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5:穴の開いた風船

 ハリエットが出て行ってからハリーは朝晩だけ部屋の外に出ることを許される……そんな生活になっていたがそんなことはどうでもよかった。少女の手でたたかれた頬は一日もすれば何ともなくなったが、未だにひりひりと……彼女の痛みを伝えるような痛みを覚えていた。
 手だってなんだか痛い。人に手を上げたことはないし、上げるつもりもなかったハリーは落ち込んでいた。ファッジとダンブルドアの決別……それとあの大臣の態度。
 リータの記事は今のところないだろうが、あんなでたらめを信じる人もいるのだ。ロンやハーマイオニー……いやこの場合はハーマイオニーだ。彼女だってちゃんと家があるというのにロンと一緒という事はほぼ実家に帰っていないことになる。隠れ穴にいるだろうか。シリウスはどこにいるだろう。

 泣いているハリエットは後悔に押しつぶされていた。何がそれほど彼女にのしかかっているのだろうか。頬、痛かっただろうな、と天井を見上げた。手なんて上げるつもりはなくて。でも結果的にハリエットの頬は赤くなっていて。これも全部みんなが教えてくれないからだ、と苛立つも、ハリエットの言葉や涙が頭をよぎり、その苛立ちも長く続かない。

「スネイプとの関係で……なにかあったのかな」
 自分の父親を傲慢だなんて、そう言い放つハリエットにショックを覚えているのも事実だ。そしてそんなことをいうのはスネイプだけ。彼女もそうやって言われたことがあるのだろうか。
 だとしたらなんてひどい奴なのだろうか。イラっとして……ハリエットの顔が浮かんでため息をつく。確か……ハリエットは4学年が終わる時何か言いかけていなかっただろうか。

“先生のことはわかっている。わかっていて、私は先生が好きになった。ドラコのこととかいろいろ心配だろうけれども、わかっているんだ。先生との時間も……”
 先生との時間も、に続く言葉は何だったのだろうか。もう限られているのだとか、そういう悲観的なものだったのか。今自分の知らないところで何が起きているのか。
 ハリエットは本当に大丈夫なのか。そういえば彼女はどうやってここまで来たのだろう。誰かに姿くらましで連れてきてもらったのだろうか。

 もしも……彼女は姿くらましを使えるのであれば……。本当にセドリックを助けることができなかった、というだろうか……。いや、でもあの場にくるのは不可能に違いない。ハリエットがあそこにいたらヴォルデモートは気が付いていたはずだ。
 だけれども……ヴォルデモートの杖からは彼は出てこなかった。単純にあれはピーターの杖であってヴォルデモートの杖じゃなかったから……という事になるか。
 ロンやハーマイオニー、その他大人にたくさん言いたいことはある。けど、怒りを維持するにもまるで穴が開いた風船のように、うまく膨らむことができずにいた。

 はっと、そこでハリーは飛び起きた。耳元で嫌な血潮の音を聞き、汗が流れる。まさか、ハリエットはこのことを見越して、わざと自分を煽り怒りを発散させたのではないか。あの静かに淡々とした口調に苛立ってしまったが、それも彼女の策略なのであれば。彼女はわざと自分をはたかせたのか。そう思うとなんだか彼女の思うつぼになった気がして、それはそれで怒りがふつふつとわいてくる。

 ただ、きっと我慢の限界が来たらしい風にも見えたハリエットは……本気で泣いていた。なぜみんな教えてくれなのか。もしかしたら本当に理由があって話せないのであれば。ヘドウィグにも謝って、ロンたちにも謝らないと。
 ハリエットに謝ることができるのはいつになるか……。落ち込むハリーはため息をついてそのまま数日が無意味に過ぎていくのを横目で見ていた。


 その後、自分を迎えに来た本物のムーディとルーピン、そして不思議な女性トンクスら数人と共に護衛されながら箒に乗り。ブラック家の邸へとたどり着いた。凍えながら中へと入ればそのままハーマイオニー達のいる部屋に案内され、ハリーは思い出したように怒りが再燃焼し……心配そうな二人を見る。
 二人の話……特にハーマイオニーの話ではダンブルドアによって連絡を止められていたのだという。ハリーがバカなことをしていないか、と心配でおかしくなりそうだった、と聞いてハリーは僅かな怒りを覚えつつ二人の話を聞く。
 まくしたてるように話すハーマイオニーとロンだったが、ハリーが予想していたほどに起こっていないことに徐々に声のトーンを落としていく。

「何かあったの?ハリー」
 あまりにも予想に反したハリーに、逆に心配になるハーマイオニーは恐る恐る尋ねる。実は、とハリーは吸魂鬼に襲われた時の話と、そのあとのハリエットとのやり取りを話し出す。お互いに感情的になって叩きあったというところで、ロンはまぁわかると頷き、ハーマイオニーはハリーに憤慨している。
 僕もどうしてあんなことになったのかわからないんだ、とハリーはため息をつきつつ自らの手のひらを見つめる。

「今の状況に怒っても……ハリエットが泣きながら怒っていたこと思い出すとどうしても風船に穴が開いたみたいになってしまうんだ」
 この状況に対する怒りを持続できない、というハリーにどうしてこれほどまで癇癪を起していないのかわかったハーマイオニーは親友の顔を思い浮かべた。ハリーと同じ顔だが、時折見せる憂い顔は彼とは違う。
 彼女がなんて言ったかはハリーはぼかしていたため詳しくわからないが、彼女はどんどん追い詰められている気がしてハーマイオニーは心配で仕方がない。
 ふと、最後の手紙のやり取りを思い出し、ハーマイオニーは彼女大丈夫かしら、とつぶやいた。どういうこと?と眉を上げるハリーに実は、とハーマイオニーは気になっていたことを言う。

「詳しくはわからなかったことなのだけれども、最近の魔法省の動きで、やっとわかったことがあるわ。今ホグワーツに魔法省が介入しているらしいのよ。だから夏が始まって少ししてから彼女、城にはいられないって。だから今一人で暮らしているそうなのよね。その時はどれだけ大変なことになっているか、意識が薄かったのもあって、彼女と約束していた誕生日プレゼントを先に渡したのだけれども……」

 彼女、ちゃんと休めているか心配で、というハーマイオニーにハリーは驚き、目をしばたたかせた。闇の勢力に狙われているハリエットが城の外で一人で暮らしている。そのことに衝撃を受け、彼女の顔を思い浮かべた。

「え、ハリーの双子のハリエットってホグワーツに住んでいたのかい?」
 話についていけないロンの言葉にハリーはうん、と頷く。
「ハリエットを守るために幼いころからホグワーツの一室にいたみたいなんだ。未来が見えるらしくて……。現にハリエットが知らないことも彼女はよく知っているんだ」
 ロンは態度に出やすいから、ヘンリーであることは言わないで、と夏休みが始まる直前に念を押すような手紙が来た。思わず苦笑いをして……正体を知るハーマイオニーにもそのことを伝えてある。
 それに、ロンはヘンリーが嫌いらしく、ますます不安だった、というのもある。

「彼女、状況が状況だからあまり人とかかわらないように偽名で学校に通っていて……。心配したマクゴナガル先生が紹介してくれたのよ。もちろん、他言は一切禁止という約束で。なによロン、あなたを仲間はずれにしたわけじゃなくて、ハリーは兄弟だし、私は同姓だから、ということよ」
 仕方ないじゃない、というハーマイオニーにロンは仲間外れなんてと憤慨し……ハリーを見てわかったよ、という。気持ちわかったかい?というハリーににやりと笑う。

 そこにフレッドとジョージが姿現しで来て、大事な会議が行われているという話をする。

「スネイプも来ているぜ」
 そういうフレッドはどこかにやついて、ハリーは顔をしかめる。会議の内容を聞くために、「伸び耳」という悪戯グッズを使っていたが、ジニーによればウィーズリー夫人によって対策済みだという。
 それと、パーシーが家族ともめた挙句、魔法省と新聞を信じて出ていったという。

「ひどい言い合いだったぜ。ダンブルドアと父さんは落ちるところまで落ちたとか……。ハリー、君の名前も出ていたかな。それと、ハリエットの名前も」
 本当にひどい話だ、というジョージにハリーは顔をしかめ、僕だけじゃなくてハリエットも?と問いかける。

「なんて言ったかな。予見者なんてとか……そういう話だ」
 口を濁すフレッドにハリーは怒りを覚え、拳を握る。彼女の見ている未来は嘘でも何でもなく残酷なまでに正確な未来だ。彼女はそのために苦しんでいるというのに……。魔法省もいったいなにをかんがえているのか。神秘部はどうして反論しないのか。考えることはたくさんだ。
 それにしてもなぜ彼女はここにいないのか。一人で暮らすぐらいなら……ここに居ればいいのになぜいないのだろう。新聞についてはハリエットの言う通りで……彼女はどこまで知っているのだろう。

「そろそろ腹ペコだ」
 そういうロンに頷いて部屋を出るとちょうど会議が終わったのか、予想より多くの人が奥から出てきた。先ほどハリーを連れてくるのに助けてくれた魔法使いや魔女、それに黒髪の大嫌いな男……スネイプがいた。
 ハリーにとってもっとも会いたくない人物ではあるが、同時に連絡手段がない片割れの情報を握っているはずの人物でもある。彼女に謝る言葉を託すのもしゃくで、迷っているとその姿は玄関に消えてしまった。







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