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2:新たな予言
すぅすぅと眠るハリエットの剥き出しの肩を抱きよせ、枕に散った髪を整えるように撫でるスネイプはその寝顔をじっと見つめていた。夕食はまだ慣れてないからと言っていたがそれでも一生懸命作るその背中が愛おしくて、出来上がるまでの間じっと見続けていた。
もともと食に関しては無頓着である、と自覚のあるスネイプは突飛なものでなければ残すことはない。ただ機械的に摂取し、味もメニューも気にしない。ハリエットの作った料理はお世辞にもきれいな見た目ではない。
ところどころ焦げていたり、崩れていたり……。それでも作ったのがハリエットだからなのか、それとも魔法薬では好成績な彼女だからレシピ通り作れているのか。彼女が用意したものすべて食べきったにもかかわらず、また食べたいと次を期待してしまうほど“おいしかった”。
そのあとは一緒にシャワータイムをしてそのまま寝室で愛し合った。甘い声を上げ必死にスネイプを求めるハリエットは愛らしく、つい夢中になって彼女を抱いた。その結果が無防備に眠るハリエットだ。
彼女の鎖骨に見える黒い花は2輪になっていて、少しスズランらしい形になっている。
「9つ……」
それがどういう意味なのか、先日トレローニーのところで聞いた言葉が頭によぎる。夏休み前に図書館に本来あるべき本を返却し、ピンスの大きなため息を聞いた後……夏休みに入ってから塔の最上階を訪ねた。
例によってシェリー酒を持っていくと、勝手に返却したことに対してはあぁ忘れていましたわと言って誤魔化し、帰ろうとするスネイプを引き留めた。
「曾祖母の妹が記録したという、過去の予見者の記録が見つかりましたので、こちらもどうぞ。その方は占いの神秘の力が弱いという事でしたので、こういった記録をよくつけていたそうなの。写しがどこかに寄贈されていると聞きましたが、これは原本になるものです」
古めかしい羊皮紙の束には予見者達の記録がかかれているという。彼女を守るヒントでもあれば、とそれを受け取った。
部屋を満たす得体のしれない匂いに辟易して、ではこれでと背を向けた途端、シェリー酒の為に用意したグラスが滑り落ち、ぱりんと音を立てた。何が起きたのか、そう思いスネイプは足を止め、振り返るとそこにいたのはだらりとした様子で椅子に座り、ぶるぶると体を震わせるトレローニーの姿があった。
どうしたのかと一歩踏み出したところでぎょろぎょろと動く目をそのままに口が動き出す。
「偽りと真の愛を胸に抱くもの、自身の眼を覆う深き霧を己の罪と知らず、忘却に消えゆく星に消えぬ傷を刻む。写し鏡の星は過去の未来を胸に、エネアの願いを、真の夢を対価にデカの瞬きに変え、満願成就とともに煉獄の地にて枯れ果てる。彼の想い人の言葉だけが青き宝珠に取り残された魂より星の輝きを呼び戻す。冷たい水底に沈む聖なる炎がその道しるべ。だが、真の愛なくして星は光り輝かず、永久の別離を残すだろう。傲慢かつ哀れな呪われし星の魂。それを救うのは、偽りな……き、魂……言葉。忘れ……る、な。霧は己が……星を包み……。鳥の……鎮魂歌……白と黒の番人……卵を……チャンスは一度……満月の……泉」
がくりと力尽きるように動かなくなったトレローニーはうーっと唸ると顔を上げ、あらやだ転寝したのかしら、と顔を上げた。
「まだ何か?」
立ち尽くすスネイプに何があったのか、という顔で問いかけ、何もと立ち去るスネイプの後ろでグラスを直し、もらったシェリー酒に舌鼓をうつ。
縄梯子を降り、私室に戻るスネイプは先ほど聞いたことを思い返していた。あれはいったい何だったのだろうか。かつて……ヴォルデモートとハリーについて聞いた際もあのような声だったはず。
ということはあの時いたのはあのトレローニーであり、今回もかつてのように予言をしていたのか。だから彼女は普段があれでも、教員として採用されたのか。
あの時ダンブルドアが聞いていたはずで本人ではない。ならば今回も同様に誰かと……ハリエットについての予言なのだろうか。それとも……全く別の人なのか。いや、これはハリエットに違いないと断固とした確信を持つ。
エネア……9を意味する言葉だ。それではハリエットに許されている違反は9回までなのか。だがそれならデカ……10とは。それに真の夢を対価とはどういうことだ。
予言はあくまで予言だ。だから……その前の忘却に消えゆく星に消えぬ傷、これさえなければ彼女という事は確定しないはず。大体この予言ではその想い人である人が彼女を傷つけるという事になる。
彼女を忘れることなどないというのに、こんなのバカげている。彼女の想い人が本当に自分ならばお門違いだ。なぜならば彼女を愛しているのだから。嘘偽りなく……彼女を愛している。
心に生まれた疑念と不安を抱え、スネイプはダブルスパイとしてもぐりこむ。あの予言は何だったのか。考えようとする頭を必死に抑え、目の前の闇の陣営に集中していった。
無意識に彼女の髪を梳いていたスネイプは先生?という小さな声で現実に引き戻された。まだ15歳だというのに色香を匂わす彼女はスネイプの頬を両手で包むと静かに唇を重ねる。
ついばむ様な口づけにスネイプも黙って答える。視線を交わえ、覆いかぶさると部屋の空気は艶やかなものになり、スネイプはトレローニーの言葉から目をそらした。
甘い声を上げるハリエットを抱きしめ、離すまいと寝台に押し付ける。この戦いが終わったあと……彼女に贈った原石で指輪を。
だがそんな未来は来るはずはない。ダブルスパイをしている以上、彼女とは別れるべきなのだ。だから、彼女との未来は……ありえない。だからやはりあの予言の相手は別の人間だ。
彼女がこうして縋り付く相手が自分ではない未来を思い浮かべたスネイプは、嫌だと心のうちで叫ぶ。余韻に浸っていたハリエットは突然の嫉妬の炎に翻弄され、訳も分からずその炎をその身に受ける。
彼女を手放すべきだ、だが誰かの手に渡るのは看過できない。
彼女を解放すべきだ、だが視界から彼女が消えるのは容認できない。
彼女を自由にすべきだ、だが彼女が他人に甘く囁き笑顔を見せるのは我慢できない。
こんな男から逃げてくれ(逃げないでくれ)
こんな大人から離れてくれ(そばにいてほしい)
こんな闇から目をそらしてくれ(その瞳で見続けてくれ)
愛しているんだ。
くたりと意識を飛ばしたハリエットを抱きしめ、相反する心が不快な音を立てる。彼女が緩く握る手がなければすぐさま離れなければならない、と愛すれば愛するほどに危険な感情があることを自覚するスネイプは彼女を胸に抱きしめた。
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