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26:嵐の列車
いつも通りのコンパートメントで、ヘンリーはいつも通り出かけたドラコたちを待つ間に着替えて外を見ていた。義母に無茶はしないように言われた翌日、スネイプのところに行って嘘をついたことを怒られた。同時に、能力のことを考えれば仕方がないとはいえと半ばあきらめのように言われたのが一番こたえた。
だけどそれを弁明することもできない。きっと自分はこれからたくさんのウソを重ねていかなければならないのだから。何も言い返せず誓うこともできず、泣くしかできなかったハリエットをスネイプは抱きしめて額に口づけてくれた。それが余計に悲しくて、胸をえぐる気がした。
かつて同じ力を持った人のうち、最後の願いをかなえることができたのは2人だけだった。まだ詳しくは見ていないが、5人は叶えることができなかったらしい。
「できるかな」
何よりも難しい綱渡りに自信がない。でも最終目標はただ一つだ。スネイプを生かすこと。そして闇の帝王が死ぬ未来を変えないこと。ただそれだけだ。だけどその二つは本当に難しい。
「それにしてもひどい雨」
もう温かい、ぬるま湯の時間は終わったのだと、そう知らしめる雨にため息がこぼれる。
「どうしたんだヘンリー」
入ってきたドラコに振り向くヘンリーを見て開口一番に問いかける。不安げな顔になっていたかな、と頬を叩くヘンリーはちょっと家のことでね、と笑って誤魔化す。
「それにこの天気が憂鬱で。城に着くまでにずぶぬれになりそう」
「あぁ、ひどい嵐だな。そうだ、ヘンリーはまだ知らなかったな。今年ホグワーツで行われる一大イベントだ」
窓をのぞき込むドラコはどんどん激しくなっていな、というと何も知らなさそうなヘンリーに尋ねる。大叔母様がやけに楽しそうだったけど聞いてないと首を振ると、ドラコは得意そうに笑って三大魔法学校対抗試合という。
「トライウィザードトーナメント?」
「あぁ、3校が代表選手を出して競う一大イベントだ。今年はそのせいで残念ながらクィディッチの試合がないらしい。ただ、このイベントも十分楽しめるだろう。とはいえ、僕たちは年齢制限のせいで出られないと父上からうかがっている」
200年ぶりだというそれにヘンリーは興味を持った風にして聞いて、年齢制限と聞いてあぁと声を落として見せる。ドラコとしてはその反応が満足だったのか、僕らが7学年の時にもやってくれればいいんだけど、という。
7学年。その言葉がちくりと胸を刺すヘンリーはクィディッチがないのは残念だと言って……ワールドカップの話に花を咲かせた。
セストラルの牽く馬車に乗り例年よりも敷地内に入ると、玄関先に横付けされて一目散に城の中へと飛び込む。すっかりびしょぬれで、ヘンリーは杖を振ってドラコたちの服を乾かした。
自分もまた乾かすと、さすがヘンリーとドラコは口角を上げて大広間へと入っていく。上級生でも乾かすことのできる生徒は自力で制服を乾かし、できない生徒は濡れたまま席に着く。その中にハリー達を見つけ、ヘンリーは目をそらした。
そしてダンブルドアから三大魔法学校対抗試合についての説明と、今年のクィディッチが中止になった話を聞き……入ってきたムーディに視線を向けた。今年もっとも注意すべき相手であるムーディ。スネイプの表情からも歓迎してない風ではあるが、だれも彼の変装に気が付いていない。
もともと彼が演技がうまかったのだろう。だが、ダンブルドアでさえ欺くことができたのだ。どこかコツを抑えれば……ヴォルデモートは騙せるだろうか。
ずっと心に引っかかっている“スネイプを死なせない方法”が頭をよぎる。幸い、その時の記憶の写しは保存してある。夏になってから膨大な記憶にのまれそうだと思って写し取った記憶だ。
ムーディの目がハリーを見たあとヘンリーを見る。だが薬による変装を見分けることはできないだろう。なぜなら……二つの姿がかぶってみたところでほぼ変わっていないのだから。
いつものように個室に戻り、そっと窓を見上げる。酷く寒く、ベッドに入れられた湯たんぽが温かい。これからハリーを襲う厄介ごとを思うと……ハリエットはため息しか出ない。あ、そうだ、とハリエットは枕元に写真を並べる。2学年の時に撮ってもらった2枚の写真と、ドラコから受け取った正装の自分とスネイプの写真。
「わわわっ」
並べたハリエットは顔を赤くしてマルフォイ邸で撮った写真を伏せる。一息ついてから恐る恐る持ち上げると、写真の自分にスネイプが覆いかぶさるようにしてキスをしていて、背伸びをする自分を抱きしめていた。
「私しかいないからって……もー!」
どきどきと耳元で心臓がうるさい、とそう思いながらじっと写真を見つめる。何も考えず、何も求めず……スネイプと過ごせたらどれほどいいのだろうか。
「そろそろ腹括らなきゃだね」
今一番危惧しているのは、今のスネイプが果たして7人のポッターを考えるかどうかだ。自分の存在が邪魔になっていないか……それが不安で仕方がない。どのみち、6学年になったらば……確実な別れが待っている。もうそのことについて考えなければならない。
そうだ、とハリエットは予見者たちの記録を手に取った。失敗してしまった人たちの原因を確認し、自分は回避しなければならない。そのためには彼らの記録が唯一の手掛かりだった。
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