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54:父と母
セドリックの死にハリーは顔色を失い、ヴォルデモートの復活にぎりっと奥歯をかみしめた。ハリエットの見る未来にこの光景はあったのだろうか。彼女はセドリックの死を……傍観したのだろうか。招集された死喰い人の中に彼女の想い人がいないことにほっと息を吐き、ヴォルデモートを睨みつける。
銀色の手袋をはめたようなピーターにそうか、と死喰い人らを前にするヴォルデモートを見て合点する。ハリエットの言っていた、変えてはならない未来……このためにピーターは逃がされたのだ。彼女はこの復活のことを知っている。それもきっとずいぶん前に。この恐ろしいことを誰にも話せず、変えたいを思うのを必死でこらえるのは並大抵のことではないはずだ。
ヴォルデモートに磔の呪文を掛けられ、絶叫するハリーははにかむように笑う片割れを思い出す。彼女の心の痛みに比べたら……。
かつて死喰い人だったというスネイプはきっと無関係ではいられない。そのことも彼女は知っていて……。はせ参じたルシウスにハリーは怒りがこみ上げる。息子の学友と、ヒッポグリフから守ってくれたといっていた男は……。この一年、彼女はどれほどの葛藤を抱いていたのか。
ルシウスはあのワールドカップの際はあの一団に参加していなかったらしく、いさなめる立場だったとヴォルデモートは言う。
「我が君。私はことを大きくし、無駄に奴らを警戒させてはならぬと、そう判断いたしました」
それでもあの印を見て逃げた一人であることは変わらぬ、というヴォルデモートの言葉に言葉を詰まらせる。クラッブとゴイルの父親もいて……バックビークを処刑しようとした役人までいることにハリーは心の奥を震わせた。
「この小僧の片割れ……ハリエットとか言ったな。未来を見る力があるとは何とも興味深い。手足を封じ、絶望を与えればどのような未来を見るのか……面白いとは思わないか」
くつくつと嗤うヴォルデモートにハリーは静かに怒りを燃やす。彼女を苦しめるその能力でもっても奴はもてあそぼうというのだ。華奢な彼女が苦しめられる光景はあってはならないんだ、と瞳の力を強くする。
決闘だ、というヴォルデモートの指示で解放されたハリーだが、迷路でおった傷が原因で足元がぐらつく。だけれども負ければハリエットが危ない、と奮い立たせ杖を握り締めた。
だが武装解除呪文くらいしか思いつかない。失神呪文を当てられればいいが、そんな簡単なはずがない。クルーシオをまるでルーモスぐらいの気安さで使うヴォルデモートに足が震える。インペリアを自力で破り、次の呪文をなんとか身をひるがえして回避する。ここで負けるわけにはいかない、そう自分を奮い立たせて隠れていた墓石の影から飛び出ると呪文を放った。
ヴォルデモートの死の呪いとほぼ同時に放った武装解除呪文はぶつかり、繋がって光の檻を作り出す。どういう作用か、少し離れた開けた場所に飛ばされてしまったが、ヴォルデモートの指示で死喰い人らは手を出せない。
杖をつなぐ光の球を必死に押し返し、それがヴォルデモートの杖に触れる。絶叫と手のゴーストが杖から逆再生のように起こり……夢で見た老人が杖から現れる。ゴーストのようなそうでないその影は魔法使いだったのかと言い、ハリーを応援する。次に現れたのは女性だ。あたりを見回してあぁそうか、という。
「あの子が私を見て動揺していたのは、死ぬ私にあったからなんだね。ハリー絶対に手を放すんじゃないよ!!彼女に伝えて。私が死んだことは残念だけれども、あなたが黙っていたせいじゃない、こうなる運命だったんだって」
バーサ=ジョーキンズはそういってハリーを励ます。まさかハリエットと会ったのかと思うと同時に、彼女の動揺を想像して唇をかみしめる。自分の知らないところで彼女はずっと苦しんでいたに違いないのだ。
次に現れた女性にハリーは泣きたい気分になり、じっと女性を見つめる。自分とよく似ているはずのハリエットを彷彿とさせる女性……リリーはもうすぐお父さんが来ますよ、とハリーを励ます。その優しい顔を見たハリーは、ヘンリーは母リリーに似ていると考えた。
ほどなくして現れたのは父ジェームズだ。自分たち二人とよく似た黒い髪にハリエットと同じ形の目は優しく、けれどもどこか毅然とした様子でハリーを見つめる。
「ハリエットに伝えて。愛していると。あなた達二人を、私たちは愛している」
「さぁハリー……僕たちがやつの視界を遮る。そのすきに優勝杯に向かって走るんだ」
リリーは涙を浮かべてハリーに伝え、ジェームズは何かをこらえるようにしながらこの先のことをハリーに言う。ヴォルデモートは目の前に現れた被害者たちのゴーストに恐れているのか、青白い顔を更に白くさせていた。こちらの声は聞こえないのだろう、なんとか杖を抑えようとしている。
「ハリー、セドリックを、彼を一緒にホグワーツへ。しっかり抱えて」
彼を連れて行くんだ、とジェームズは慈しむ様な眼でハリーを見て、横たわるセドリックの亡骸に視線を送る。光の檻のせいで見えにくいが、そこに横たわっているはずだ。
「ハリー……それにハリエット。二人には私たちが遺した罪を負わせてしまった。本当にごめんなさい。……さぁ、ハリー行きなさい。ハリエットのこと、よろしく頼むわね」
リリーは話さなければならないことがたくさんあると言い……ハリーを送り出す。彼女の言う罪とは何か……。ハリエットならば知っているのか。こくりと頷くハリーは光を断ち切り、走り出した。足の痛みなんて今は頭にない。
追いかけてくる死喰い人とヴォルデモートから必死に走り……セドリックに覆いかぶさって優勝杯を呼び寄せる。ぎゅっと抱きしめる腕の中が温かい気がして、ハリーは抱きしめる手を強めた。
なんとしてでも彼をホグワーツに送り届けなければ……。
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