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32:過去の星たち

 あれから随分と経ち、ハリエットは自室で過去の人らの記録を読んでいた。同じ転生者の人々は未来の自分と同じ家に生まれることもあれば、その知人の家に生まれることもあった。
 
 記録にかかれた最初の人はプルミエという女性だった。プルミエはミリューという女性の生まれ変わりで、彼女が起こしてしまった事故により最愛の恋人を失ったことが後悔だったという。
 だから運命を変えようとして、代わりに本来であれば母国フランスの後の賢人となる男性に大けがを負わせ……彼の研究はプルミエの知る未来から10年遅れてしまい大勢の人々が苦しむこととなってしまった。彼女の起こした最初の事故の遠因であった彼ではあるが、変えるべき未来はそこではなかった。
 その結果、彼女はこの世から消えてしまった。ただ、彼を助けたかったのにとつぶやく彼女が最後の目撃情報で、ミリューがどういうことかと声を掛けようとして、目の前で衣服だけを残して彼女は消滅したという。
 そして本来の事故がある年にやはり同じ事故で恋人は死んでしまい、ミリューも賢人の研究で助かっていたはずが、時期がずれたがために同時に亡くなったという。
 失敗すればより悪い世界になる。ハリエットは震えて記録を閉じた。ヴォルデモートを殺さなければならない。だが、それはハリーが行わなければならない。どこをずらしても問題しかないのだ。


 勇気を奮い起こし、次の記録に目を通す。次はナーエという男性だった。彼はリーベという女性だった転生者で、生前の彼女はとにかく不幸な女性だった。
 貴族階級で生まれた彼女は異国人だった母に先立たれ、たった一人人種の違う屋敷で召使のように扱われていた。愛した相手とは結婚できず、政略結婚で望まない結婚を強いられ、やがてその家も不祥事で没落し、彼女は売られてしまった。
 彼女はこの人生で何度も逃げる時間はあったのにと後悔し、魔女として生きられなかったことを悔いて死んだ。だから彼はリーベを助けるために奔走し、ついに助け出すことに成功した。その過程で彼は自分に良くしてくれた人を助けた。
 4回の回数制限で最後にリーベを助け、そして彼女が魔法界に無事入れたことを見て満足して消えたのだという。原因は回数の超過だった。
 記録を閉じるハリエットは目も閉じてそっと息を吐く。
 
 大きな変化ももちろんダメで、超過も許されない。なんのために生まれ変わったのだろう、とそっと目を開いた。
 できるのかな、とハリエットは記録をしまって寝台に倒れこむ。9回の制限はこうしてみると破格だ。ハリーとしての何か善行でもあったのだろうか。ヴォルデモートの分霊箱は本来6つと本体で7つにわけるつもりだったのを、どういうわけか6番目にハリーの体に入れてしまった。そのため彼の魂は8つに分かれることとなった。
 9つというのはそれにちなんでいるのだろうか。わからない、とハリエットは窓の外を見つめた。大イカが通り過ぎる外は暗く、部屋の明かりさえも吸い込まれてしまっているようだ。


 あれからハリーとは話していない。スネイプに慰めてもらって、ようやく何であれほど落ち着かなかったのかもわかった。やはり自分は覚悟が足りていなかった。中途半端な覚悟でクィレルを手にかけたのだ。授業中よく動揺することもなく乗り切れた、と両手で顔を覆う。
 心が引き裂かれたかのような苦痛。ヴォルデモートは何ともなかったのだろうか。それとも、分霊箱を作りすぎてそういった感情はなかったのだろうか。ハリーはあぁも言ったがもう唱えることはないだろう。その必要はどこにもない。
 腕につけたターコイズと黒曜石のついた髪紐を見つめる。ずっと時に髪に、時に腕につけているそれは片時も離さずつけていた。魔法がかかっているのか、少しも傷んだ様子はない。ほかの髪紐はみんな一年も使うとだんだん擦り切れてきてレパロで直すかあるいは消耗品だからと手放してきた。新しいものはまだあるけれども、一学年の時から持っている髪紐はもうこれしか残っていない。

「先生」
 ぎゅっとそれを握り、ハリエットは体を丸めた。セドリックを助けるための呪文は今練習中だ。かつて闇払いとして従事する中で起きたある闇の魔法使いの捕縛作戦。あの時見つけた闇の魔法が役に立つ。

「ハリー、僕はもう手が汚れているんだ。だから、これからも僕は闇の魔法でもなんでも使えるものは使って……絶対に君の後悔を取り除く。その結果、君に嫌われようともさげすまれようとも……僕はもう決めたんだ」
 宙に掲げた手を握り締め、ハリエットは眼鏡を置いてシーツの中に入る。信用されないなんて、いまさらなんだ。これから僕は……悪意と不信に身を置くのだから。いまさら、傷つくのが怖いだなんて、勇敢に戦って散っていった仲間に顔向けできない。







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