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6:立ち込める霧のにおい
ハリー=ポッターがグリモードル・プレイス……ブラック家の家についたという話をモリー以下、アラスターたちから聞いて会議が再開する。ファッジが権力にしがみついていること、魔法省の動き……。様々な報告を聞き、今日は解散というところでずっと聞いていたブラックが待て、と口を開いた。
「いつになったら彼女を……ハリエット=ポッターをここに保護するんだ。ホグワーツも魔法省が嗅ぎまわっているために一人で暮らしていると聞いた。ならここで保護すべきだ!」
イライラした様子のブラックに目を向けると、明らかに敵意を持った目でスネイプをまっすぐ睨みつけている。その様子にスネイプはかかわりあいたくないと黙って無視をした。
その様子にあぁやっぱり知っているのだと考えるルーピンだが彼と彼女の関係を言うわけにはいかない。どうしたものかと考えるとそれに関してはダンブルドアから安全なところに居るだろうと言われていたと声が上がる。そのことについてはいま議論するべきではない、とアラスターが言ったことでスネイプはさっと立ち上がって屋敷を後にする一団と共に邸を出た。
彼女に無事ハリーが移動したというべきだ、と考え……ちりちりとした予感に姿現しをした先で立ち止まる。遠くに見えるのはハリエットのいる家の明かり。煙突から少し見える煙は今頃食事の準備をしているのだろう。突然訪れても彼女は明日食べる分と多めに作っていたから、と快く夕食を準備してくれた。
そんな彼女の好意にスネイプは快く思うのと同時に、拭ってもぬぐい切れない考えが邪魔をして素直に受け取れない。彼女が転生者と呼ばれるもので、それがだれなのか。その答えは……賢者の石の一件で明白な気がした。
クィレルがあの日に襲うことを知っていて、ハリー=ポッターがその命を奪ったことを知る唯一の人物。仮にもその人物が人の命を奪ったことをあの親友以外に話すはずがないだろうというのもわかっている。
そしてシリウス=ブラックの無実をしり、リーマス=ルーピンの正体をあの日暴露されると知っていた人物。推理パズルより簡単な答えに、彼女が自分に向ける好意が信じられなくなってきている、と明かりを見つめた。
彼女は……どういう目的でこちらに近づいてきたのか。彼女は愛している。そう、リリーに良く似た笑顔と、瞳の輝きを持つ彼女を。だけれども……片割れよりも父親に似たまなざしと同じくよく似た風貌。彼女がハリー=ポッターだとしたら……あの行為には何か裏があるのではないか。そう考えてしまってどうしようもない。
安全な場所か否かで聞かれれば、間違いなく危険な場所だ。最低限ダンブルドアが魔法をかけたとはいえ、彼女の居場所が分かれば……あっという間に襲われてしまうことは明白で。それを彼女もわかっているのか、会うたびにやつれているように見えた。
彼女が寝ているときに、部屋の隅に布を被せたペンシーブがあることに気が付いた。彼女は一体“どんな記憶”を見ているのだろうか。一度彼女が眠った後にこの家を訪ねると、彼女はペンシーブを前にして泣いていた。震えながら泣いているその肩を抱きしめたかったが、涙をぬぐい挑む様な気配をもってペンシーブを使う様子にためらい、そっと家を後にした。彼女が、自分のために作ってくれた鍵はそれ以降使っていない。
あの気配が……ハリー=ポッターに似ていて……嫌悪感が湧いたなど、彼女に知られたくはない。彼女とは……愚か者が魔法を使った夜に会いに行き、宥めたのが最後であったし、その前も会っていなかった。半同棲のような生活に浸る自分が信じられなかった。そう思って離れて……気が付けば忙しさに奔走している間に彼女の誕生日をすっかり忘れていた。
彼女は……嘘をついている。そう、セドリック=ディゴリーに関して。彼女はこれほどまでに心配している自分に嘘をついている。自分一人でどうにかできると、そう傲慢とも思えるような考えに、足が止まってしまう。
いや、今はそんなことを考えるべきではない。ハリー=ポッターの現状を知らせ行くべきだ。煙が消えた煙突に足を動かし……勝手にカギを開けるのは気が引けて、扉をノックする。すぐに出てきたのはストールで変装した彼女で、驚いたような顔で……すぐにうれしそうに笑うと中へと通し、ストールを外した。
「今ちょうど食べようと思って……。よかった、今日作りすぎちゃって3日は同じメニューだなって呆れていたところだったんです。すぐ準備するから食べていってください」
ぱたぱたとキッチンに消える彼女を黙って見つめるスネイプはちらりとテーブルに置かれた食事と、最低限の明かりとして照らしていた蝋燭を目に移す。彼女はまた痩せた。それに彼女の食事の量も最後に見た時の半分しかない。
何が彼女を苦しめているのか、それが分からないスネイプは自分用にと盛り付けた皿の量にぐっと眉をしかめた。彼女は……この自分の半分にも満たない量しかよそっていないことに気が付いていないのだろうか。
どこか不快気なスネイプに気が付いたのか、ハリエットはそうだ、というと奥に戻って瓶を片手に戻ってきた。
「レシピ通りに作れたんですけど、見てもらえます?」
姿見がないからちゃんと変われているかわからなくて、と言って薬を煽り赤い髪の青年に姿を変えた。
彼にとって懐かしく愛おしい赤い髪になったことで、スネイプの気配が変わったことにハリエットは内心ほっとして、せっかく夕食食べられると嬉しいはずなのに、今すぐ泣きたい気持ちを閉心術で隠して食べましょうと促した。
胃がキリキリと痛くて、食べ物が喉を通らない。ここ最近残すのが嫌で無理やり食べているが、体重は減る一方だ。彼は……自分の正体に気が付き始めているのだろうか。
閉心術のエキスパートだからわからないが、彼から向けられていた瞳の奥の色が……針を刺すようで、ハリエットは嬉しくてしょうがないはずなのに、自ら棘に刺さりに行くように痛くてしょうがない。
静かな食事はただ食器の音だけが響く。何とか自分の分を食べ終えたハリエットはじっとこちらをうかがうスネイプの視線に心が痛くて……泣き出しそうだった。
ひどく顔色の悪いハリエットはヘンリーの姿でごくわずかしかない量を、これでも限界とばかりの速度で食べていく。嬉しいという感情と……不安と、深い悲しみにこちらまでも苦しくなる。原因はわかっている。すべて自分が……彼女を疑いの眼で見ているせいだ。そして、会いに来ないからだ。いっそ、彼女を手放すべきか、と思うが断じて嫌だと心の奥底に救う愚かな自分が叫ぶ。
彼女を愛しているのだと叫ぶ心と、彼を……年々憎い男に似てきた彼を心底から憎み、唾棄する心が天秤を破壊せんと両方の皿に重くのしかかる。
少しふらついて立ち上がるハリエットに今回は愛している心が軍配を上げ、素早く抱き留める。
「すまない」
この上なく愛している。本当に、愛しているのに。間違うことなく……。抱きしめながら口づけると彼女は嬉しそうにその細い指先で背中にしがみついた。魔法で片づけを済ませて、彼女を抱きしめたままソファーに座る。そのままヘンリーの姿をしたハリエットを座面に押し倒した。
赤い髪を散らし、震える彼女は快楽で瞳をふやかし、甘くもだえる。その姿を見て、やはり自分は彼女を愛していると再実感するスネイプは……心に芽生えた……かつては小さな芽だったそれが濃霧にのまれているのを無視して、彼女を抱きしめた。
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