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8:いつもと違う9月1日

 時計を確認するハリエットはトランクをもって歩き出すと目くらましを掛けて、まだ生徒のいない城内へと入ってきた。間違いなく登校第一号であることに小さく笑って寮の自室に入る。荷物を置いてしまえばどこか懐かしい気もして……寝台に横たわった。
 尋問会の後、ハリエットはホッグズ・ヘッドにいることに目をしばたたかせ、起きたことに気が付いたらしいアバーフォースの出したシチューを食べた。
 彼はあまりにやつれているハリエットに対し苦言を言い、昼か夜毎日来いと言い放った。突然のことに戸惑うと、空になった更にシチューが追加され……何とか胃に押し込んで家へと帰り……スネイプが来る気配もないことから食欲がないな、と思いながらアバーフォースの言葉を思い出してストールを被ってホッグズ・ヘッドに向かった。

 一瞬わからない風ではあったが、あの、と老婆のような声にあぁと言って奥に通され……ストールを外していいと夕食を置いていった。素直に食べ始めるととても暖かくて、知らず知らず涙を流しながら時折お替り分を持ってくるアバーフォースと会話することもなく、黙って食事をとった。
 お代を出そうとすると、アバーフォースはさっさと帰れと追い出して受け取ってくれない。一度食べ終わったところにおいて置いたら、翌日フクロウでそれが届けられた。
 結局一度もスネイプに会うことはなく、夕食はアバーフォースのところでとり、少し体重も戻って顔色もよくなった。


 ダイアゴン横丁に買い物に行くときはヘンリーの姿で行ったために新しい女性ものの下着は買えなかったが、その代わりにうきうきとした様子で箒を手にしたウィーズリー夫人……モリーとすれ違う。
 その様子にロンは無事監督生になったのだとそっと微笑み、買い物を済ませた。ふと、のちの悪戯専門店が店を構える建物にあった店が、閉店セールをしているのに気が付いた。中を覗けば長年の夢であった海外移住のめどが立ったため、近々この店を売りに出すのだという。
 最近ダイアゴン横丁で商売をしたいというものがいるという噂だったから、きっと買うだろうという声が聞こえて、ヘンリーは嬉しくなって家へと帰った。

 ホグワーツ特急に乗っても今までと違ってドラコはいない。最初だけであとはどこかのコンパートメントに入ることを知ってはいたが、ゴイル達と顔を見合わせるのも、と思っていたところにマクゴナガルが来て、今年はホグズミードからここに来なさいと言われた。
 アンブリッジが心配だったが、新しい闇の魔術に対する防衛術の教員は午後に来ると言われ、ハリエットは頷いた。一応ドラコと……迷った挙句ゴイルとクラッブに9月1日は大叔母様に彼女の弟……祖父のことで話があると呼びだされたため、特別にホグズミードから直接城に向かう、と手紙を出した。
 
 シークはドラコに、ほかは学校の梟を使って送ると、分かったという返事が返ってきた。だから……こうして気兼ねなく寮の部屋で横になっていられる。ため息をついていると、屋敷しもべ妖精であり、ハリエットの乳母でもあるベベが手紙を持ってきた。

「ありがとう。今年もハーマイオニーが何かしたら……すぐに言ってね。彼女も悪気があるわけじゃないんだ」
「えぇ。ただ、ちょっと印象は悪いかもしれないわね」
 受け取ったハリエットの言葉にベベは苦く笑い、それではと消える。ベベが持ってきた以上おかしな手紙ではないが、署名に首を傾げ封を開ける。
『尋問会でのこと、聞いたけど体調は大丈夫かい?こちらはマッドアイにしごかれている。君のくれたチャンスを無駄にはしないよ。いつか来るべき日に備えて。  レトリバー』
 誰からの手紙……そう考えて馴染みのない名前を指でなぞる。レトリバー……狩猟犬……はっと気が付いたハリエットは大事そうに手紙を胸に抱きしめた。自分の行動が無意味ではない証拠。
 大丈夫、今年もやれる、とハリエットは荷物に入っていたペンシーブを取り出した。言葉は覚えた。あとは……騙せるだけの演技力を磨くだけだ。


 やがて廊下に物音が聞こえるようになるとハリエットは魔法薬を飲み、大広間に向かうスリザリン生に加わった。ドラコの姿を探してみるとそれはすぐに見つかり、その隣に行く。

「こんばんは。監督生おめでとう、ドラコ」
 一つ席を開けて座っているドラコの隣に座ると、ドラコはヘンリーをじっと見てから痩せただろうと言う。アバーフォースのおかげもあってだいぶ戻ったものの、一度かなり体重が落ちたことからちょっと体調崩して、と苦く笑う。

「そろそろ薬を減らしてもいいころ合いだろうってことで減らしたんだけど、ちょっと見誤っちゃって。一週間前には起き上がれるまでに回復したから、頑張って食べてみたんだけどやっぱりごまかせないか」
 食欲は戻ったと思うよ、というヘンリーにドラコは何か言おうとして、静粛にという声で口をつぐむ。ほどなくして行われた組み合わせの儀式には、組分け帽子が奇妙な警告を歌う異例の始まりとなった。
 一体何のことだ、というドラコだが、その声には緊張が孕んでいて視線と落とし……ヘンリーの震える手に気が付くとそっと手を重ねた。驚くヘンリーだが、震えが止まったことに気が付き、ありがとうの念を込めて握り返す。

 この一年……。見えない、知らないと椅子にしがみつき、目を塞ぎ続けた馬鹿者のせいで世間は闇に対する防衛策の準備に遅れが生じた。彼を助けるためにはその闇に覆われた世界へ降りていかねばならないというのに、今から怖気づいてどうする、とヘンリーはアンブリッジの顔を見る。新しい闇の魔術に対する防衛術の教員……。彼女の幼児教育のせいでフクロウやイモリで不合格者が出たら、任命したファッジはどうする気だったのだろう。

 彼女は……アズカバンに投獄された後どうなったのか、あまり覚えていない。投獄された新聞を見て、それっきりだ。
 ただ、彼女はきっとマクゴナガルの姓を持つ自分をつけ狙うだろうと予測している。だから……フレッドたちにもう一つ助力をもらわねばならないだろう。ずる休みスナックを使っても害はないか……それが不安だが保険は必要だ。
 つまらない演説が終わり、歩き出す。やっとあのうすのろが消えたと、そう喜々として話す人もいれば、ドラコのように何か考えているものもいる。ハグリッドはこの学校で最もダンブルドアに忠実……と思われている物理的にも大きな存在だ。
 その彼がいないという事を死喰い人らは知っている。だから、知らないのは親から聞いていないのか、そもそも死喰い人ではない生徒なのか。あるいは知っていて誤魔化しているのか……。
 ハグリッドが大きく動き、大きな声を出すことで……彼はほんの少し怪しいことをしていたとしても生徒の目には映らない。あの時、あの瞬間、あの記憶で……最も忠実で最も勇敢な人は彼であると知った。
 ハグリッドと対極的で、ダンブルドアにも手を下せた彼の本当の姿を知った時、彼はもういなかった。






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