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16:覚えなければならない闇の魔術
スネイプのもとで新しく開発した薬を飲んだハリエットは夜になっても戻らないことになんか不思議な気分、とスネイプの寝室で時計を見る。
「ふむ、一応鏡などを毎時確認し、少しでも戻る兆しがある場合はすぐどこか個室になるところで隠れるか、医務室に行くと言って身を隠した方がいいだろう。動物で確認したいところだが、この魔法薬はヘンリーになるために君の血を少々使うため、想定された作用になるか……確認するすべがない。少しでも変調をきたしたならばすぐに屋敷しもべ妖精に協力を仰ぐなどしたまえ」
同じように時計を確認していたスネイプはひとまずは、と今まで飲んでいた薬の効力が切れたはずの時間を超えたことを確認する。ヘンリーのままになっているハリエットを立たせるとそっと頬に手を添え、異常はないかと見つめた。
瞳の色が戻っていないか、髪の色が戻っているところはないか。それと体はどうなっているのか。隅々まで確認を終え、くたりと横になるハリエットは自分を抱きしめるスネイプを見るとするりと身を寄せた。
ハリエットの姿での逢瀬はほぼなくなるだろう。今回の魔法薬は6日間効果がもつ。その代わりどうしても一日はハリエットの体で休まなければならない。その間に何かヘンリーの姿で対応しなければならないという事もあるだろう。その場合は3学年の時に作っていた魔法薬ならば一度だけ服薬が可能で、そのあと6時間を開けなければ6日間の薬は飲んではならない。
十分に注意するように、というスネイプにハリエットは頷いた。何度か薬の影響で具合が悪くなっている身としては、身に染みてわかっていることだけに時計を見る。ちょうどムーンフェイズが付いている腕時計は飲んだ時間などが記憶しやすかった。
今日は朝まで戻らないか確認するため、このまま寝なさいと抱きしめられたハリエットはけだるさもあって目を閉じた。
ここ最近ずっとあの7学年の時の記憶を繰り返し見ていたハリエットは夢を見ていた。あの日、アリアナさんの絵画でホグワーツに戻った後何か……何かあったはず。そう、あの日本当に多くのことが……。そう考えたところで逃げていくスネイプの後姿を思い出した。
ヴォルデモートが彼に教えた飛行の魔術。あれについてはついぞ取得方法が分からなかった。スネイプに教えてもらわなければならないが、教えてくれるだろうか。不安になるハリエットだが、悩んでいても仕方がないと、夢うつつに決意し朝の気配に目を覚ました。
ヘンリーのままであることと、体調を確認したスネイプは寮に戻っていいと口づけを落とす。
「あ、あの先生」
どういえばいいのか。彼は……予見者の能力の正体を知っているのか。自分が転生者であると気が付いているのか。一か八か……かけるしかないと拳を握ると昨日夢で見たんです、と切り出した。
「昨日夢で……。ヴォルデモートが使っている飛行の魔術。それを取得しなければ……今まで見てきた未来が変わってしまうかもしれない、という光景を見ました。本当は未来の話や夢の話をすべきでないのは分かっています。けれど……まさか闇の帝王にあいさつするわけにいかないですし……。スネイプ先生は……御存じでしょうか」
いつ取得したかわからないが、大戦がはじまっているのに悠長に教えている光景が思い浮かばず、ハリエットは既に取得している前提で考えることとした。スネイプも昔セクタムセンプラを作っていた。ヴォルデモートに直接リリーの延命を求めるなどできるほどだ。覚えていても不思議ではない。
言われたスネイプは今までハリエットに見せたことのない険しい顔でじっとヘーゼルの瞳を見つめる。もし取得できないのであれば……何か別の方法を考えなければならない。思い出した記憶をうつして……完璧に覚えなければ。
「ハリエット、君の言う通り私は知っている。だが……この魔術が必要になる未来とはいったいどういうものか。仮に……未来を変えるために必要とあれば、その呪いともいえる力を使わせないために教えることはできない」
文字通り命を削る行為をむざむざ見過ごすことはできない、というスネイプにハリエットは拳を握る。だがこれはスネイプを助けるのに必須だ。
「違います。これは……誰かの命を守るためではなく、多分その場に私がいてはならないから、窓から飛び降りてすっかり姿を消さなければならない、という事と思います。箒やクッション魔法で代用も可能と思いますが、より素早く退避するにはこの方法が最善なのではと」
嘘は言っていない。だってこの時にはきっとスネイプは……。未来の出来事の整合性を守るための処置だ。嘘のない目をスネイプは見つめ……大きくため息をついた。
「決して他者に言わぬこと……。そしてみられないことを守れるのであれば」
ハリー=ポッターがヴォルデモートの魔法を必要としたのか。にわかには信じらないスネイプはハリエットの瞳を見つめ……ため息をついた。わからない。彼女は本当に転生者で……。今言っていたことは何を示すのか。もしかしたら過去……いやこの場合未来か。そこで……そう考えてそうかそういえばその可能性をなぜ忘れていたのかと眉を上げた。
ハリエットの正体がなぜハリーだと断定したのか。そもそも、彼女が転生者だとして、ハリエット自身であることをすっかり抜けていた。だったら……ハリエットは身を隠すために彼女が代案として挙げた何か……クッション魔法だろうか、それを使って怪我をしたのであれば。
なくは……ないはずだ。過去の予見者達の話はまだ一人目しか目を通していないが、過去に存在はしたが関わっていなかった人物であれば……。その可能性も大いにあり得るというのに。
スネイプの出した条件にハリエット……ヘンリーは頷き、ほっとしたように微笑む。彼女に闇の魔術……それもヴォルデモートに関するものは教えたくはなかったが、致し方あるまい。
次の土曜の夜、魔法薬の確認のために来た際教えようと約束して、今度こそ寮へと送り出す。無言魔法が必要となるが、彼女は難なくできるだろう。
一人になった部屋の中、スネイプは少し浮く程度にとどめて久方ぶりに飛行の魔術を使う。何とも奇妙な感覚になる魔法だが、見た目もよくはない。本当に彼女に教えるべきか……。
迷うスネイプだが、先ほどの心の底からほっとしたあの顔を……裏切りたくなくて魔法を解いて歩き出す。いざとなれば彼女に誓わせるのも手だろう、とスネイプは今日の予定を確認する。今週末はホグズミード村に行ける週末とあって、3学年の生徒から同意書の回収をせねば、と部屋を出た。
ハリエットはよかった、と廊下を歩きながら微笑む。また一歩、スネイプを助けるための工数が進んだ。あとは……。完璧なまでの演技。それだけだ。
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