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30:あの時彼女の唱えたもの

 イタチ事件で実に面白かったというロンとは反対に、ハリーは呻くばかりだ。なんであの時飛び出してきたのか。それも抱き留めて、折り重なって落ちて。次の日は朝から珍しくスリザリンがざわざわしていて、マルフォイは何か会話したらしいヘンリーの頭を雑に撫でられて笑っていた。
 ハーマイオニーから手紙の返事として、土曜の昼に会う約束をしてはいるものの、もう聞くことが山積みでどこから聞いたらいいのかさっぱりだ。
 楽しみにしていた闇の魔術に対する防衛術も席に座って待つ間、何度もため息が零れ落ちた。

「どうしたんだよハリー。この間からずっとそんな調子で」
 一人事情を分からずにいるロンは首を傾げ、ハリーに尋ねる。ハリエットからは二人ならあってもいいという返事だったため、ハーマイオニーと二人で会いに行く予定だ。だから詳細は言えない。

「ちょっとね。片割れが頭痛の種なんだ」
 彼女は未来が見えるという。ということであれば何か裏があるのか、それとも大事な未来には関係がないことであれば自由にしているのか。だとしても、彼女周辺にいる異性が気に食わない。

「あぁ、彼女と連絡取れているんだ。夏、なかなか連絡が取れてないって言ってたからまぁよかったんじゃないかい?」
 取れないよりは、というロンにそうなんだけどさ、とハリーはため息をこぼした。そこにムーディがやってきて、これから一年みっちり教えていこうという。出席を取り、ぶっきらぼうな口調で説明すると魔法省が最も厳しく罰する魔法とは何かと問いかける。
 魔法の目はどんなかたい物質でも見透かせるのか、机の下でこそこそ何かをパーバティに見せていたラベンダーは注意されたことにまだ顔を赤らめてうつむいていた。
 普段めったに手を上げることのないロンが恐る恐るという風に手を上げる。

「服従呪文」
 パパが言っていたんだ、というロンにムーディは魔法省勤めならば知っているはずだと頷き、過去からクモを取り出した。ガサガサ動くクモを見やすいようにと肥大化させ、杖を向けた。

「インペリオ」
 そのとたんクモがおかしな行動をして、まるで曲芸をするかのように踊りだす。笑うクラスメイトだったが、これをかけられても笑っていられるか、という一言で一斉にざわめきは消え、静寂が訪れる。

「魔法省はこれを掛けられたものとそうでない、かけられたふりをしたものを見分けなければならなかった」
 証拠も残さず、かけられたのかそうでないかの判別は難しい、というムーディにハリーは背筋を震わせた。強制的な操り人形ほど怖いものはない。それが魔法でできてしまうことに肌が泡立つ。
 次に手を上げたのはぶるぶると震えるネビルだった。薬草学以外では絶対に手を上げないネビルの様子に誰もが驚き、震える唇から紡がれる答えをじっと待つ。

「磔の呪い」
 そう呟くネビルの言葉に今度はハリーがショックを受けた。確かハリエットはあの時何と言っていたのか。スキャバーズに、ワームテールに向けて……“もう一度磔の呪いが欲しい?”そういっていた。ハリエットはこの魔法が制限されていることを知っていたのだろうか。もし知っていてかけたのであれば……彼女はいったい何を考えているのか。

 目の前で肥大化したクモがひきつけを起こしたかのように震え、苦痛を訴えているような様相を目の当たりにしたハリーはもがくスキャバーズを思い出す。彼女は……わかっていたのだろうか。
 目を皿のようにして凝視していたネビルの様子に、ハーマイオニーがもうやめてくださいと声を上げたことでクモは呪文を解かれ、かごに戻された。

「さて、最後に一つ残ったのだが、それを答えられるものはいるか」
 恐怖で動けない生徒の中、ハーマイオニーは恐る恐る手を上げ、あてられてもうれしくなさそうな顔で、一度唇をかむ。

「アバダ・ケダブラ」
 消えそうなほどの声は自信がないのではない、恐れているのだとハリーは直感し、だれもがクモの行く末を見つめる。ハリーは指先の感覚がなくなってしまったように目の前で殺されたクモを見つめた。

 これも、知っている。
 緑の閃光。あの時もどこかで見たものだと思ってはいたが……。

「そう、死の呪文だ。これを受けて生き残った者はただ一人。反対呪文も何もない、恐ろしい呪文だ」
 ムーディの言葉が頭に残り、ハリーは青ざめたまま死んだクモを見るしかできなかった。一学年の時、彼女は……クィレルを殺した時なんて唱えていたのか。

「これには強力な魔力は必要だ。よって、お前たちが杖を取り出し唱えたところで鼻血一つ出ることはないだろう」
 それじゃあそれを唱えてクィレルの命を奪ったハリエットはどういうことなのだろうか。彼女はそれほど強いということなのか。それにしても、と淡々とした風のムーディにハリーは恐れを感じていた。
 虫と人とを比べるのがおかしなことなのかもしれないが、この呪文を唱えたハリエットはずっと泣いていた。ごめんなさいと謝り、取り乱した風だった。クモだったからムーディは気にもしていないのか、それとも……。
 ハリーは片割れの底知れぬ恐ろしさを覚え、牡鹿のチャームをぎゅっと握りしめた。彼女は一体何者なのだろう。


 授業が終わるとどこか様子のおかしいネビルをムーディがねぎらい、ハリー達はその場を後にした。
「ねぇハリー。きっと、何か事情があるのよ。ハリエットだって知らないはずはないわ」
 ふさぎこむようなハリーにハーマイオニーが声をかける。彼女とロンは磔の呪文を使う彼女を見ていたのだ。それしか知らないことにほっとしつつ、分からないんだ、とつぶやいた。

「彼女は僕のことなら何でも知っているって言ったけど、僕は何も知らないんだ。彼女がどう考えているのかも。縛るだけでよかったのになぜワームテールに使ったのか。なにも、何もわからないんだ」
 闇の魔法を使うことの重さを彼女は知っているはずだ。それなのに……。

「何処にいるかわかれば直接聞きに行けるのにな」
 どこにいるんだろう、というロンにハーマイオニーもハリーも答えられない。スリザリンの席で静かに食事をとる赤毛の少年はマルフォイに声を掛けられ、何か答えている。彼女が、彼が、スリザリンにいることに何か関係はあるのだろうか。

 その日、飛んできたシリウスからの手紙にハリーは手紙を出すべきじゃなかった、と握り締めた。彼がイギリスに戻ってきてしまう。魔法省がここぞって探しているこの地に。
 傷が痛んだぐらいで……そう考えて、ヴォルデモートが彼女を知っていしまったことにどうすればいいんだとうつむいた。来てほしくない。だけど、彼女のことを思えば……。
 寝台で地図を取り出し、花の位置を見る。彼女は一瞬スリザリン寮にいるのが見えたが、自室に入ったのか消えてしまう。どうすればいいのか教えてよ、とハリーはうつむいた。







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