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51:予見者という星
 
 ようやく解読が完了した、とスネイプはため息をつき、トレローニーから借りた本を置いた。彼女が持っていた本は古く、預言者達がまとめたと思われるそれは独特の言い回しが多いため、ある意味暗号書のようなものだった。目元を抑え、まとめた資料を改めてみる。
 予見者とは、想定した通り“別の名前”だったものを隠すために統合したものだった。いまでも未来視ができるものを予見者と呼び、かのグリンデルバルドもその一人らしいというのを別の本で知った。

 ハリエットはこの別の名前……転生者と呼ばれるものが該当するのだろう。だから1学年の時にスネイプを助けるために体を引っ張り、階段から飛び降りてクッション魔法を使い逃げることができた。そういう事なのだろう。
 生まれ変わる前の記憶があるために、転生者らは歳不相応な知識を持ち、力を持つという。転生者というものがなんなのか……それについての解説があったはずのページは何か火が付いたのか、焦げたような跡のせいで判読は不可能になっていた。

 だが、これで探すべき知識がなんなのか……それを限定することができた。転生者、とスネイプは自身の蓄えてきた知識の中でその単語を転がしてみる。ただ生まれ変わったものが未来を見る力を備えて生まれてくるのか、それとも……タイムリターナーで時を戻すように、未来のどこかで死んだ者が過去に戻ってきているために未来を知っているのか。

 3学年のとき、ルーピンの正体についてヘンリーが代わりに口走ったことを思い出す。
「未来が変わる……」
 だから代わりにと声を出したはずだ。ということは未来で死んだ何者かがハリエットという名で生まれ変わってきたと考えるのが妥当だ。

 では一体だれなのか。彼女が特別年老いて見えるような言動をすることもないため、きっと若くして亡くなったのだろう。それとも、妙齢となったその誰かが生まれ変わったのか。
 だが自分に対し、これほどまでに好意を寄せるようなものはハリエット以外いない。ではこの先自分は誰かを助け、その恩義を感じたものが好意を寄せることとなったのか。

 それに不可解なこともある。いくつか書かれていた転生者になる条件で唯一読み取れたのは“本物の預言者を前に嘘の預言を行い、本物に変えたもの”という難解なものだ。本物の預言者……まさかトレローニーという話ではないだろう。第一に、それでは占い学を専攻した生徒全員が該当する可能性があり、その数は膨大なものになる。

 彼女は一体誰だったのか……。考え込むスネイプはこれまでに確認された転生者の名を指でなぞる。プルミエという女性、ナーエという男性……彼らを合わせても7人しかいないというそれらは、いずれも元の自分より5歳前後離れているという。では偶然ポッター家に生まれただけで関係はないのか。
 ふと、ハリーとハリエットの筆跡が同じものがあることを思い出した。同一人物ならば……。
いや、とスネイプは首を振る。ポッターは自分を嫌っている。ハリエットが自分への想いを募らせるのとは全く正反対で憎んですらいるだろう。何か、何か見落としている気がする、とスネイプは本を閉じた。


 最近自分はどうかしている、とスネイプはため息をついた。初めは……初めは彼を怖がらせてしまったことと、警戒するためにポッターを見張る眼がなぜか彼を見ていた。どうしてそこまで気になるのか……そう思い意識して彼を見るようになった。
 物静かそうにふるまいつつ、彼は純粋で、スリザリンにはもったいないと思えるほどだ。だが一方手段を選ばないという風に事を起こすさまはスリザリンを思わせた。

 恥ずかしがる顔やクリスマスの日に見た寝顔が……心の奥の鍵をかけてしまいこんだ何かに触れ、心地よい思いが沸き立った。純粋な彼を守りたい、そう強く願うようになった。
 だというのに最近は彼女の奥に……彼女を見ている気がする。父親に似ているはずなのに、彼女の笑顔やふとしたしぐさに……失った花を見た。こんな思いを持っていることを、彼女に知られるわけにはいかない。

 もしや、記憶を持ったまま生まれ変わるという転生者であることが条件の一つなのではないのか。彼女の生まれ変わりが、未来を変えようと戻ってきたのではないのか。本物の預言者の前でついた嘘が本物になるなんて実はざらにあり、これまでに7人しかいないのはそういった奇跡のめぐりあわせがあってこそなのではないか。
 もしそうならば……自分が彼女にリリーを重ねてしまうのは……間違いではないのかもしれない。ハリー=ポッターが気持ちを180度変えるよりはまだ現実的な話かもしれない。
 心の奥ではありえないと嘲笑する自分がいるというのに、一度その考えに取りつかれるとでも、もしかしたら、だけれども、と閉心術で封じた何かが必死に叫ぶ。

 もう彼女に嫌われるのはごめんだ。もう二度と……嫌われたくなどない。溝など作りたくもない。頼むリリー、ずっとそばにいてくれ。

 スネイプは疲れたようにため息をつき、本をまとめる。図書館に戻す本も同時に返却しなければならない。生徒らの眼もあることでまた夏にあの部屋に行けばいいだろう、とスネイプはハリエットに見られないよう本棚の奥にしまった。
 腕の死喰い人の証が痛みを発するのと同じタイミングで、これ以上ないほどに嫌な予感を抱き……振り払うように首を一振りして思考を切り替える。

 彼女と約束したではないか。どんなことがあっても彼女を信じると。それだけでいいはずだ。







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