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37:窓辺の憂鬱

 ヘンリーは最近ずっと図書室に入り浸るようになっていた。原因はドラコたちがハリーを馬鹿にし、例のバッジをいたるところで見るせいだ。もともとヘンリーがこういう空気が苦手だというのもみんな知っているため、彼がいないことが逆に助かっている。
 これまででわかっているのは、ナギニの毒はかなり強いことと、確かアーサーが噛まれたとき、マグル式で傷を塞ごうとしたら糸が溶けたとかいう話が合ったという事だ。大体、聖マンゴ魔法疾患障害病院ともあろう場所に担ぎ込まれたというのに、解毒に時間がかかったのが気になる。
 バジリスクの毒に対する解毒薬は置いていないのだろうか。そう思って調べてみた結果、そもそもバジリスクの毒の周り方が異常で、まだ全身に回りきっていない状態かつ、石化するなどして薬が回るのを防いだ状態……かつて自分が陥っていた状況だが、とにかく受けてすぐに解毒しなければ間に合わないほどらしい。
 牙一本分の毒というものすごい量ではあったが、腕の傷だけで全身に毒が回り、すぐに意識が遠ざかったことも経験している。あの時、フォークスがすぐに涙で治療してくれなかったら……そう考えて、そもそもそうだったら私もここに居るわけないのか、と小さく笑う。それに、スネイプの場合は出血がひどかったことからもしかしたら毒も血とともに流れ出た可能性もある。その可能性にすがってもいいかもしれない。

 それと、ナギニの毒は現在進行形でヴォルデモートが延命の為に飲んでいるはず。そう考えて……あれって本当に普通の“蛇”なのかすら怪しい、とヘンリーは羽ペンを唇に当てた。闇払いになった時に、研修でグリンデルバルド時代の話が合った時、ナギニという……マレディクスタという聞きなれない、血の呪いにかかった蛇になる女性の名前があったが……。まさか同一じゃないよね、と羊皮紙に自分だけが分かるよう暗号化した言葉で情報を整理する。
 とにかく、解毒できるかどうかはかなり怪しいと考えてよさそうだ。ならば傷はどうだろうか。喉を引き裂く傷。例えばセクタムセンプラの反対呪文。似た状況ではないだろうか。だけどそれをどうやってスネイプから聞き出すというのか。あの時だって正確には聞こえなかったから、どんな魔法だったかすらわからない。

 詰んだ。

 そう思って机に突っ伏すヘンリーはやっぱりスネイプを助ける方法が思い浮かばなかった。超強力な治療薬はあるだろうか。万年万能薬なんてどうだろうか。そう思ってガバリと起き上がり……どの本だったっけと膨大な本の山を見て固まる。
 もう半数は見た。もう、うんざりするほど見た。毒に関する記述や傷を治す記述がないかをずいぶん長い間をかけて探してきた。けれども、有力な情報がないのと難しい本になると書体が崩されてしまっていてどうにも読み進むことがなかった。

 ここはあきらめて……スネイプに助けを求めたほうが早いかもしれない。けれど、どうやって伝えるというのか。勘は憎いほどいい。昔はそれで何度も追い詰められた。今もそれは変わっていない。
 シリウスに自分のことは絶対に助けるな、と言われたこともあり、スネイプの性格上も同じことを言われるだろうな、とヘンリーは天井を見上げる。


「ドラゴンにどんな呪文が聞くっていうんだい」
 近づいてくる声を無視して考え込むヘンリーの視界に、さかさまになったハリーの顔がひょこりとのぞかせた。
「人目に付く」
 じっと睨むヘンリーにハリーはむっとして、あんな最低な奴、早く目を覚ましなよという。

「あぁ……今絶賛喧嘩中」
 そうだった。今ハーマイオニーの歯のことで怒って、私室にすら行ってないし最低限しか言葉交わしてなかったんだ、と助けを求める以前の問題を思い出して、特大のため息をついて突っ伏す。黙って隣の席に座る二人にちょっとだけ顔を上げると杖を出した

「ちょっと待って……これでよし」
 杖を振り、薄煙のようなものを出すと周囲を包むようにする。何かしたの?というのに虫よけ、と答えてハーマイオニーごめんね、と恋人に代わって謝る。

「いいのよ、ヘンリーのせいじゃないわ」
「でも、女の子の顔に起きていることを無視するようなの、よくない。ずっとハリーを取り巻く環境も最低だし、この空気ほんと苦手で食欲もないし……。ムーディがいるからおいそれと先生の部屋にも行けないし……。ほんと最低」
 ハリー透明マント持ってない?というヘンリーにハリーは最近持ち歩いていたマントを取り出してヘンリーにかぶせる。

「ムーディ来たら終わるけど、あの人ここには来ないと思うから……。そうだハーマイオニー。SPEWだけど、もうちょっとやり方変えたほうがいいと思う」
 姿が見えなくなったことで、ハリーとハーマイオニーもほっといきをつき……ハリエットに入っていなかったハーマイオニーの活動のことを聞く。知っていたの?と知名度に喜ぶハーマイオニーだが、ハリエットは“私は知っている”と、その言葉を強調した。

「私にとっての乳母でもあるベベが困っていたよ。あのね、ハーマイオニー。私もいいとは思ってない。けれども、彼らは数百年ずっとこの生き方だったんだ。200歳になるのもいる。信じて生きていた時間を彼らにとってはたかが14年生きた赤子同然な人間に否定されて、いい気がするわけないんだ」
 やり方を変えないと反発しか生まない、というハリエットにハーマイオニーはむっと顔をしかめる。彼女にとって、彼女が正しいと思ったことを否定された気がして……ハリエットにハーマイオニーだって怒るでしょ、と言われたことにきょとんと眼をしばたたかせた。

「そう……確かに、私今とても苛立ったわ。アプローチを変えないとダメね」
「まずは……あー……今の生き方に不満がないか、とか夢があるかとか……ちょっとでも考えの違う屋敷しもべ妖精を見つけてみたらどうかな」
 現状を探ってみなよ、というハリエットにハーマイオニーは苦笑してありがとう、とこれまでの計画案を考え直すことを決める。さすがハリエット、とつぶやくハリーは見えない小さな背中を軽くたたいた。


 かつかつという規則正しい足音が聞こえ、ハリーとハーマイオニーが顔を上げると、やってきたのはスネイプで、二人に気が付くと露骨に顔をしかめる。そのまま踵を返そうとしたスネイプにハーマイオニーが教授、と声をかけた。

「最近、彼女と話しています?大広間で見るたびにどんどん痩せているように見えて、数占いで姿見かけても疲れ切った様子で顔色だって悪い。正直見ていられません」
 とまった足音にハーマイオニーは口早にそう伝える。続かない足音に立ち止まっていると判断したハーマイオニーはさらに続けた。

「年頃の女の子の容姿を馬鹿にするなんて正直、当事者の私は当然ですが、それを聞いた彼女がどう思ったんでしょうね。友達の顔をよりによって彼氏が侮辱するなんて。彼女、私に代わりにごめんねと謝ってきました。いい大人じゃなく、まだ学生の彼女が代わりに謝るだなんて」
 どうお思いです?というハーマイオニーにハリーは息をのみ、じっとスネイプの動向をうかがう。優しいハリエットがどんなふうに怒り、スネイプと喧嘩しているのか。そしてその分だけどれだけ傷つき、悲しんでいるのか。そう考えるハリーは突っ伏したままの片割れの熱を指先に感じ、机の下でそっと手を握る。

「私は歯を元に戻すときにコンプレックスだった、出っ歯を余計に縮めていいサイズにしたからいいですけども、彼女はどれだけ傷ついたんでしょうね」
 言い返さないスネイプにハーマイオニーは言うだけ言うとはーすっきりした、と言ってスネイプの脇を通り抜ける。その時すれ違いざまにその大きな鼻で、彼女のことすら見えないんでしょうね、と特大の叱責が怒りそうなことを言い残すハーマイオニーに残されたハリーは心臓がいくつあっても足りないと立ち去るべきか悩む。片割れは息を殺すようにしていて、正直何を考えているのかわからない。

 ハリエットを置いていくわけにもいかないが、この微妙な空気をどうすることもできず、ハリーは迷っていた。大きなため息が聞こえ、スネイプはハリエットに気が付かないまま立ち去って行く。一体なんでこちらに来たのか全く分からないスネイプに、ハリーは息を吐く。

「怖かったぁ……。ハリエット、大丈夫?」
 次の授業が怖い、というハリーはきゅっと握り返してくるハリエットの手を見る。ハリーは多分この辺にあるはず、と見えない頭をそっと撫でた。

「私、未来を知っているはずなのにハーマイオニーを傷つけたし、ハリーにもつらい目に合わせて……。先生まで。こんな私が未来を変えるなんてできるのかな」
 しょげ切った様子の声にハリーはただ黙って細い体を抱き寄せた。ロンが離れてさみしい自分と重ねて見え……ハリーは杖を出すとエクスペクト・パトローナム、と唱える。現れた牡鹿に本当にできるのかな、とつぶやきながらこちらをうかがう様子の牡鹿を見つめた。呼んできて、とお願いすると牡鹿はまっすぐにかけていき、黒衣の男を追いかける。
 かつかつという靴音ともに怒りのオーラをまとった男が現れ、ハリーは睨みながら無言でマントをとると自分でかぶってその場を後にした。







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