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40:ダンスレッスン

 第一の課題が終わり、ハリエットはカレンダーを見てため息をついた。もうすぐダンスのレッスンが始まる。もともと出るつもりはないし、ヘンリーとしても夜遅くは薬の時間があるという事を寮生は知っているため、出ないことは承知だろう。それでも、視線を向けられるのは落ち着かないし、ドラコ達と移動中にひそひそ話されていても困る。

 ふと、ダンスのレッスンは誰がするのだろうと首を傾げた。グリフィンドールはマクゴナガルが教えていたという事で、もしかしたら寮監が教えるのかもしれない。
 レイブンクローはフリットウィック先生が教えたのだろうか。でも彼は踊らず指揮を執っていた記憶がある。それに失礼ながらサイズが違うため、女子生徒を相手にしても難しいだろう。
 誰かほかの先生が担当するのかな、と考えたところで寮監がスネイプであることにはっとして、スリザリンは先生が?と考えた。だいぶ消えてきた記憶の中……うーんと考えるハリエットは昔記憶していたままに思い出せる限りを書いて、時系列にまとめなおした手帳を開いた。

「クリスマス……クリスマス……あ、あった。そうだ、僕パーバティと躍ったんだ。そのあと……どこかでスネイプとカルカロフの密会を見て……ハグリッドの秘密。うん、そうだった。けど先生……普段の装いだった気がする」
 踊れるのかな先生?と写真を手に取る。どこか心外だという風な写真に、スネイプが躍る姿を想像して……若いスネイプと母リリーが学生時代に躍ったことがあるのかな、と考えて一人落ち込む。

 スネイプはきっとヘンリーの赤い髪に、リリーを重ねてみているのだろう。かつて手にすることができなかった赤。本当はこの容姿をどう思っているのだろうか。
 ヘンリーの時に母を重ねて手に入れたから、ハリエットとしての姿も仕方なく受け入れているのか。本当はヘンリーの頭で女性のままの方がよかったんじゃないか。
 どんどん悪い方向に考えていることに気がつき、ふるふると首を振る。スネイプはリリーを愛し続けている。それはとても重く悲しいほどの一途でスネイプという人を作る鋼の骨格だ。
 そんな彼が好きになったのだから、もともと一番は永遠のユリが君臨しているのだから……彼の愛は求めてはいけない。彼の愛はリリーのためだけにあるのだから。

 日が進むごとにし視線が増え、ヘンリーはため息をついた。ヘンリーが薬を飲んでいるのは1学年の学期末でダンブルドアが加点したことから知っている人はいる。だが、他寮となると少しずつ忘れているのか、もしくは3学年より下なのか……意味ありげな視線が煩わしい。
 一番踊りたい相手は教師のため絶対に誘えないし、誘ってカルカロフとの密会がおかしくなっても困る。

「そうだ、ヘンリー。あとで談話室で渡したいものがあるんだ」
 うう、と呻くヘンリーに何に悩んでいるかわかっているドラコは笑って頭をポンポンと撫でた。本当は写真とともに送られるはずがテーラーが気合入れて直したいと言っていたとかで遅れていたドレスローブのことだ、と言われヘンリーはうつむいていた顔を上げた。

「届いたのかい?」
「あぁ。遅れたことについての謝辞と小物類が付属されてきたんだ」
 どんなできかはこの後確認してくれ、というドラコにヘンリーは楽しみだ、と笑う。当日出られないが、パーティー用のドレスローブがあるというだけでなんだかワクワクしてしまう。


 夕食を早々に終え、談話室に入るとマルフォイはこっちだ、と積まれた箱を示した。マルフォイ家の紋章が付いていることで、誰も触れていないながらに好奇心に駆られた視線が向けられた箱に苦笑し、ヘンリーの分はこれだ、とゴイルとクラッブがドラコの示した箱を持ち上げた。

「ちょっと着て見てくれないか。ちゃんとしたものができているのか確認したい」
 重い様なら運ぶぞ、というドラコにさすがにこれぐらいなら大丈夫だよ、と言って箱を受け取り、部屋に入る。

 重々しくも見える箱をあけると、あの時着た暗めの赤い生地で作られたジャケットと、黒いパンツが入っていて飾りボタンとして胸元に……もしかすると純銀製かもしれないボタンがきらきらと並んで輝いていた。生地は何といえばいいのか。分厚くしっかりしつつ、重みはない生地で、さっそく着替えてみようとほかの箱を開けた。

「わぉ……」
 この服のために仕立てられたのか、ゆったりと首元を隠すような……それこそほとんど首なしのニックくらいの貴族の服装といえばいいのか。かつて着ていたドレスローブのシャツを更にいい生地で仕立てたという風なシャツは真っ白で、とても上品だ。
 黒いベストをつけ、オックスブラッドとテーラーが言っていたジャケットを羽織る。黒いパンツに合わせた黒い革靴を履くとマグル界では昔の貴族が来ている服、と言われそうな上品ないでたちとなる。

「なんだかんだ言ってマグルの服装に影響されているんだよね」
 どっちが先だったのかはわからないが、その昔区別される前があったぐらいだから当然といえばそれもそうか、とヘンリーは髪をさっと梳くとあの時のように黒いリボンで緩く結ぶ。
 多分これで大丈夫のはず、とそのまま部屋を出て談話室へと戻った。

「すごいね、ぴったりだ。ドラコ、ありがとう。僕にはもったいないぐらいだよ」
 何やら暇つぶしに得意げに話すドラコに声をかけるヘンリーは照れ恥ずかしくてはにかみながらどうかな、と問いかける。ふと談話室が静かになったことに気が付いて、そんなに衣装負けして変かな、と恥ずかしくなって思わず変なところはないかと見降ろした。

「ヘンリー!あなた素敵よ!もっと早い時間に始まればいいのに……もったいないわ!」
 パンジーの声に目をしばたたかせたヘンリーに、スリザリンの女子生徒らからパーティーの時間さえどうにかできればよかったのに、とか、多大な損失よ、とか、様々な声が沸き上がる。
 変じゃなくてよかったのかな、とほっとするヘンリーに固まっていたドラコは咳払いをし、そりゃうちが懇意にしている腕利きのテーラーだからな、と言った後いつもの不敵な態度でちょっと回ってみてくれないかと言い出す。
 もちろんいいよ、と快諾するヘンリーはくるりと早すぎないようその場で回り、そうだ、と声を上げた。
 
「この前の試着の時はこれ無かったよね。ただのバックベルトだったと思うけど……」
 これこれ、というヘンリーは背を向けて大きなリボンを示した。以前はバックベルトだったが、大きな黒いリボンになっていて、動くたびに揺れる。

「あぁ、以前納期が延びるという際にあの細い腰をもっともっと魅せなくては、と書いてあったからそれだろう」
 ところどころに入っている銀の刺繍も以前はなかったもので、いったいいくらするのか怖くて聞けない、とヘンリーは袖の刺繍をなぞった。

「クリスマスのパーティーには時間的に出られないだろうけど……ヘンリーは踊れるか?」
 スリザリン生はおおむね踊れるのが多いけれども、というドラコにヘンリーはもちろんと頷く。もう嫌というほどあちこちに呼ばれて、年上の女性らと組まさ……踊ったからもちろん踊れる。せっかくだ、予行練習でもしよう、という声が上がりソファーと机が避けられる。
 談話室に置いてあった蓄音機にこれまた誰かがここで聞きたかったんだよね、と言いながらレコードをセットした。


 流れてくるのは妖女シスターズの曲で、あちこちで素早くペアが組まれる。意中の相手を誘うなんて余計なことはせず、近くにいる相手を汲んでも問題なく踊れる貴族のたしなみ。そんな風に見えて、踊りの経験の少なそうな下級生や一般の出身である生徒をリードする。ヘンリーも近くにいた下級生の女の子に向かって手を差し伸べ、ぽうっと顔を赤らめた女の子の手を取り緩やかな曲調に合わせて踊る。

 完全にリードしてあげることができないが、彼女はどうやら生まれて初めて躍ったのか顔を真っ赤にし、力を抜いて僕に身をゆだねてごらん、とささやくとおずおずと頷き力を抜いた。優雅に踊る高名な一族出身者に混ざり、ヘンリーは優しくリードしてあげるとあっという間に一曲は終わってしまった。あちこちで即席ペアを解消する流れに沿い、ヘンリーもありがとうね、とその下級生を解放させた。

 じゃあ次はこの曲だ、と違う曲調の曲が流れ、またあっという間に、先ほどとは違うペアが組まれる。ヘンリーは先ほどの子が顔を赤くしていることからたまたま目が合った女子生徒に躍ってもらえませんかと先ほどと同じように手を差し出した。
 同じようにアドバイスをし、踊ると終わると同時に座り込まれ、ヘンリーは慌てて片膝をつくと大丈夫?と覗き込んだ。

 その後3曲目を休みながら見つめ、談話室はこれ以上なくにぎわう。これで最後にしようという声に何人かが視線を交わす。もしかするともうペアとなる相手が決まったのかもしれない。

「ヘンリー、最後の一曲付き合ってくれないか」
 女子の数が男子より少ないんだ、というドラコが手を差し出し、女性パートは知らないよ、とヘンリーはその手に手を重ねた。ほかにももう一曲躍りたいのか、それともその前をヘンリー同様に休んでいたのか……数ペアが進み出て、新しい曲に身をゆだねる。つい動いてしまいそうになるヘンリーは力を抜いてしまった方がいいかな、と女子生徒がそうしていたようにドラコに触れて、力を抜いた。

 僕がしっかりリードするから安心してくれ、というドラコに頷き、ドラコをしっかりと見つめ返した。こんなに近くで見るのは久々かもしれない、とドラコの瞳を見ていると、くんと体が動き、人生初の女性のダンスに目を白黒させる。やけに自信満々だった通り、ドラコは幼いころから貴族のたしなみとして教えられていたかのように難なくヘンリーをリードしていく。

「すごいなぁ。安心して身を任せられるよ」
 僕のリードじゃなんだか下級生の子に無理させちゃったかも、というヘンリーに多分違う意味でまいっているだけだから、とドラコが返す。首をかしげるヘンリーにいや何でもない、とつぶやきヘンリーを抱き寄せる。

 特に気にしていないヘンリーはダンスが終わり、ふと時計を確認する。もう寝る準備をして部屋に戻らなければ。薬の効果はまだ先だが、これまで培ってきた“門限”のような時間を守りたく一歩下がって楽しかったと笑う。ほかの生徒らもシャワーの時間だと言ってソファーと机を元に戻し、いつもの談話室に戻した。もう予行練習は終わりだ。

 シャワーを浴び、着替えたヘンリーはいつも以上に人がいる談話室にお休み、というと部屋に入っていった。
たまたま踊ることとなった2人の女子生徒は一様に天を仰ぎ、誰に言うでもなくありがとうございますと声をそろえている。本当に人たらしだ、と苦笑いするドラコは細い腰と身をゆだねてきたときの華奢な体を思い出し、彼の想い人である寮監を思い浮かべる。
 完全無欠のような寮監に対し、一つ勝ち取ってやった、と思わず口角を上げた。
 彼を最初にリードし、踊った役目を僕がもらった、と。
 






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