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46:閃き
シャワーを浴びる感覚にあぁ先生がきれいにしてくれたんだ、とハリエットは今までにない鈍痛に幸せな気持ちになって頬を撫でる感触にすり寄る。規則正しい寝息にスネイプが深い眠りについているのが分かる。
「リリー。……を愛して……」
つぶやくような、囁くような声に心臓が握りつぶされた。一瞬にして冷水を浴びせられた気がして、血の気が引く。あぁ、どうして忘れていたのだろう。スネイプの愛は母リリーへの物だ。それは決して変わらない。変わらないというのに、なぜ都合よく忘れていたのか。
スネイプを愛している。これは絶対に伝えることはできない。スネイプにこれ以上の足かせをしたくはない。スネイプを愛しているのに……自分の存在が彼を苦しめているのかもしれない。ただ、せめて自分で母の代わりになれるのであれば、時が来るまでこのままスネイプの隣にいることを許してほしい。
知ってはいけないことを知ってしまった時の為に、そう思って一時的に自分の記憶を移すのではなく抜き取って空いていた瓶に収める。これでスネイプの本心を聞いてしまった記憶は消えて、後でこの記憶はと見て思い出すことができる。今は……スネイプのぬくもりを無邪気に感じていたい。
呼び寄せた瓶に入れた靄を見つめ、何を封じたのかと思いつつ何か不都合なことがあったのだろうと枕の下に隠す。眠っているスネイプにすり寄ると抱きしめられ、ハリエットは安心して目を閉じた。
目を覚ますとスネイプはもう起きていて、避妊用の魔法薬を、と薬を出しだされる。避妊、と聞いてハリエットは慌ててそれを飲み、腰の痛みも軽減したことに昨晩のこと思い出して真っ赤になった顔が更に熱を帯びた気がした。
恥じらうハリエットに突貫工事で何とか組みあがって居た理性が崩れそうな気がするスネイプは、着替えを差し出して部屋を出る。どたばたと着替える音に念のためにヘンリーの時の私服を置かせておいてよかった、とため息をつき彼女のドレスを手に取った。
屋敷しもべ妖精を呼んでそれらを託す。老婆のような屋敷しもべ妖精はハリエットのドレスですね、というと彼女の着替え一式をもって消えていった。これで彼女の自室にきちんとしまわれるだろう、とほっと息を吐くと着替えたハリエットが顔をのぞかせる。
モーニングティーを淹れて彼女に渡せばハリエットは幸せをかみしめるように笑ってそれを受け取る。
「なんだか恥ずかしくて……。でも嬉しかった」
えへへ、と笑うハリエットにスネイプも恥ずかしくなって顔を背けながらそれはよかったとカップの中身を一気に飲む。味やマナーなんてもはや関係ない。きちんとした男女の関係になれたことに、スネイプまでも羞恥を覚えまともに顔を見ることができない。
「昨晩の君は本当に……美しかった。この部屋に連れてきてもまだ夢を見ているのではと」
そういうスネイプにハリエットは顔を赤く染めて、そう褒めてもらうと恥ずかしい、ともじもじと答える。顔を見合わせ、どちらからともなく唇が合わさる。甘いひと時を過ごすとハリエットはそろそろ行かなきゃ、と立ち上がった。少し早い時間だが寮に戻るには誰かに会いそうだから、とハリエットはヘンリーになる薬を飲んでそのまま中庭を散歩してくると言い残し、廊下へと出ていく。
歩きながら何の記憶、と瓶を開け記憶を取り出す。そのまま体内に入れ……ぶわりと涙があふれ出る。初めからわかっていたことだ。そう、分かっていた。スネイプが自分の背にリリーを見ていることなど……。
なにも初めて受け入れたその朝につきつけなくてもいいのに、と苦く笑って、そうやってつきつけなければいつまでも自分は勘違いをして、誤った道を突き進んでしまうところだったと空を見上げる。いつもそうやって見誤って、突きつけられた現実を押しのけて進んで進んで……そしてシリウスを喪った。
いつだって自分はそうやって傲慢な自分を見ないふりをしたせいで痛い目を見てきたのだ。スネイプの言う通り、自分は……ハリー=ポッターは父親譲りの傲慢さを持っていることを認められなくて、反発していた。本当に最悪だっただろうな、と飛んでいく鳥を見る。片方は羽の先が白く、もう片方は完全に黒い。
羽先が白い鳥を見上げていると二羽の影が重なったタイミングでどちらが先に見ていた鳥かわからなくなる。その鳥が木にとまり、片方は飛翔を続ける。とまった鳥が見ていた鳥かと思えば羽先が白い鳥が羽ばたいていた。あの時、彼らは入れ替わっていた。
「あ……そうか。なんで目をそらしていたんだろう」
そう呟いて計画を練ろうと立ち上がる。誰かに会ったら早朝の散歩をしてきたと言って誤魔化そう、と寮の自室へと戻った。10年計画の手帳を開き、メモに書き足す。
ずっと怪我をした後のことを考えていたが、そもそもスネイプに傷をつけることが間違いだった。そう、彼に傷をつけることをどうして容認していたのか。冬の早朝散歩でキンと張りつめていた空気に頭がさえ、計画をしていく。
なんでこんなに簡単なことを思いつかなかったのだろう。
「本当に僕は短絡的で馬鹿だなぁ」
笑うヘンリーはランランと目を輝かせた。初めからすべてのピースはそろっていたことに気が付かないなんて、なんて間抜けなのだろうか!
できるかなじゃない、やるのだ。幸い、あと3年ある。3年もあるのだ。
「やっと、やっと先生を助ける道が見えた」
6学年時別れなければならないのだ。だからそれまではリリーの代わりとして、そして……。嬉しくて嬉しくて、今ならきっととハリエットはエクスペクト・パトローナムを唱える。
現れた守護霊に手を添え、もう迷わないよ、と微笑んだ。薬学を象徴とする動物……そしてハリーだった時から今に至るまでずっとずっと関わり合いのある因縁の動物。ヒュギエイアの杯に巻き付いた蛇……アスクレピオス。体は長いが毒はなく、ディメンターとの闘いには不向きだろう。それでもいい。
「あなたは戦わなくていいの」
私の心を支えてくれる、それだけでいいのだ。
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