごめんね、といってミルクがゆを持ってきたとサイドテーブルに置いた。

「僕が聞いてしまったからだね。具合はもう大丈夫かい?」
 すまない、というルーピンにハリエットは首を振る。自分が混乱し口走っただけで誰も悪くない。悪いのは自分だ。そう思って目を伏せるとルーピンは君は悪くない、とハリエットの肩を叩いた。
 彼女をここに呼ぶことにダンブルドアははじめ反対をしていた。だがハリエットとハリー、二人とも会話がないのはかわいそうだ、少しくらいハリエットに息抜きをさせてやりたい、とシリウスが説得し、それに皆で乗った。ずっと片割れと離れて暮らしていた親友の忘れ形見。その二人を別々にすることに良くないんじゃないかと反対した。

 確かにハリエットは今精神的にも疲れている、だから……それらしい理由をつけてダンブルドアの眼の届くところにある家に帰したのだ、とダンブルドアはいい……彼女が感情的になり未来について口走りそうになったらばすぐ止めるように、と再三言われていた。
 なのにシリウスはあの時感情的になっていた。だから止めるのは自分の役目だったのに、いったい何の話だろうか、と少しの好奇心が彼女の命を削ってしまった。
 だから、悪いのは我々大人だ、とル−ピンはハリエットの頭を撫でる。かつて……彼女にリリーを重ねた。そのことを嫌がったハリエットだが、彼女とハリーは過去を清算できていない我々にとって過去を呼び覚ます呼び水でしかない。

「ごめんね。君たちは君たちだと分かっているのに……」
 大人になりきれない自分らでごめん、というルーピンにハリエットはポロリと涙をこぼす。ルーピンもまたこうやって代表して謝るのは……彼女の心に傷薬を塗っているつもりでえぐっている行為に等しいのに、とわかってはいたがほかにかける言葉が見つからなかった。

 ダンブルドアからはハリエットがハリーのそばにいることによる守りの魔法のため、最終日まで待機するように、とそういった指令が来たのは間もなくのことだった。ハリエットに滞在が伸びることを伝えると守りの魔法がありますからね、と詳細を伝えていないにもかかわらず彼女はそう呟いて部屋でおとなしくしています、と張り付けたような顔で微笑んだ。

 ペナルティーを受けてからというもの、ハリエットはどこか心が開いていない気がして、ため息を吐いた。きっと建付けの悪い家のように引っかかってしまったに違いない。
 ウィーズリー夫人には申し訳ないけど、と部屋に食事を運んでもらい、ハリエットは静かに息をひそめるように過ごした。誰とも話す気はなく、部屋の入り口に置いてもらった食事を呼び寄せて……きれいにした状態で返した。
 ハリエットが魔法を使えることについては予見者が身を守るために特例として認められている、と一部の騎士団には伝えられていると聞き、ハリエットはただ迎えが来る日を死んだように待っていた。

 心配そうに声をかけるモリーやハーマイオニー達だったが、ハリエットは何も言わず、物音も立てない。誰ともかかわりたくなかった。


 そして休暇最終日。
 ハリエットのもとに不死鳥の羽が添えられた手紙が届いた。スネイプにハリーへの伝言を頼んだため、一緒に戻るようにという内容だ。ほとんど広げていなかった荷物をまとめ、階段を降りていく。
 上階ではハリー達の騒ぐ声が聞こえたが、ハリエットは振り向くことなく足音も立てずにリビングに入る。そこにはシリウスがいて、まだスネイプは来ていない。仕方なく椅子に座るハリエットは入ってきたのを目で追っていなければ気配すら感じられず、シリウスはどうしたものかと目を伏せた。ハリエットの命を削る。その言葉の意味が分かった気がして、シリウスは小さく息を吐いた。

「ハリエット。前に私が言ったことをおぼえているか?」
「何があってもシリウスを助けない」
 ここに来た時以上に顔色も悪く、どこか感情が抜けてしまったようなハリエットに約束を覚えているか、とシリウスは尋ねる。間を開けずに頷き、かつて言われたことを復唱するハリエットにシリウスはならいいんだ、と無理やり目をそらした。
 ほどなくして玄関が開き、かつかつと規則正しい音が聞こえ、リビングの扉が開いた。

 その音で奥にいたらしいモリーがでてきて、ハリエットがいることに驚き……入ってきたスネイプに目を向ける。ハリー=ポッターを呼んできてほしい、と頼むスネイプはじっとハリエットから目をそらさない。
 ルーピンがあの時聞いてしまったメンバーに口止めをしたため、モリーなどはハリエットとスネイプの関係を知ることはなく、ハリエットを残して大丈夫かしら、と振り返った後ハリーを呼びに行った。
 今にも射殺さんとする目で睨みつけるシリウスを受け流し、ハリエットに近い席に座る。

「また痩せたようだな」
 二人の関係を言っていないためにハリーに対するように言葉を発するスネイプは言葉とは裏腹に優しくハリエットの手を掴んで問いかける。

「ちょっと眠れてなくて」
 疲れた様子のハリエットは口を閉ざし、じっと自分の手を取ったスネイプの手を見つめた。一言言ってやらないと気が収まらない、と口を開きかけたシリウスだが、そこにハリーがやってきて思わずぎゅっと口を閉ざした。




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