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20:セストラル

 ドビーとベベから必要の部屋が伝えられ、無事DAが集まって練習を始めたころ、ハリエットは一人で飛行の魔術について練習し、それが終わると夜は時間の許す限り記憶を覗いていた。そのせいなのか、すっかり食は細くなり、体もまた細くなっていた。
 最近ではいろいろ家の事情などが重なり、みな自分にいっぱいいっぱいで、以前のようにヘンリーの皿にウィンナーを乗せるものはいない。そのおかげでヘンリーは自分が食べたい量しかとらず……ため息をつく顔はどこか憂いを帯びている。


 DA発足して間もなく、ハリーにとって最悪の出来事が起きた。悪態をつくマルフォイの挑発に乗って殴りかかり、まんまとアンブリッジの手の中でクィディッチを禁止されてしまったからだ。唖然とするハリーは無意識に片割れを探す。彼女は知っていたのか。いや、こんな些細なことはきっと知らないはずだ。それなのになぜここにいないのか。

 ヘンリーは5学年になってから時折姿を消すようになった。噂ではスネイプの手伝いをしているだとか、薬を飲まなくてもすむように教員らの力を借りて力を制御するための特訓をしているだとか。だがいずれでもないことをハリーは知っていた。だからこそ、どうしていないのか不思議でならなかった。
 最近彼女は一人でいることが多い。それも人目を避けて森の中だったり、どこかの倉庫だったり。アンブリッジがあちこちに顔を出すようになってからはほとんど一人と言っても過言ではない。
 マルフォイは監督生としてあちこちでかい顔をして出歩いているが、それに付き添うのは腰巾着2人だ。ヘンリーは食事の時や教室の移動の時ぐらいしかマルフォイたちと一緒に行動していないようだった。

 フクロウ小屋に行ってもシークは紛れてしまってわからない。ヘドウィグは何者かによって攻撃されて以降とてもじゃないが手紙を頼むのがつらかった。ヘンリーと会うのは容易ではない、とユリの花がスリザリン寮に消えていくのを静かに見つめるしかなかった。
 以前は時折マクゴナガルのところを訪ねていたというのに、それすらもない。スネイプのところに行かなくなったのは幸いだが、彼女のことを想うと複雑な気分だ。
 たくさん話したいことがあるのに、とハリーは膝を抱えた。

 ハグリッドが戻ってきたのはそんな最悪な状況で、待ちに待った魔法生物学の授業にハリーは楽しみではなく心配が勝る。アンブリッジ視察で下手なことをしないように、と言っていたが大丈夫だろうか。
 ずっと紹介したかった、というハグリッドは牛肉の塊を置いて何かを呼び寄せる。姿を現したのは馬車を牽いていた馬で……。なぁんだ、と思うハリーだがハリーの隣でロンがいつ来るんだ?あたりをきょろきょろしている。マルフォイらも小ばかにしている風で……ヘンリーはどこか心あらずといった様子でぼんやりしている。

「こいつらが見えるのは者はいるか?」
 肉を食いちぎる馬を見ていると何人かの生徒が気が付いたようで、何かいる、と声を上げた。ハグリッドの問いかけにハリーとネビル、そのほか2人くらいの生徒が手を上げる。馬車を牽くのもこいつらの役目だ、というハグリッドにそうだったのか、と声を上げた。

 死を見たものしかみえない、という説明にハリーはクィレルの死をみたからか、とヘンリーを見た。彼は手を上げず、ただじっとセストラルを見つめている。
 ハグリッドの説明と、アンブリッジのやり取りを聞きながら肉を食べ終わったセストラルを目で追う。なぜか一頭はヘンリーのそばに行くと甘えるように顔をこすりつけた。

「え?あぁ、ごめん、ちょっと考えごとしていた」
 顔を押し付けるセストラルにあ、ごめん、とヘンリーはそっとその頭を抱き込むようにして撫でる。ヘンリーも見えているのか、というハグリッドにまぁ、と口を濁す。懐いている様子のセストラルにハグリッドは戸惑う風で……ハーマイオニーだけがハッとしたようにヘンリーとハグリッドを見比べている。

「どうにも前からヘンリーは変なのに好かれるな」
 戸惑うようなマルフォイにヘンリーはやっと調子が戻ったようにそうかも、と笑い……じっとセストラルを見上げると少し考えるようにして……じっとしていて、と囁くと杖をふるった。
 とろりとした液体の様なものが杖から出るとセストラルの周りを包むように広がっていく。落ち着いた様子のセストラルが見えない生徒にも見える様、膜で覆われるとハグリッドがその手があったかと手を叩く。

「ヘンリー、あのウスノロに代わって、スリザリンに5点追加だ」
 さすがだ、いうマルフォイにハグリッドはまごつき……アンブリッジは何かをメモしていく。

 9歳のころに出会ったセストラルに、たびたびハリエットは会いに行っていた。彼らが見えるという事が沢山の死を見てきた証拠だと、そう突きつけられている気がして。きっとこの学校内でハグリッドの次に懐いているだろう、とハリエットはこつんと額を突き合わせた。

「そういえばユニコーンの時もヘンリーは男子学生だというのに懐かれていたわね」
 動物に好かれやすいのか、という声にヘンリーははっとなって思わず固まる。4学年の時、連れてこられたユニコーンを前に男子生徒は下がって、というグラブリーが振り返って……目を丸くしたことを思い出す。
 一頭のユニコーンが離れようとしたヘンリーの袖を噛み、離さなかったのだ。まぁあなたの見た目?から間違えているのかもしれませんね、とそのまま女子生徒らの中に取り残された……。それを思い出すスリザリン生にヘンリーは力なく笑う。
 
 思い返せば……生まれ変わってからというもの、妙に動物に好かれている気がする、とみんなが見えるようになったことから改めて説明するハグリッドを見た。授業の終わりにフィニート、と唱えるとドラコ達も見えてよかった、と笑い一団と共にその場を後にする。

 何とも言えない表情のハグリッドを見たハリーはロンとハーマイオニーとヘンリーを追うように城へと戻る。

「君の片割れ、なんというか、すごいというか」
 複雑そうな顔のロンに時々僕もそう思う、とハリーは頷く。何か考えている風なのはハーマイオニーだ。死を見たことがある、という条件に何か引っかかっているらしい。


「ねぇ、ハリーは……3学年の時から見えていたのよね」
 2学年の時は馬車に乗っていないから、というハーマイオニーにハリーは頷く。

「だからみんなが見えないなんて知らなかったんだ。多分……僕と同じクィレルの死を見たから……じゃないかな」
 幼いころの記憶の中、少なくとも“死”は見えていなかった。父ジェームズは階下で、母リリーは自分の視界の隅から消えた。だから、直接見たのはクィレルの時だ。
 そういえば話していなかった、とハリーはため息をつき、談話室の隅で二人にあの日の真相を話す。ロンは驚いて目を見開き、ハーマイオニーもショックを受けたように顔をこわばらせる。そしてそのあと、私の仮説があっているかもしれない、とつぶやいた。

「前に予見者について調べたって話したわよね。図書室のいろんな本に目を通したけど、未来が見えるもののこと、としか書いていなかったのよ」
 声を潜めるハーマイオニーにロンとハリーはだってそういっていただろ、と首をかしげる。
「それがね、どこにもペナルティーの話はないの。それどころか、断片的な未来を見る、と書いてあったわ。彼女の能力と何か違くないかしら」
「そうか、ハ……彼女はずっと見えていたっていうけど、能力が強すぎるんだ」
 ハーマイオニーの指摘にハリーははっとなって答える。ロンも確かに、と頷いていてでもそれがどうしたんだい?という。

「何か、何か違うんじゃないかしら。予見者っていうと近い世代ではグリンデルバルドが有名だったわ。だけど彼はその力をもってしてもダンブルドアに敗れた。それにハリエットが言っていたじゃない。過去の予見者は皆レッドカードで退場って。彼、まだ死んでいないわ」
 あれだけ未来を的確に当てているのだから見えないわけじゃない、というハーマイオニーにロンもその矛盾に気が付いてはっとなる。それならハリエットは一体なんだろうか、とハリーは考えた。

 彼女は……賢者の石の時あの場にいた。なぜ?
 彼女は皆が石化することもわかっている風だった。どうして?
 彼女は……ピーターが真犯人であり逃げることを知っていた。どうやって?
 彼女は……本当にセドリックを助けることができなかった?

 一つ一つの疑問を浮かべていたハリーは指先が冷たくなっていく気がして、ぶんぶんと首を振った。そんなわけない。セドリックはあの時死んだのだ。だって彼には死の呪文が当たったのだから。
 自分と違って彼は……。だからチョウは自分と。
 片割れを信じている。それは変わらない。だけれども、それとは別でまるで彼女が別世界の人間のような奇妙な感覚が沸き起こり、ハリーは呆然と立ち尽くした。




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