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38:汚れ役

 ずっとそこにいたのか、とため息をつくスネイプは落ち込んだ様子のヘンリーの隣に腰を下ろす。そっと髪を手に取り手触りを確かめるように梳いていると、もぞもぞと頭を動かし、顔をスネイプに向けた。ヘンリーは弱っていて、その元凶が自分の行いだとスネイプは口を開いた。

「怒ってごめんなさい」
 言おうとした言葉はヘンリーの声に押し込まれ、行き場を失う。ヘンリーがここ最近落ち着かないのはスネイプもわかっている。ドラコがいたこともあって今までの延長線で、この判断を下していただろうという態度でグレンジャーと接したことは彼女にすぐ説明すべきだった。
 ハリーに対してはこれまで通り接する、という話は代表選手になった次の日やってきたヘンリーには伝えてあり、ヘンリーも了承していたが、失念していた。

 あの夜、騒動を聞いたのか怒った様子で部屋に来て……話も聞かずに怒る彼女に苛立って、未来を見ていたのであれば、ペナルティーが関わることでないのであれば出しゃばってくればよかったのでは、と怒鳴り返した。
 完全に自分が悪いのはわかっている。ハリーに対する侮辱や、いつの間にか出回ったバッヂや……異様なほどにこちらの動向をうかがうムーディなどに神経がとがっていたのもある。ただの八つ当たりだ。それに、彼女だって万能ではない。きっとこんな日常の喧嘩などは見ることはないのだろう。

 違うそんなことを言いたかったんじゃない、と撤回したいと思った時には彼女は部屋を出て行ってしまって、それから彼女は自分を避けるようになった。かつての失態を繰り返すのか、と呆れて……かつて謝罪を拒絶された過去を思いだす。
 もし彼女に拒絶されてしまったらば……。リリーに許されなかったあの時のように。そう思うとどうしてもこちらから謝罪することができず、引き留めようとする手を戸惑っていた。
 
 ヘンリーが食事との時あまり食べていないのも気が付いていた。ドラコや周囲が気にかけてはいるようだったが、ヘンリーは少し前に体調を悪くしてから続く不調だと言っているという。もともと病弱という風を装っていたヘンリーを信用し、彼の言い分である体調不良が長引いていると、ポンフリーに相談するスリザリン生もいると聞いた。
 一言謝ればいいというのに、過去の拒絶と何でもかんでも背負うハリエットへの苛立ちと……弱っていく細い体にその一言が出ない。
 これほどまでに愛している彼女にもし拒絶されたら……リリーと同じように、似た風貌で。

「先生がドラコたちとの争いの現場に居て、ハーマイオニーがその対象になっていたら……その態度をとらざるを得ないのに。ごめんなさい」
 言葉に詰まり見つめていると、ヘンリーは考えればわかることだという。今は憎い相手と同じヘーゼルの瞳なのに、その表面を覆う被膜のようなそれによって緑に見た気がして、スネイプはさっとヘンリーを抱き寄せた。
 20歳も離れているはずなのに、ハリエットは時折その差がないかのように大人な表情を見せるときがある。いつまでも足踏みしている自分と違う、とスネイプはすまない、と耳元でささやくような声で伝える。

 すまない。私が悪いのだ。私が、私が……。君を傷つけるつもりはない。なかった。これから先のことでハリエットはどれだけ大変な思いを抱えるか知っているはずなのに。すまない。愛しているんだ。本当に。話を聞いてほしい。逃げないでくれ。拒絶しないでくれ。僕を受け入れてくれ。

 心のうちでその一言に様々な思いを乗せることが精いっぱいで、最初の言葉以外が口からは出ない。今頃夕食の時間だろう。生徒の気配は図書室からは一切しない。そのことが救いとなり、誰もいない図書室でスネイプはヘンリーに口付けた。


 ハリーはハリエットとの約束でハリーはハリエットに相談はしない。ハーマイオニーとともに調べ物をしている姿をヘンリーは黙ってみていた。そこにクラムが来て、ハーマイオニーは露骨に嫌な顔をすると図書室を出て行った。

「クラム、何を調べているんだい?」
 これから来るであろう取り巻きに少々嫌気がしている風のクラムにヘンリーが声をかける。ハーマイオニーが去っていくのを目で追っていたクラムは困った風にため息をついて、ドラゴンに関する本を手に取った。

「ヴぉくが来ると行ってしまうはわかぁっているんだ」
 それでも、というクラムにヘンリーはへぇと声を上げる。確かクラムからのひとめぼれ?だったを聞いている。それで、彼女?と消えた扉を示すと、クラムはあぁそうだとあっさり認めた。

「彼女はいつも難しい本読んでいる。ハッとして、楽し気に羽ペンを動かすところとか……とてもチャーミングで」
 初めてなんだ、というクラムにヘンリーはうんうんと聞きながらロンはどこから好きになったんだろうと考え……違うか、と考える。彼女にロンはだんだん惹かれていったんだ。
 悪戯っぽっく校則を破る時、つんけんしながら面倒を見てくれた時、ハリーと仲たがいしているときもつないで待っていてくれた彼女。だからパーティーで嫉妬した自分をのちに認めた時に気が付いたんだ。自分の気持ちと、ハーマイオニーの気持ちに。
 彼女の名前なんていうんだろう、というクラムにヘンリーは考えて、グレンジャーだという。

「ミスグレンジャー。ありがとう。第一の試練を終えて、ダンスのパートナーを決めるとき、彼女を誘ってもいいだろうか」
「寮の関係であまり大きな声では言えないけれども、彼女はとても聡明でいい魔女だからね。大叔母様が彼女たちの寮監だけれども、褒めていたよ」
 なぜかうかがう風のクラムにヘンリーは首を傾げ、頑張ってと後押しする。彼がどのタイミングで声をかけたかはわからない。だけれども、流れを変えることではない。

「ヘェンリーはどうするんだ?」
「僕はそもそも夜は薬を飲まないといけないから出られないな。この体質じゃなければ僕もクィディッチの選手になりたかったよ」
 夜だから、というとクラムはむすっとしたいつもの顔になり、治らないのかという。

「成人するときには安定するはずって聞いているから大丈夫だと思う。実績ないけれども、応募してみようかな」
「そぉれがいい。あの技を使えるなら技術力は申し分ない。いつか、ヴぉくが現役でいられたら、手を貸そう」
 昔よりはよくなっているから、というとクラムはそうかと頷き、シーカーにとって大事な手を差し出す。それじゃあお願いしようかな、と笑うヘンリーはその手を握り、笑いかけた。

 図書室を出たところから階段を使い……背後に感じる視線にため息をついて振り向いた。
「何だウィーズリー。さっきからちょろちょろと僕の背後に」
「別に。何でもない。ホグワーツ生のくせにやけにダームストラング校の奴と仲がいいな」
 図書室で話が聞こえない程度に離れたところに居たのを知っているヘンリーはぷい、と顔を背けるロンをにらむ。彼はこの年、ずっと嫉妬し続ける。ぴりぴりした様子でハリーのことを無視している姿も見ているだけにヘンリーはため息をついた。

「友好の催しものだからね。君の話しぶりからすると君はセドリックとポッター両方を分け隔てなく応援しているというわけか」
「違う!僕は別にハリーなんて……別に何とも思ってないし」
「あぁもうぐじぐじと。そんなに有名なポッターがうらやましいなら、君も同じ目に会えばいい。家族を殺され、生き残ればだれもが君をヒーロー扱いだろうな」
 かつての時から誰もがあがめるハリー=ポッターについて、客観的であり関係者でもあるヘンリーはぶちんと何かがきれ、だったらと声を張り上げた。あの時だってロンは信用してくれなかった。いつだって、この名声を誰よりも疎んでいたのは本人だと近くで見ていたはずなのに。
 その言葉に顔をしかめるロンはそんなことさせない!と怒鳴り返す。一度声を張り上げるとふつふつとした怒りがあふれてくる。

「君が言っていることはそういうことだろう。なんだ、そんなに注目してほしいなら、ポッターが試練を受けるときに金縛りの呪文でも唱えてやろうか。そこに君が現れポッターを助ければ一躍君はヒーローだ。ハハ、おめでとう。君をみんなが称賛するだろう。それとも、額に傷でもこしらえたらどうだ」
 普段声を荒げないヘンリーにロンは一瞬怯み、顔を真っ赤にして杖を取り出した。周囲に生徒が集まるのもヘンリーは無視して、特に杖を構えることはしない。彼が言い返せないのは劣等感と、ハリーに対して抱いた感情を突かれたからだろう。

「なんだ言葉も出ないほどに図星かウィーズリー」
 声を張り上げるヘンリーにロンは食らえ!と杖を振る。冷静に見ていたヘンリーはかつて闇払いとして動いていただけに未熟な子供の攻撃なんて盾を出すまでもない、とさっと避けて滑る様な動作でロンの懐に入ると襟元をつかんで、ぐるんと床に打ち倒し、喉元に杖を突き付ける。あっという間の出来事にロンも何が起きたかわからず、呆然とヘンリーを見つめた。

「警告しておくけど、筆記は苦手でも僕は実技は誰にも負けないよ。相手の力量ぐらい見極めてから杖を構えたほうがいい」
 僕は荒事が嫌いなんだ、と杖をしまうヘンリーはロンと仲良くするのは無理だろなとため息をつき、足早にその場を立ち去った。大事な親友。その親友に、両親が死んだから有名なだけで本人は望んでなんかないんだ、ということを分かってほしくてつい強く言い過ぎてしまった。

 このやり取りはあっという間にドラコまで知れ渡り、やるじゃないかとほめるドラコに苦笑してたまたま虫の居所が悪かったんだという。喧嘩の原因をちゃんと聞いている人はいなかったのが幸いで、急に杖を突き付けたロンの攻撃を簡単に捌いたヘンリーに称賛の声が上がると、マクゴナガルからは仕方がないわねという視線を向けられた。
 ヘンリーにとっても、ハリーが有名になった要因は無関係ではない。ただ、そこに彼女がいたかいなかったかで違うだけだ。

 スネイプに呼び出され、怪我をしていないか、呪いを受けていないか……そう問われた。スネイプの腕の中、ハリエットは課題の朝を思い浮かべる。大丈夫。セドリックを助ける呪文は何とか形にはなった。だから、と油断せずに十分注意しながらだが、ヘンリーはハリー達を取り巻く恋愛事を静かに見ていようと目を閉じた。






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