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34:隔離

 宴が終わるとヘンリーは一度寮に戻り、シャワーを浴びるとそのままマクゴナガルのもとへと向かった。少し急いだせいかほんのり熱い。
「また髪が濡れたままですよ。少し?せました?」
 まったく、とため息をつくマクゴナガルは杖を振りヘンリーの髪を乾かす。寝巻の上にローブという寒そうな組み合わせに、最近起きた魔法生物学の一件を思い出すマクゴナガルは娘のコップに暖かなミルクを入れる。

「ちょっとハリーと喧嘩していて。私がもっと話せればよかったけど……」
 未来の話はできないから、というヘンリーは徐々にハリエットに戻っていく。さみしげな様子にマクゴナガルは黙ってハリエットを抱き寄せた。そのまま頭をなでようとして、ハッとしたように額に手を当てる。

「ハリエット、あなた熱がありますよ。まだ熱さましを飲むほどではないですが……今夜は早めに眠った方がいいでしょう。セブルスにはこちらから連絡します」
 大変、というマクゴナガルに自覚のないハリエットは自分の額に手を当てるがわからない。確かに寒気はするし、頭痛いし、と考えるハリエットはまた今度来ていい?と部屋に押し込められながらマクゴナガルに尋ねる。

「もちろん、ここはあなたの自宅です。また話したいときにいつでもここに来ていいのですよ」
 今は暖かくして寝なさいそういって自室に追い立てるとハリエットがおとなしくベッドに入るのを見守る。そっと額をなでるマクゴナガルは無理しないように、と言葉に出さずともその手から伝え、ハリエットは安心したように目を閉じた。
 すぅすぅと寝息が聞こえるとマクゴナガルは部屋を出て暖炉に向かってスネイプを呼ぶ。


 呼ばれたスネイプはハリエットが来ないことに何かあったのか、と熱さましと咳止めなどを手に持ち、暖炉経由でマクゴナガルの部屋へとやってきた。

「先日から風邪気味でしたが、どうやら少し熱が出ているようです。今夜はこのまま部屋で寝させておきます。ゴブレットが置かれた以上……何か騒動が起きるのではないかと、そう不安もありますので」
「先日、ポッターと口論になったとか。それからずっと顔色が悪いと思ってはいましたが……。たしかに、もし今ポッター周辺で何か起きればまた疑われる可能性はなくはないでしょう。熱さましを飲ませるかのために様子を見ても?」

 薬をありがとう、というマクゴナガルも先日のハリーとハリエットのやり取りは簡単にだがスネイプから伝え聞いてはいる。ハリーの言い分もわからなくはないですが、とマクゴナガルはため息をつく。
 薬についてはスネイプか、ポンフリーに一任しているだけにそれもそうですね、とマクゴナガルは白い花の絵が飾られた壁に手を当て、扉が現れるのを待つ。ほどなくして現れた扉から隠された秘密の部屋へと入っていった。

 ここにハリエットの部屋があったのか、とスネイプは中に入り、ぐるりと中を見回した。ここが、ハリエットが幼少期を過ごし、夏季休暇中住んでいる、正真正銘彼女の部屋だ。
 硝子戸のついた棚には日記が陳列し、戸のついていない棚には雑誌や本が少し乱雑に並べられている。ベッドで小さな山となって眠っているハリエットはやはり少し顔を赤くしていて、スネイプは額と首筋にそっと手を当てた。スネイプの冷たい手にもぞもぞと動くハリエットだが、安心したように再び静かな寝息を立てる。

「この程度であれば飲まずに様子を見たほうがよいかと。ハリエットはそうでなくとも魔法薬を飲みすぎている。汗が出るくらい熱が上がった場合はこの熱さましを。そうでなければ自分の体の力で治した方がいいでしょう」
 飲ませるほどではない、というスネイプにマクゴナガルはわかりました、と頷きハリエットのシーツをかけなおす。

「子供が一日閉じこもるのは小さな部屋でしょう」
 でもここしか彼女を守る場所はなかった、とマクゴナガルはハリエットの頭をなでた。子猫として連れ出すことはあっても、彼女を自由に遊ばせることができなかった、というマクゴナガルは額に口付けを落とす。
 彼女の部屋を出たスネイプはマクゴナガルに何かあればまた、といって暖炉を使う。ハリエットの部屋は思ったよりも簡素で、それでいてマクゴナガルに愛されて育ったことがうかがえた。
 大きな白いフクロウのぬいぐるみはハリーが連れているシロフクロウをどこか彷彿とさせ、机の上は片付けられてはいたがフクロウの置物が置いてあった。そこに並んで置かれていたのは去年贈ったスフェーンの原石。彼女は原石を送った意味を知っているだろうか。
 そのほかに彼女に送ったバレンタインのバラの髪飾りなどもきれいに並べてあった。ヘンリーとして持ち歩けないものはこうして宝物として、彼女にとって聖域でもある自室に保管しているのだろう。


 ドラコから渡された写真を含めた3枚はきっとヘンリーの部屋に置いてあるだろうとおもい、複製された写真を手に取る。5人で写っているのもあるが、問題は自分とヘンリーとの写真だ。
 誰も見ていないとき限定だと思いたいが、ぱっと見た時にヘンリーを抱きしめている自分がいて、まさか口づけたりしていないだろうな、と怪しんでいる。
 あの時、赤い髪が映える深く暗い赤に身を包んだ彼は、姿勢の良さもあってどこかまぶしく、そして初々しかった。恥ずかしそうに照れ笑う彼は普段二人きりの時に見せる顔で、おずおずとこちらをうかがう。バックベルトによって強調された細い腰もしなやかな足を包む黒いパンツも、とても魅力的で抱きしめたくなった。

 何とかこらえたというのに写真の自分は周囲に見られて困る人間がいないとき、できれば他に誰もいないときに限ってその衝動のままに抱きしめている。周囲を気にしなければならないほど慎重な自分はそうやって見えない闇でしか彼を、彼女を抱きしめることができない。

 夏の終わり、彼女に彼女の持つ優しさと華奢な体に似合わぬ強大な力に、いくら止めようとしても風に乗り飛び立つ綿毛のように行ってしまう彼女を止めることはできない。
 そう思って無力さにため息をつくと、彼女は何も言わずぼろぼろと泣き出した。彼女は何も言わなかったが、なぜかそれはごめんなさいと謝っている風でもあり、泣き止むまで抱きしめ続けた。彼女にかかる負荷はどれだけものか。
 彼女のそばに自分がいていいのだろうか。闇にまみれた己が。これから先闇が深くなるというのであれば……そばで守るべきか、それとも離すべきか。ハリエットにとってどちらが良いのか、スネイプはわからず、ただため息をこぼすばかりだった。







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