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ムスカリで紡ぐ不器用な花冠

5学年編


1:木漏れ日の時間

 ぱっと飛び散る赤い生命の証拠。消えていく瞳の輝き。嫌だ、やめてとつぶやく声は今かそれとも前の自分の声か。目を覚ましたハリエットは少し広い部屋の中、ごしごしと目元を拭った。
 部屋の中でちらちらと明かりが見えるのは夏休み始まってすぐにダンブルドアから贈られた、校長が所有している物よりは小ぶりなペンシーブからあふれる光だ。
 正確な記憶のため、ハリエットはあの日の記憶を映し入れた。あの時は突然のことに驚き、そして戸惑い……呆然としているだけだった。けれど今はそうじゃなかった。記憶の中だというのに膝から崩れ、涙が止まらず叫んでいた。
 
「なんでこんなに弱くなったんだろう」
 わからない、とハリエットは少しなじんできた様子で階段を降り、小さなキッチンで紅茶を入れる。青い鳥が飛びまわるカップを傾けながら部屋を見回すと、初めて見た時に置いてあった家具を覆う布はどこにも見えない。

 魔法省が学校に関しても干渉してきたのは夏休みに入って間もなく。そのために隠れて暮らすハリエットがいては問題になる、とハリエットはダンブルドアやマクゴナガルとの話し合いが行われた。
 ハリエットとしても知っていたためにどこに身を寄せようという話になり、マクゴナガルがここを使いなさいと、あのホグズミードに残されていた家を提案されたのだ。マクゴナガルが城内に居を構えていたことは周知であったため、ハリエットはその家で一人暮らすこととなり、一人静かな家はハリエットにとって好都合だった。ペンシーブを使う姿を見られるのは、あまりよろしくない。

「何作ろうかな」
 ホグズミードで定住する人はあまり変動がない。当初はどうしたものかと考え、わざわざ村に面していない中庭から目くらましを使ってそっと出かけ、姿くらましで街に出かけてヘンリーの姿で日用品を調達していた。
 が、それはそれで大変だった。かつて……一人で暮らしていた時も記者に追われてそんな生活をした記憶がうっすらと合っただけにうんざりした気分になっていたのだ。

 ヘンリー宛として届いた荷物に驚き、落ちてきたエロールを抱き留めて3日間かけて介抱してあげたのはそんな生活が一週間ほど続いたころ。少し早い誕生日だけど、というメッセージと共に届いたのはストールで、ハリーから頼まれたとジョージとフレッドの筆跡で書かれていた。

『材料をちょっと拝借するときに、スネイプの部屋で足止めして貰えて本当に助かった!おかげでわれわれの研究はずいぶんと進んだ』
『これはハリーから頼まれた、身に着けるだけで姿を変えられる変身グッズだ。用途とかいろいろ考えないといけないから非売品かお得意さん用になるだろうけど、使ってみてほしい』

 ハリーに地図を渡す前に確認していただろう二人の言葉に、ハリエットは顔を赤くして羊皮紙に顔をうずめた。何をしていたのか……あえて書いてなかっただろう二人に複雑な思いを抱き……ストールを巻いてみた。鏡に映っていたハリエットは50代くらいで、すすけたような髪に白髪が目立つ鼻の高いおばあさんに変わっていた。


 ハリエットはうーん、と唸った後材料を買いに行こうとストールを手に取り、マグルの服装で戸口から出る。出る前に鏡でチェックした通り、どこからどう見てもおばあさんな姿に頷き、村のはずれで姿くらましを行う。
 ハリエットが一人で暮らすこととなった時、ハーマイオニーにはシークを使って知らせていた。彼女がブラック家に行く前に送らなければ手紙が届くこともないかもしれない、とそう思って飛ばすと、ほどなくしてシークは荷物を持って戻ってきた。

 彼女の手紙にも少し早いけれども、というメッセージと共にハリエットが欲しいと言っていたレシピ本が入っていた。その中には何度か食べたこともある料理も書いてあって、ハリエットは暇さえあればそれを眺めていた。
 伝統的な料理という言葉に先生も食べたことあるかな、と胸を躍らせ、何が好きかなと何度も練習をする。最初は焦がしたし、その次は半分生で……。だけどそのあとはなかなかにおいしくできた。少しずつ上達してきた気がして、材料選びもだんだん楽しくなってきた。

 練習の為にと少し多めに買った材料を手に、忙しくてずっと会えていないスネイプを思い浮かべる。いつか……先生に食べてもらえたらうれしいな、とその光景を思い浮かべて少し足取りも軽く家路につく。
 少し離れたところにある家に向かう途中、転がり落ちたジャガイモにため息をついて浮かせようとして袋からさらにぼろぼろと落ちてしまう。
 あぁもう、せっかくの幸せ気分が、とむっとするハリエットは浮かせようとしたところで、落としたジャガイモが袋に戻ったことに目をしばたたかせた。そのまま紙袋ごとい浮いて驚くハリエットだが、黒いローブを視界に入れて、思わず顔をほころばせる。

「手伝いましょう、ご婦人」
 そういって歩きだすスネイプはきちんとハリエットと認識しているようで、迷わずマクゴナガルがかつて住んでいた家へと向かう。それに寄り添うように歩くハリエットはありがとうございます、とそういってスネイプを家へと招き入れた。

 家に入るなりストールを外すハリエットはどうしてわかったんですか?とパントリーに紙袋を入れるスネイプに問いかける。もう一度ストールを被ってみるが、目の色だってちょっと青く見えるし、鼻だってスネイプのような鷲鼻に近い。

「浮足立った様子で危なっかし気に歩く姿……何より、私が君を間違えるわけがないだろう」
 もう少し年相応に見えるよう努力したまえ、とストールを再び外したハリエットを抱きしめる。少々浮かれていた自覚のあるハリエットは頬を赤く染め、気を付けますと頷いた。

「あ、そうだ!あ……先生はこの後どうするんですか?」
 どこかうきうきとした様子のハリエットはスネイプに問おうとして、何かに気が付いたのか少し抑えた様子で尋ねる。この子は本当に自分の言葉を飲み込みすぎだ、と額に口付け軽く唇を合わせる。

「今ホグワーツには魔法省のものが来ている。ミネルバからハリエットの様子を見てきてほしいと頼まれたのだ。それに、もう二週間も君の顔を見ていない」
 だから自宅に帰る前に来た、というスネイプにハリエットは会いたかったとその広い背にしがみつき、少し離れた唇に自分から触れに行く。

「まだ練習中なんですけど……夕食たべますか?」
 おいしく作れる自信はないけれど、とスネイプの胸元に顔をうずめるハリエットは耳まで赤くしながら問いかける。それでは頂こう、というスネイプに顔を赤くし、頑張ります、と返した。
 どこか疲れた様子にスネイプを座らせ、紅茶を入れるとスネイプの眼がハリエットのカップに向けられる。

「それが片割れのカップかね?」
 ホグワーツの自室にあるカップとペアになった青い鳥のカップ。スネイプの隣に腰を下ろしながらうなずくハリエットはいつもと逆ですね、と笑う。スネイプに今出したカップは元々この家にあったものだ。
 マクゴナガルはこの家が再び住める状態にするため、ハリエットともにやってきたその日、マクゴナガルがハリエットに言ったのだ。
 家は人が住んでこそ家になる。
 だから、この家はハリエットに渡しましょうと。時々帰ってくるが、ハリエットの自由にしていいと言われて、慌てたのは夏の初めごろだ。もともと考えていたという。
 いつか城から出るとき、ハリエットは隠された子供だったから簡単に部屋が見つからないかもしれない、とそう危惧したときにこの家が浮かんだのだと。あなたは私の娘なのだから遠慮することはないとそういってハリエットにこの家のことを任せた。

 マクゴナガルと夫であった人との思い出の品はもともとホグワーツに持ってきているのと、一室マクゴナガルの部屋としたベッドルームに保管されている。時々埃が積もらないようハリエットは魔法で掃除し、日記などには手を付けていない。
 ハリエットの荷物は主に衣服類で、学校生活中に必要になった時のことを考え、日記類は今まで通り置いてきた。そのほかにもいくつか持ってきてはいるが、完全な引っ越しは済ませていない。7学年の時を考えれば少し危険な気がした。


「一人で生活するの初めてで、なんだか少し寂しかったから、今日は先生が来てくれてよかった」
 とても静かだから、というハリエットをスネイプはカップを置いて抱き寄せる。ハリエットの体はまた少し軽くなった、とスネイプはその薄い体を折ってしまいそうな気がして、慎重に抱きしめる。

「最近ちょっと夢見が悪くて。でも久々に先生の顔を見られたから多分今日はいい夢が見られると思います」
 抱きよせて少し寄った眉間のしわに、ハリエットは困ったように小さく笑ってスネイプの首に顔をうずめるようにする。本当はきっと今日も悪夢を見るだろうという事はわかっていた。
 だけれども、それから目をそらしてはいけないのだ。悪夢だからと目をそらしては……覚えることができない。あの時の記憶は一挙一動刻みつけなくては。

「先生」
 本当は一日くらい泊まってほしい。そこにいるスネイプが生きている証として。でもダブルスパイで神経をすり減らすような生活をしているスネイプを引き留めてはいけない。だからこそ、飲み込む言葉は出さずにいた手紙と同じ分だけたまって消えていく。

「最近忙しすぎた。帰ってから雑務をこなすのはいささか煩わしさもある」
 何を飲み込んだのか、察したスネイプが声をかけると、ハリエットは顔を上げて何か言おうとしてやっぱりそれを無理にでも飲み込もうとする。
 この先、彼女はもっと苦しい立場になるだろう。飲み込んだ言葉がやがて彼女の中で膨らみ、息をするのも辛くなるのが目に見えるようで、スネイプはハリエットの髪を梳き、そのまま背中を指先で撫で、スカート越しのお尻に手を置く。
 顔を赤くするハリエットはまだ少し迷うそぶりを見せつつ、じっと見つめる黒い瞳を見返した。

「もし先生がその……よければ……泊まっていきます?」
 だんだんと消え入りそうなほど小さな声になりつつ、問いかけるハリエットにそうさせてもらえると助かる、と言って唇を重ねた。飲み込んだ言葉を一つそこから吸い出し、舌を絡めてほかにはないかと探る。
 高揚とした顔でとろりとした目を向けるハリエットにスネイプは今すぐ抱きたい衝動を何とか理性でねじ伏せた。

「このまま君を味わいたいが……夕食をふるまってもらえるという事なので、ここで我慢しておこう」
 今すぐ彼女を余すことなく食べてしまいたい。その気持ちを彼女の手首に口づけることで抑え、解放させる。顔だけでなく耳の先も首もみんな赤くしたハリエットは、ぱっと立ち上がるとあわただしくキッチンへと消えていった。






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