--------------------------------------------
15:蓄積されていくもの
その日、目を覚ましたハリエットはどうにも体が重く、熱っぽいことにため息を吐いていた。無茶をするわけにもいかない、と起き上がって私服を着ると薬を飲み、談話室へと出た。制服姿ではないヘンリーに気が付いた寮生がどうしたと尋ねようとして、ちょうど部屋から出てきたドラコに目を向ける。
「あぁちょうどよかった。朝から熱っぽくて……。こじらせると飲める薬がなくなるから……今日は休むよ」
監督生であるドラコにそう告げると、ドラコは眉をしかめてからヘンリーの額に手を当てた。
「確かに熱いな。わかった。スネイプ教授らには僕から伝えよう。しっかり休んで明日の授業に備えるんだな」
休んでいた方がいい、というドラコにヘンリーはポンフリーのところに行っても飲める薬がないから、と言って部屋にいると伝える。頷くドラコはにやりと笑うとスネイプ教授の部屋に連行されていなければな、と小さな声で呟いた。
顔を赤くするヘンリーは今度こそは大丈夫のはず、というが容易に想像できてしまい声が小さくなる。おとなしく部屋に戻って鍵をかけ横になる。必要だからと作っていた魔法薬だが、ここ最近出来が悪いのか少し体調が悪い。
再び横になると鍵をしているはずの扉が開く音がする。顔を上げれば思った通りスネイプがいて、ヘンリーの額に手を置いた。何か魔法を唱えて確認するとほっとしたように息を吐いて棚に残っていた瓶を手に取った。
「見たところ……また不出来な薬を飲んだようだ。それに、使っている材料に含まれる微量の成分がどうやら体にたまっているのかもしれん。ひとまずは……以前の薬を飲んでいたまえ。体の成長について無事終わった今、薬の方向性を変えようと思っている。今のように男女の特性を持ったまま、一週間ヘンリーの姿に固定する。そういった仕様の薬を今開発中だ。少し強力だが、服薬する回数が減れば副作用も最小限に抑えられるだろう」
長年の服薬による副作用というスネイプにやっぱり、と苦く笑い冷たい手にすり寄った。とりえず、とヘンリーを抱き上げるスネイプにヘンリーが腕を回し掴まると、そのままドラコの言う通りスネイプの部屋に連行されていく。
談話室にいた寮生らに見送られながら運ばれるとヘンリーは素早くスネイプの部屋を見回した。幸い絵が新しく飾られている等はない。すべての魔法薬を解除する薬を飲むとハリエットはそのまま眠りについた。そっと髪をかき上げるスネイプはハリエットの額に口付け、朝食のために大広間へと向かった。一人の生徒の為にいないとなればあの女が何を言い出すかわかったものではない。
早くこの戦いが終わればハリエットの魔法薬も必要なくなる。いや、きっと彼女は卒業までヘンリーとして過ごす気かもしれない。ふと、彼女は進路をどうする気だろうか、と戻ってきたスネイプは寝顔を見つめながら考える。
ダンブルドアのことだからきちんと彼女の成績も残しているだろう。片割れは……闇払いなどになるかもしれない。本来の魔法省としては名前的にも欲しい人材だろう。ではハリエットはどうなのか。
もし……もしもこの先無事戦いが終わり、生き残ることができたならば……。彼女が自分に向ける好意が本当であれば。
彼女に想いを……。そう考えて首を振る。積もり積もった想いは既にあきらめねばと埋めた。今学年は進路を聞く年代でもある。彼女が目を覚ましたら聞いておくのもいいかもしれない。
彼女は……自分をどう思っているのだろうか。一度も彼女から好き以上の言葉を聞いていない。自分と同じように愛を抱いているのか。それとも……そうではないのか。この先自分がどうなっていくのか、彼女は知っているのか。だから言えないのか。いや、そうであってほしい。
彼女の想いが足かせになることなどないというのに、なぜ伝えてくれないのか。そう考えてスネイプは自分から伝えるなど、と首を振る。もしも彼女が本当にハリー=ポッターなのであれば、長年抱き続けた憎しみと苛立ちと、時折見せる忌々しい男の面影がその言葉を否定する。
では彼女は誰なのか。転生者であるのならば……筆跡が同じ理由になるのだからやはりそうなのだろう。だが自分はハリエットは愛している。だがもしもその魂が……ハリー=ポッターならば……。
矛盾した想いがスネイプの中で反発し、答えを出し渋る。
彼女は愛している。だが、奴は憎い。
彼女を放したくない。だが、奴を視界に入れるのも忌々しい。
彼女と共に過ごしたい。だが、奴と同じ空間にいるなど冗談ではない。
ハリー=ポッターへの負の感情は積もり積もって厄介なものと化している。ただ……ただ愛したいだけなのになぜ障壁があるのか。彼女が……ハリエットがせめてリリーと同じ色を持っていたのならば……。ヘンリーが彼女と同じ瞳を持っていたのならば。
ジェームズへの憎しみは巡り巡って……スネイプの抱く愛を邪魔してくる。憎くて憎くてたまらない、とスネイプは拳を握り締めた。
リリーへの愛は奴に阻まれた。今度は……ハリエットへの愛も阻むというのか。
「あれ?先生授業は……?」
小さな声が聞こえてスネイプは意識を目の前の少女に戻した。魔法薬をすべて無効化させたおかげか顔色はいい。
「これからだ。あとで補習を行うため、今はゆっくり休むといい」
そっと頭を撫でるとハリエットは嬉しそうに笑い、うん、と頷いて目を閉じる。まだ彼女を愛おしく思う感情が強く、そのことがスネイプは嬉しかった。
リリー。君の面影で、僕の彼女への想いを揺らぎなく縫い留めてくれ。
もう一度ハリエットの髪を撫でると、スネイプは授業の準備をしに部屋を後にした。もしこの場にリリーがいたのならば、ひどく悲し気な顔をするだろうことに、まだスネイプは気が付かない。愛と憎しみの衝突で生まれた濃い霧は静かにスネイプの視界を埋めていく。
|