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17:ハリエットの家

 5学年になって初めてのホグズミード。ヘンリーはフードを被ってホッグズ・ヘッドにやってくるとカウンター越しにこんにちは、とアバーフォースに声をかけた。いぶかしむアバーフォースだが、はっとしたように身を乗り出すとため息をついて奥の部屋へと通す。

「普段は男装しているんです」
 きっとこの先も何度かこの姿で会うから、というハリエットにアバーフォースは何も言わず、いつものシチューを置いて出ていく。やがて……たくさんの足音が聞こえてハリーの声が聞こえてきた。予定通りDAを結成したのだろう。最後の一匙を口に入れ、耳を澄ませる。やがて人の気配がなくなると扉を開けて顔をのぞかせた。

「お前さんらは一体何を考えているんだか」
 わからない、というアバーフォースに笑い、それじゃあとフードを被ってお店を後にする。少し歩くとその先に3人を見つけ、袋からストールを取り出すと頭からかぶった。

 ダンブルドア軍団を結成した3人はどこか高揚とした気分で……チョウが自分を見てくれたことにほんのり浮足立ってハリーは横から出てきたおばあさんにぶつかり、転ばせてしまった。
 ハッと夢から覚めるようにして、慌てて落ちたジャガイモなどを拾うとハーマイオニーが転んだおばあさんを助ける。鼻の高い灰色がかった髪のおばあさんはローブで身を包んでおり、そのせいかどこか歩きづらそうだ。

「あぁごめんなさいね。ローブの留め具を落としてしまって。申し訳ないのだけれども、それもってきてくれるかしら」
 低くしゃがれたようなおばあさんの声に3人は顔を見合わせ、ぶつかってしまったことだし、と一緒に歩き出す。よろよろと歩くおばあさんがあそこ、と示すのは少し村の輪からはずれた庭のある家だ。

 警戒しつつ歩くとおばあさんはあらら、と言って何かを落とした。
 またか、と顔をしかめるロンだが、落ちたものを見たハリーはあ、と小さく声を上げて大きくため息を吐く。

「雌鹿のチャーム?……あ、あー……。よければパントリーに荷物入れますよ」
 ハーマイオニーが拾ったものを見て、何か察したのかおばあさんが歩くのを支えた。

 家の前に来るとおばあさんは杖を出して開錠し、中に3人を招き入れる。ロン、パントリーまで入れてあげて、というと不服そうなロンだが中に入っていき……。玄関を閉めるとともにガチャリという施錠の音に跳ね上がった。

「あぁ腰が痛い……。ロン、そこに置いといたままでいいよ。あとでべべに返さなきゃいけないから」
 おばあさんの演技辛い、という声にロンは驚いてジャガイモをその辺にまき散らす。あぁもう、というハーマイオニーが杖でまとめるとストールを外した……フードを被った人物をまじまじと見つめた。

「本当はアンブリッジがいる以上……ロンがうっかりしないようにしたかったんだけど……そうもいっていられないよね」
「ハリエット、君さ、もう少しましなやり方ないの?それにこの家って……」
 ハリーと同じ背丈で杖を振って窓を曇らせるその姿に、ロンは固まっている。フードを下した姿にハリーと見比べてどういうことだとハーマイオニーを見た。

「ロン、前は手荒なことしてごめんね。カチンときちゃって……」
 座っていてよ、とヘンリーの姿のままキッチンに入るとかちゃかちゃとお茶の準備を始める。え、え、え、と驚いているロンは助けを求めるようにハリーを見た。

「ハリエットの変装姿……やっぱり驚くよね」
「だ、だってあいつって男子トイレ……」
 目を白黒させるロンにハリーは僕だって驚いたんだ、とハリーは頷き……そもそもが彼女の名前をスネイプの部屋で見つけるという最悪の出来事だったことを思い出し、顔をしかめた。カップをもって戻ってきたヘンリーはだって男子生徒なんだから女子トイレ使うわけないじゃないか、という。

「だから言ったでしょ、ロン。彼をダンスパーティーに誘うなんて、鼻からその選択肢はないのよ」
 まぁハリーがそもそも誘っていたからどっちにしろね、というハーマイオニーにロンはいまだ衝撃から戻らない。

「ロン、君は態度に出やすいから、だからハリー達に黙っているようにって頼んでいたんだ。でももうそうこう言っていられるほど余裕はない。校内でハリエットとして接することはできないから、今この場を使うしかなかった。DAのことで忙しくなるだろうし、特にハリーがホグズミードに行くのにアンブリッジの眼をかいくぐらなきゃならないだろうから」

 やむ終えず、というヘンリーにロンはようやく受け入れたのか、のろのろと促されるままに腰を下ろした。DAについてもすでに知っているというハリエットにハーマイオニーはそうだわと名簿を取り出した。それを見てハリエットは首を振る。

「私は署名できない。“知っている”から。私は……私はハリー、君に関することには一切かかわってはいけないんだ。前に……前にハリーに言ったペナルティーの話覚えている?私以外の過去の予見者たちはみんな結末を迎える前にこの世から一発アウトのレッドカード、で消えちゃった」
 知っている、というヘンリーはちらりとハーマイオニーを見た。その言葉の意味を知っているのか、はっとなるハーマイオニーに一つ頷いて、今度はハリーに視線を移す。この先、きっと何度も自分の行いなどのせいでハリーは怒りに震えるだろう。そのせいで……邪魔されたくはない。自分がかかわらなければ……ハリーはこちらを気にすることなく未来に進む。

 だからハリエットはわざとペナルティーについてを誇張した形で言及した。こうすればハリエットの“知らない”ハリーについての行動は消え、ハリエットが“知る”ハリーの行動が残る。自分のことを気にして動いてはいけない。ハリエットのことははじめからいないものという扱いがいいはずなのだ。
 レッドカード何だいそりゃ、と首をかしげるロンと違い、ハリーだけでなくハーマイオニーも言葉を失う。予言者に課せられた制限がそんなに厳しいとは思ってもいなかった。

「制限があるのね……。そのうえでより重い罰は」
「そう、ハーマイオニーのいう通り。だから私は私が大丈夫と知っている時にしか、みんなにかかわることはできない」
 それをどうしても伝えたかった、というヘンリーにハリーは嫌だ、と小さくつぶやいた。

「どうして、なんで……よりによって君が、ハリエットが、そんな使命を背負わなきゃいけないんだ。なんで!!!」
 未来を知っているなら、と何度思ったことか。だがハリエットは言えないと首を振るばかりだ。もう二度と彼女に詰め寄ってはいけない。もしうっかり……もしうっかり彼女がタブーを犯してしまったならば……。最も血の濃い家族がみんな消えてしまう。それだけは絶対に嫌だとハリーはかぶりを振った。

「これは……きっと僕への罰なんだ。今度こそ……」
 スネイプの密やかで一途な愛と、彼自身の人生という到底返すことのできないほど大きな……とても大きな犠牲によって守られ、勝利へと進むことができたというのに。なのにたった、たった3年ほど生き永らえただけで、ばかばかしい理由で油断して、そして死んだ。
 見逃さなくてはならない結果や経緯。それらを誰にも言わず一人でその対処方法を模索し、掬い上げる。それはきっと、彼やほかのみんなの犠牲に対する罰であり償いなのだ。

「ロン、レッドカードっていうのはね、シェーマスだったかな、ディーンだったかな……。部屋にポスターがあったと思うけど、サッカーというマグルのスポーツがあって、ルールを違反するとイエロー。それがたまったり、とても危険なことをしたりするとレッド。クィディッチにないルールだから……多分スリザリンは皆イエローかレッドで選手がいないかもしれない」
 疑問符が浮かんでいる様子のロンにヘンリーは小さく笑うとマグルのスポーツだよ、という。あぁ、とやってわかったロンにハリーはクィディッチにもあればいいのにね、とちらりと笑いあう。イエローがたまるとレッドになる、という話にロンはヘンリーをじっと見つめた。

「えっと、それじゃあ……まるで君がその……」
 死んでしまうのか、なんて直球に聞くことはできず、ロンは嘘だろとヘンリーを見る。ヘンリーはさぁと答えをはぐらかし、置いてある時計を見上げた。


「そろそろ老婆の手伝いにしては長くなったかも。あぁベベ、これありがとう」
 そろそろ戻った方がいいと言い掛け、ポンという音ともに姿を現した屋敷しもべ妖精のベベにジャガイモの入った袋を手渡す。これぐらいいいのよ、というベベはちらっとハーマイオニーを見ると露骨に嫌な顔をしてグリフィンドールのお嬢さん、と声をかけた。

「あなたにお話があります。今夜、談話室でお待ちください。それと、ハリエットはあなたと違いますので」
 きっと睨むベベにハーマイオニーは驚き、別にいいのにというヘンリーをみる。

「あれ?ベベのエプロン……前のと違うけどどうしたの?」
「前にハリエットが特訓した刺繍の糸があったので、べべもやってみました。誰が一番うまいか、競い合っているのよ」
 そんな刺繍あったっけ?というヘンリーにベベは嬉しそうに笑い、今のところ最年長の私が一番です、という。ふふふと笑うベベはパチンという音を残して消える。

「ハリエットは……屋敷しもべ妖精達をどう思っているの?」
 以前の手紙にハーマイオニーの活動は空ぶっていると書いてあっただけに、ハーマイオニーは何とか自分を抑えながら訪ねる。それに対しヘンリーは目を伏せると答えず、さぁそろそろ戻った方がいいと3人を玄関に向かわせた。
 自分はストールを被りおばあさんになると扉を開け、学校の話をありがとうね、とにこやかにいう。彼女の正体がばれては、とこちらこそお茶をありがとうございます、とお礼を述べてお茶に招待された生徒、というていでハリエットの家を後にした。

 本当はたくさん聞かなければならないことがあったが、それよりもハリエットの抱える能力に関する話が衝撃的で、3人は歩きながらなにも言葉を交わすことができない。各々の整理が必要だった。
 彼女の周辺はスリザリンだ。だから不用意に近寄ることもできない。だから……彼女の抱える問題をどうにかすることもできず、黙っているしかできなかった。




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