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9:勝利への道しるべ

 ざわざわという中、先に一年生を案内しに行ったドラコに手を振り最後尾を歩く。食べて力をつけて……頑張らねば。休んでいる時間はない。部屋に入り、棚からペンシーブを取り出す。この部屋には絵はない。だからアンブリッジの監視もない。だからここが唯一の安全地帯だ。
 談話室ももしかしたら実家であるマクゴナガルの部屋もアンブリッジの猫が来るかもしれない。スネイプの部屋も安全かもしれないが……最近スネイプは自分を避け始めていることから甘えることはできない、とハリエットは鍵のかかった手帳を取り出した。

 10年計画を確認し、過ぎたことにチェックを入れてこれから起きることを確認する。記憶が正しければ……“橋”を落とすタイミングはこの時期だ、と月を丸で囲んだ。


 この世界において彼が守るべきハリーは一人だ。全身全霊で守り抜いてくれた彼は……自分を守り切って死んだ。そして、生き永らえさせてくれたというのに守ってもらった命を愚かにも散らした馬鹿が僕だ、とハリエットは拳を握る。
 どういう因果か彼の生きている時代に戻ってきた……このことには意味があるはず。

 きっと、母も彼のしたことを見れば彼の幸せと安寧を願うはずだし、これは自分にできる最大限の恩返しだ。彼が生き残れば……ハリーは死なない。あの時、アジトに乗り込んだ瞬間……思わず動きを止めるなんて馬鹿なことしない。
 母に似た雰囲気をもって生まれたためか、スネイプは優しい夢を見ることができている。きっと、一人を愛し続け、己を消してまで突き進んだ彼を憐れんだ何かが、彼に安らぎを与えるために自分をハリーの双子の片割れにしたのだろう。
 たまたま自分が彼を愛しただけで、彼は自分がハリーだと知れば憎むことはわかっている。今も……風貌で言えばジェームズに似た自分の中の、かすかに香るユリに母を見ているに違いなく、母リリーと果たせなかった愛の続きを自分に投影しているだけで彼は自分を……ハリー=ポッターである自分を愛することはない。
 
 それでもいい、とハリエットは守護霊を呼び出す。知的にも見える蛇はハリエットを案じるように伸ばした手に絡みつき、するすると昇ってくる。彼を想うこの気持ちは揺らぐことはないのだから……大丈夫だ。

 十分彼を苦しめてしまった。この夏彼は……もしかしたら自分の正体に気が付いてしまったのかもしれない。それならば……好都合だ。これ以上優しい彼を苦しめずに済む。あと一度……彼を苦しめてしまうだろうが、それで彼を救うことができる。
 自分が紡いでしまった彼との懸け橋を……根こそぎ断ち切るその一度だけ……優しい彼は騙されたと苦しむだろうがそれだけだ。
 大丈夫。そう自分に言い聞かせるハリエットはスネイプの写真を手に取ると、にこりと微笑んだ。

 戦後の世界にハリー=ポッターの魂は二つもいらない。
 ならばこの余分な魂は、死にゆく別の魂と入れ替わるべきなのだ。
 
 大丈夫、自分ならば……ハリーの憂いとなるものを減らし、先生を助けることができる。だって、かつて闇の帝王を退け、闇払いとして最期はともかく、優秀なオーラだった自分は……できる、と自分を信じている。傲慢でいい。先生の大嫌いな傲慢なジェームズの息子だから。
 迷わなければ何でもできる、とそう信じている。幾度となくスネイプの手を焼かせたハリー=ポッターなのだから。

 ペンシーブを使うごとに決意は固まり、ハリエットの脳裏にあの最期の記憶が何度も繰り返される。もしこの場にハリエットを知る者がいれば彼女の心が無数のひびに覆われ、抱きしめる彼女を突き刺していることに気が付いたかもしれないが、この場にはスネイプの写真しかなく、胸に写真を抱いた彼女をみるすべはない。だが彼女には迷いはなかった。

 夏頃から急に自分は成し遂げられる、という妙な確信めいた思いを抱くようになり、今やそれはゆるぎないものになった。もしかしたら……運命とやらが成し遂げる未来を予言したのかもしれない。ならばそれは好都合だ。

「先生、もう少しだけ……私も夢を見させてください」
 決意は固く、見えた道は確固たるものだが、まだその時ではない。だから、一秒でも長く夢の中から自分を見てほしくて……ハリエットは目を伏せた。がんじがらめに縛りあげた愛の心が運命を受けざるを得なくなるその時まで、彼の眼に残滓でもいいから映させて、とハリエットは手帳をしまうとスネイプの写真を胸に抱いて眠った。






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