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 22:致命的で些細なミス

 ハリエットが来てから何かが変わるという話でもなく、クリーチャーはハリエットの記憶の通りで……シリウスはハリエットに関するすべてのことは絶対に騎士団員以外におわせることも何も一切禁止、と言い渡した。ぶつぶつとクリーチャーは文句を言うが、以前とどこか違う様子に、ハリーはなんだか落ちつかない。

 もうそろそろ休暇の終わりが見えてきたとき、シリウスは改めてハリエットと話そうと部屋を訪れていた。ハリエットに対してハーマイオニーとハリーは声をかけるが、ウィーズリー兄弟は父親が瀕死になったことに関してわだかまりがあるのか、なかなか声を掛けられずにいた。

 出されている課題に取り組むハリーは兄に呼ばれて行ってしまったロンを恨みながら羊皮紙とにらめっこする。かすかにハリエットとシリウスの声が聞こえ、思わずハリーはあたりを見回し伸び耳がないことにため息をついて息を殺すようにその声を聞こうと耳をすませた。

 部屋で休んでいたハリエットはもう課題を終えていたのと、大勢の中の孤独を感じるより家に帰りたいな、とぼんやり考えていた。そこにシリウスがノックをしてはいるとぎこちなくあいさつを交わす。中に通すとハリエットは寝台に腰を下ろし、シリウスはうろうろと言葉を探すように歩き回る。

「あいつが好きなのか?」
 どう切り出せば、と考えた挙句のド直球にハリエットは苦笑し、うん、と頷いた。信じられないものを見る目でハリエットを見るとどうかしている、と吐き捨てるように言い放つ。

「ハリエット、何を考えているか知らないが、あいつは死喰い人だ。元だろうと何だろうとそんなのどうでもいい。奴の腕には印が付いている」
「知っているよ、全部。だけど、それでも」
 考えてみてくれ、というシリウスにハリエットはあくまで静かに冷静に返す。全部、という言葉にシリウスはじっとハリエットを見下ろした。

「それならなんでだ!あいつはずっと闇側だ。リリーの子ならわかるだろう。それがどんなに愚かな選択をした奴なのか。ジェームズだってそういうやつを許せなかったわけだし、リリーだってそんな選択しなかった。ジェームズも闇とは相反していたんだ。リリーがあいつから離れたのになんでまだ君は傍にいるんだ」
 それをわかっていて近づくなんて、というシリウスにハリエットは拳を握って立ち上がる。

「私は、リリーでもジェームズでもない!!ジェームズが、父さんがこうだったなんて僕には関係ない。リリーが、母さんがこうじゃなかったなんて、関係ない!僕は、僕だ。私に二人を重ねないでよ!」
 声を荒げるハリエットにシリウスはそんなこと思っていないと反論する。だが、ハリエットは覚えている。“ジェームズなら危険なことを面白がった”。かつて彼が言っていた言葉だ。僕はジェームズじゃない。
 そう思うと同時にスネイプがかつて作業台に押し付け、首を絞めたあの夜を思い出す。ジェームズじゃないのに。“父親に似て実に傲慢な”。僕はただのハリーなのに。“いいぞジェームズ!”。僕は違う。

「シリウスもスネイプも、みんな僕と父さんを混合しないでよ!」
 そう怒ったところでハリエットの頭の隅では冷静な自分が今の自分を見ていた。思った以上に自分はいっぱいいっぱいだったんだな、と他人事のように考える。
 “リリー、君を愛している”かつてスネイプが呟いた紛れもない彼の真実。わかっている。自分は、リリーの変わりなのだという事を。初めてスネイプがハリエットである自分を見た時、その後ろに母を見ていた。

 わかっている。スネイプはハリー=ポッターを憎んでいるのだから。それと同じ顔をしている自分を本当は愛していないのだと。全部全部わかっている。かすかな母の面影と女であることで彼は誤認しているに違いなく、些細なことがきっかけできっと目を覚ましてしまうことを、誰よりもハリエットが理解していた。

「混合なんてしていない!ただ、私はジェームズなら闇に染まったものなんて見向きもしない、と君に伝えたかったんだ。リリーがジェームズを選んだように、君にも懸命な判断をしてほしいと、そう考えているだけだ」

「賢明な判断ってなに!それに、僕はジェームズじゃない!父さんがやっていたって、そんなの関係ない!父さんならそんなことしなかったなんて、知らない!!父さんなら面白がったなんて、あんなことを楽しめというなら僕ははっきり軽蔑してやる!僕は僕だ!!僕は、僕は好きな人の気を引くために魔法を悪用したりしない。気に入らないやつに魔法をかけることだってしない!いい加減、僕をちゃんと見てよ。ちっぽけで好奇心が強くて、わがままで、傲慢で何もできない子供だ」

 私はちゃんと君を見ている、というシリウスにハリエットは見ていない、と激しい口調で返す。冬休みに入ってから、家にいる間に自分への戒めと、時期を見るためにあの最悪の記憶を見た。だからこそ、ハリエットはそのことを鮮明に覚えている。嘲笑う父とシリウスと、決別したリリーと。虐められ、屈辱を与えられたスネイプ。

「父さんだったらこうじゃなかった、母さんだったら選択しなかった。わかってる!でも僕は二人じゃない。二人じゃないんだシリウス。だけどシリウス、僕だって二人の子だ。父さん譲りの傲慢さも持っている。母さん譲りの気の強さも持っている」
 頭の中はもうしっちゃかめっちゃかでずっと、ハリーとしてため込んできた思いがあふれ出る。言いたい時にはすでにシリウスはいなかった。伝えたい相手はいつだって死んでしまった。

「だからあの時、あの時シリウスを助けなきゃって思って、みんなを巻き込んで。挙句の果てに貴方を目の前で失った!いいぞジェームズ、これが最期の言葉だったことがあなたの答えだ!!僕はジェームズじゃない!シリウスの言う通りジェームズだったら死なせなかったもしれない。けれど、シリウスを殺したのは僕だ!僕が、僕のせいで」

 父親が、今最愛となった人を傷つけ嘲笑うあの記憶が、どれだけ心をえぐったか。それに連鎖するようにルーピンとシリウスに聞いた言葉を思い出す。若かったから人をいじめていいわけがない。存在を否定していいわけがない。死喰い人と同じように人で遊ぶなんてもってのほかだ。

 ずっと誇らしかった父にどこか自分を重ねてみているシリウスに、違和感を覚えなかったわけじゃない。だけれどもその父の実態があれだったことのショックは思い出しただけでも胸が痛かった。
 誰もがジェームズの再来だと言っていた。目だけはリリーにそっくりだと。二人を知らない自分にとってはそれは誇らしいことだったのに。シリウスを助けようとして死なせてしまったなんて、二人が聞いたらなんていったか、ハリエットが聞きたかった。


 錯乱した様子のハリエットにハッとなるシリウスは慌ててその体を抱き留める。口を押えるハリエットは睨みつけるようなシリウスをじっと見つめた。
「今、聞こえたことは本当なのかい?それが、シリウスの未来なのか?」
 戸口から聞こえた声にハリエットとシリウスは同時に振り返り、唖然とした様子のルーピンを視野に入れた瞬間、ハリエットは声にならない悲鳴を上げ、左の肩口を抑えてその場に倒れこむ。
 驚いた様子でどうしたんだ、と階下にいたロン達が駆けつけ、倒れて藻掻いているハハリエットと大丈夫か、と膝をつくシリウスを見た。遅れて入ってきたハリーは蒼白な面持ちで、気絶したハリエットを抱きかかえるシリウスを見つめる。

「すまないハリー。私のせいで……彼女を混乱させるべきじゃなかったのに。命を削らせてしまった」
 ただ自分はジェームズの子なのだからジェームズのように賢明な考えを持ってほしくて、と言いよどむシリウスにルーピンは違うだろうと首を振る。彼女の言いたいことは、聞こえてしまったところはわかる。だが、それはハリーに対する話のはずだ。ハリーに対して……シリウスはジェームズなら、とよくつぶやいていた。

「ダンブルドアに連絡を。彼女とハリーの為にとここに連れてきてもらったのが間違いだったんだ」
 早急に城にもどるべきだ、というルーピンにシリウスは力なくうなずき、そっと目じりの涙をぬぐう。マクゴナガルから彼女を混乱させないようにと言われていたのに、とシリウスはため息をついた。
 彼女はやはり、かつてハリーだったもの。ではなぜあんな男のそばにいるのか。ますます意味が分からなくなるシリウスだが、これ以上彼女に問い詰めることはしてはいけないのだと唇をかみしめた。

「モリー、ちょっと私はシリウスと話があるから……すまないけれども先にみんなで食事を始めていてくれないかな」
 ルーピンは努めて明るく振舞いながらそう声を出し、未来を話してしまったらしいハリエットの、ペナルティーを受ける姿にショックを受ける子供たちを階下に行くよう促す。真っ青な顔のハリーはシリウスとハリエットを見比べて……促されるままに降りていく。
 誰もいなくなったことを確認し、伸び耳対策をしたルーピンは改めてシリウスを見る。

「いうな。彼女の制約がどうなものか、私たちは知らないんだ」
「彼女は……あの叫び屋敷で彼女が涙を流していたのはこの未来だったんだね」
 口に出すことが違反するかわからない。だから言うなというシリウスにルーピンは息を吐き、倒れたハリエットを見る。

「詳しいところはわからない。ただ……彼女は未来を変えようとするだろう」
「なら、シリウス、君はその未来を回避しなければならない!」
 彼女はきっと、というシリウスにそれならばというルーピンだが、シリウスは唇をかみしめる。堪えるような顔のシリウスは未来を変えることはできないとこぼした。

「どういうことだい?」
「おそらくは……未来を話したことと、未来を変えることは別だ」
 そもそも、私は変える気はない、と言い放つ。そんな親友に衝撃を受けるルーピンだが、君ならそうだろうと力なく返した。ハリーを守るために死ぬのならば本望だろうし、シリウスはそのせいでハリーが危険な目に合うぐらいなら死を選ぶのは目に見えている。だが、ルーピンにはそれに対する気持ちの整理ができない。

 予見者はいったいなんなんだ、というルーピンにシリウスは苦く笑う。彼女の正体は……ダンブルドアとマクゴナガルだけが知っているだろう。だから、シリウスも予見者の本来の名前を言うわけには行かなかった。




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