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4:ガス抜き

 入るよ、と中に入れば苛立っている様子のハリーがいて、かつての自分のしりぬぐい、と心に唱えて久しぶりと声をかける。今ここで爆発させれば……少なくともロンやハーマイオニーに怒鳴ることも……なくなればいいな、と座る場所もないので勝手に寝台に腰を下ろす。

「それで」
 相当怒っている様子に何を問われているかわからない、という風に肩をすくめて見せる。

「どういう事なんだよ!どうしてあんなところに吸魂鬼がいて、魔法省からは手紙が来るし、誰もみんな連絡をくれない!シリウスだって簡潔な手紙だけで、ロンやハーマイオニーも一緒にいるのになんで僕はここにいるんだ!!」
 怒鳴るハリーにハリエットは扉を閉めた時に防音してよかった、と目を閉じる。聞き流す姿勢のハリエットにさらに怒るハリーはすぐ前につとどういう事なんだ、と繰り返した。

「新聞、一面にヴォルデモートが出ると思った?」
 ハリーの声で耳が痛い、と眉をしかめるハリエットの言葉にそりゃそうだ、とハリーはいい放つ。

「ハリー、君って本当に……いいや。これを言うと先生に鼓膜直す薬作ってもらわないといけないだろうから」
 ため息をつくハリエットにハリーはばしん、と手に持った羽ペンを机に叩きつける。ガス抜き、ガス抜き、と心で唱えるハリエットは何も見てないんだ、と鼻先で嗤う。

「ファッジとダンブルドアの決別を見てもわからないの?ファッジは……ヴォルデモート復活を認めるわけがない。そして、復活を主張するのは君とダンブルドアだけ。クラウチJr.の口は封じられ、ルシウスもマクネアも真実は語らない」
 よく考えてみて、というハリエットに僕は見たんだ、とハリーは言う。

「えぇ、14歳の……15歳で出場資格もないのに違法な方法でゴブレットをだまし、選手に選抜された、目立ちたがりの少年。そんな子供の戯言に耳を傾ける赤の他人がいると思っているの?」
 ハリエットは淡々と今世間でどうなっているのかとハリーに伝える。それでも僕は見たんだ!それに目立ちたがりなんかじゃない!と怒るハリーにそれが今のハリーとダンブルドアの世間の認識、とあくまでも冷静に伝える。

「なんだよそれ……」
「新聞全体にそういった言葉が散りばめられている。もう君は、君を知るウィーズリー家や昔からの支持者、リーマス達以外からは虚像で塗り固められた姿しか見られていない。それに、忘れたの?ハリー。かつてドビーが手紙を奪っていたことを。同じことを闇の勢力がしないと、どうして言い切れる?」

 怒りを通り越し、呆然とした風に問うハリーにハリエットはただ静かに述べていく。闇払いの研修の一環を思い出せ、とふつふつとした怒りを抑えて、怒り狂った相手を沈めるよう口調を変えずに続ける。

「ロンとハーマイオニーが自由だって?この状況でそんなことを言うだなんて、君は本当に気楽な奴だ」
 まだ、まだ……二人に怒鳴り散らしたあの苛立ちはハリーの中にある、とハリエットは更に煽る。予想した通り、君に言われたくない、とハリーは怒り、母によく似た目を怒りに燃え上がらせた。
 この目で怒鳴られるスネイプはどんな気持ちだったのだろうか。この目で睨む姿は……かつて仲たがいした日を彷彿とさせてはいないだろうか。
 本当に自分は何もわかっていなかったんだ、とハリエットはため息を飲み込んだ。


「私が気楽だって?ピーターを逃がさなければならなかったことも、ヴォルデモートが蘇ることもずっと一人で抱えていた私が?変えることのできない未来を静観しなければならない、それが気楽だっていうのなら、自分が渦中にないからと当たり散らす、君は本当に傲慢だ。スネイプ先生が父親に似て傲慢だという意味がよくわかるよ。君は父さんと同じ傲慢っ」

 ヴォルデモートの復活をなぜ信じないのだ、なぜ誰も連絡をくれないんだ、なんで渦中の自分は放っておかれるのか。ちょっとは考えて、とハリエットは語気を少し荒げてじっとハリーを見据え……叩かれた頬を抑える。
 怒り心頭のハリーだったが、手に残る痛みと赤くなったハリエットの頬にごめん、そういうつもりじゃ、と言いかけて防音の魔法越しにも聞こえたのではないかと思うほど大きな音に思わずしりもちをついた。

「そうやって、周りを傷つける。君の為に何人の人の命がかかっているのか、気づきもしない!ぜんぶ、全部失った後に気が付いてももう遅いんだ!君に情報が回ってこない?当たり前だよ!君は渦中であって、嵐の中に居ては困るんだから。君が……ハリーが軽率な行動をしなければダドリーは襲われなかった!何が英雄だ。結局は自分が渦中に居なければ満足しない、大バカ者だ!!!」
 シリウスは……自分のせいで死んだ。セドリックにトロフィーを一緒に取ろうなんて言わなければ。自分が憎い憎いと睨みつけていた相手はずっと守ってくれていたのに。自分を守ろうとしてムーディは。ヴォルデモートの名を呼んで捕まらなければドビーは。
 みんな、みんな……自分ができると、自分ならできるとそう思っていたおかげで。ロンとハーマイオニーを何度危ない目に合わせたことか。プリンスの本で成績が上がったのに自分はできるんだと驕って、ドラコをセクタムセンプラで傷つけた。
 もう一度ハリーの頬をはたくと華奢な手はどこか痛めたのか、変な痛みを放っている。でも今はそんな事関係ない。ハリーの行動は黙ってみていなければならない、という事はわかっている。わかっているが……。

 自分の正体がハリーだと分かればスネイプはきっと離れる。こんなにジェームズに似た自分を彼は愛さない。

「ハリエット」
「自分の周りのこと、客観的に考えて。あなたは二度ヴォルデモートを退けたかもしれない。けど、最初はお母さんの愛によって、そして2回目はその杖と、父さんたち被害者の影と……君の勇気だ。そしてそのいずれも……まともな目撃者はいないんだ」
 濡れた顔を煩わしそうに拭うハリエットは帰る、と一言残すとハリーの声を振り切って部屋を出た。
 
 そのまま玄関を抜けようとしたところで待ちなさい、というペチュニアの声に立ち止まった。

「……妹からあなたへ渡してほしいものがあると、預かっていたものがあるわ。魔法界が大変なことになっているから、持っていてほしいと。ただ、今は渡すべきではない、と私は思っている。あと数年、という話が本当であれば、必ず取りに来なさい」
 キッチンは暗く、表情は見えない。一体何を残したのか、見当もつかないハリエットはわかりました、と頷く。そのまま玄関を出ると何度も姿くらましを行い、ホグズミードの家へと戻ってきた。

 玄関先にいる影に気が付くと、ハリエットは駆け出してそれに飛びついた。ごめんなさい、ごめんなさい、とすがりながら謝るハリエットの頭を撫で、シレンシオ、と唱える。声を消されたことに気が付かないハリエットは一番謝らなくてはならない相手に、スネイプに向かって謝り続ける。

 彼の人生は僕のせいで。予言を聞かなければ、予言の子供が自分でなければ。
 なぜ自分は生まれ戻ったのか。ハリーだった時よりはるかに弱い心をもって、どうして戻ってきてしまったのか。鼻先をかすめるような香りがして、ハリエットは深い眠りへと落ちていく。魔法薬をしまうスネイプは苦悶の表情のまま眠ったハリエットをじっと見つめた。
 スネイプは戸を開けると、ハリエットを寝室まで運んでいく。うなされている風のハリエットは何かを言っているようだが、スネイプは口元を隠そうとして……腫れた頬に手を添える。
 ハリーに対し苛立つスネイプはハリエットの手を取り、よほど強い力で叩いたとみられる手の怪我にこの双子は何をしているんだ、と髪を撫で、傷一つない額に口付けを落とした。







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