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29:窒息しそうな愛
途中意識を飛ばしたハリエットがその後目を覚ますことなく、か細くあえぐだけになり、スネイプはそっと黒髪を撫でつけた。
愛している。苦しいほどに、愛している。
彼女が自分だけを見つめてくれているのはわかっている。わかってはいるが彼女の些細な無自覚な行動一つで心が荒立ってしまう。今回も彼女にとっては何でもないことで、むしろ気が付いてすらいないかもしれない。それでも、彼女はまるで蜃気楼のような気がして、突然目の前から消えてしまいそうな気がして……それが怖い。
快楽で縛り付け、よそ見をする間もなく、だれかに手を引かれる間もなく……。かつてやってしまった失態での二の舞はしたくない。なのに、ハリエットはこちらの気も知らないで、どんどん様々な厄介ごとに首を突っ込む。それこそ、ハリー=ポッターと同じように。
ヘンリーとドラコの間に起きたらしいハプニングを聞き、全身の血が煮えたぎりそうになり……のこのこやってきた彼女にぶつけた。最低だ、とため息を飲み込むスネイプはハリエットを強く抱きしめる。
彼女は何度言っても、どれだけ食べさせても軽いままだ。それなのに細く小柄なまま彼女は女性としてどんどん成長していく。まだ手が余るほどな胸も、触り心地のいい肌の臀部も女性らしくなった。それは胸こそなくなるものの、ヘンリーも変わらずで、誤魔化してはいるが中性的な姿だけはどうにもならない。
だがこれ以上ヘンリーの薬を強くするわけにもいかない。ただヘンリーの身にまとう優しい香りや、漂う無意識の色香を抑えなくては、と額に口づけた。
彼女にただ愛していると伝えられればいいものを、何かが自分を抑えるようにその言葉を喉元で握りつぶす。息を欲するようにあえぎ、その言葉を出してしまいたいのに、左腕の痛みがそれにふたをする。
アイラブユー。
そんなちんけな言葉を彼女に伝えたいのではない。もっと、もっと大きな、そんな感情なのだ。いつか、いつかこの感情を彼女に伝えることはできるのか。彼女に伝えることができるのか。
それとも、この喉を締め付けるものは己の罪だろうか。リリーを守れず、リリーを傷つけた自分への、罰なのだろうか。
「リリー」
彼女にストレートに伝えることができたのならば、何か変わっていたのだろうか。
「許してくれリリー」
君の娘を愛してしまったこの罪人を。どうか、許してほしい。彼女のためならばこの呼吸さえも彼女にささげよう。君がそう望むのならば。
夢の中でハリエットは大事に大事にされている人形だった。ぼろぼろになりながら、周りにいた人形が壊れるのも構わず、自分勝手に動く人形。やがて自業自得に落ちて壊れた人形を見えざる手が持ち上げ、様相を変えて直されて再び壇上に戻される。
今度は大きな手が大切そうに抱えてくれた。
“リリー”
あぁあなたが求めているのは私じゃない。知っていたよ。それはあなたが壊してしまった別の人形だ。だけれども、それであなたの孤独が癒されるのであれば、私は喜んでみがわりになるよ。
それが、父があなたにしたことの償いと、自分が陰で守られていたことを知らずにいた罪と、返したくても返せずにいた大きすぎる恩を返す……。ただ一つの方法だから。
ぱちりと目を開けたハリエットはなんで泣いているんだろう、と目元をぬぐい、夢のことを考えようとする。何か、とても悲しい夢を見た気がする。心の中に楔として残る巨大な杭に触れたような、そんな気がして、ハリエットは体を起こした。ズキンズキンと痛む最奥と体以上になんだか心が痛い。
自分が動いたことで目を覚ましたらしいスネイプが黙って手を引いたのに身を任せ、抱き留められながらそっと唇を重ねた。愛している、その言葉が胸を埋め尽くし、息が詰まる。
この言葉は絶対に伝えてはならない。それはわかっている。ただ、彼を助けたい。それだけでいいのだ。たとえ、7人と同じ道をたどっても、必ず彼を助けたい。そのためならば、一度は死んだ身なのだ。そのために生まれなおしたというのであれば……。
だけれども方法がまだ見つからない。彼とどうやって死の淵から救えばいいのだろうか。母のように、彼に愛の魔法を、そう考えてナギニの毒では無意味だろうと、内心で首を振る。どうすれば、どうすれば彼を助けることができるのだろうか。愛で目がくらむ前に、その前に答えを知りたいと、ハリエットはあやす手にうつらうつらして、目を閉じた。
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