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25:心配の痛み

朝食をとっているとそこに姿現しの音が聞こえ、玄関の扉をノックする音が響く。
「あら、ダンブルドア校長」
 玄関を開けたモーリーが驚く声が聞こえ、ハリエットはガバリと顔を上げた。先日は大変じゃったな、というダンブルドアはまっすぐにハリエットを見ていて、ハリエットは慌てて服を詰め込んだ小さな袋と杖を手に駆け寄る。

「詳しい話は君の義母らが待っている先でよく聞こう。じゃが、君は本当に勇敢かつ、正しい力の使い方をしたのじゃ。ひと先ずは彼女と彼に無事であることを知らせるのと同時に、十分怒られてくるように」
 闇払いの彼女から事情は聴いておる、というダンブルドアはハリエットの頭をなで、行こうと促す。

「あ、ダンブルドア先生待ってください!」
 そのまま玄関に向かう二人をハリーは慌てて呼び止めるとばたばたと階段を上がり、モーリーから受け取った荷物を広げて駆け下りてきた。ちょっとまってといって部屋の隅の方に行くとがちゃがちゃと何かを移し、ハリエットこれ、と袋を手渡した。
 受け取ったハリエットは中身がコインであることに気が付くとハリーのお小遣い、と慌てる。

「大丈夫。もともとお願いして多めに入れてもらったんだ。前にホグズミードでハリエットがコップを手に迷っていたから」
 ハリエットもポッター家のお金を使ってもいいはずだ、というハリーにハリエットはそれならと受け取る。お小遣いとしてお金はマクゴナガルからもらってはいるが、屋敷しもべ妖精らがいるおかげで手伝いなどはすることができない。だからいつも定額で、こつこつ貯めてプレゼントなどを買っていた。

「去年買った時計ですっからかんだったから助かるよ」
 予想以上に高かった、というハリエットにハリーはその腕時計?と尋ねる。

「あぁこれはこの前せん……誕生日にもらったんだよ。買ったのはせんせ……誕生日プレゼントで……ダンブルドア先生、行きましょう!」
 これはと無意識で口に出そうとして、ハリエットは慌てて外へと飛び出す。楽しげに見つめるダンブルドアは口をパクパクさせるハリーに微笑みかけ、モーリーにハリエットの保護をありがとうというと、ハリーの言葉にならない声を背に姿くらましをする。

「お金が入ったから次の誕生日プレゼントも気合を入れられるわね」
微笑まし気なハーマイオニーにハリーは聞こえないと耳をふさぐ。ハリーと仲が悪い人なのね、というジニーにハーマイオニーは笑って難しい人なのよ、といった。


 校長室に直接きたハリエットは部屋を見回して、ヒェッと小さくこぼした。待ち構えていたマクゴナガルとスネイプにダンブルドアはさぁと背中を押す。数歩の距離とはいえ歩いたハリエットはじっと見つめる二人の視線に耐え切れず、ごめんなさいと頭を下げた。ため息が聞こえて、顔を合わせづらいハリエットは無茶をしたことに言葉を詰まらせた。

「怪我はもう大丈夫です?」
 抱きしめられたことに驚いて顔を上げたハリエットは、のぞきこむマクゴナガルの心配げな顔に心配させたんだ、とごめんなさい、と言いながら抱きしめ返した。

「ハリエット、何があったのか……話せる範囲で教えてもらえないじゃろうか」
 心配してくれる家族がいる。このことが温かく、ハリエットにはいまだなじめない。かつてマクゴナガルに、義母に心配をかけるのが心苦しいといったが、心配をかけることが苦しかったのであり、こうして心配されることの暖かさで得る苦しさは想定していなかった。
 そういえばハーマイオニーもロンもたびたび無茶ばかりする自分に怒っていたのは……心配だったんだ、とかつての記憶を思い出すハリエットは謝ることもできない親友たちにごめんね、と心の内でつぶやく。ジニーにもたくさん心配をかけた。
 心配する痛みもされる痛みも理解したハリエットは……2年後のことを思うと胸が引き裂かれそうな気がして、目を閉じた。

「あの会場になったキャンプ場の管理人一家が……酔った死喰い人によってつるされました。幼い子供達はおもちゃにされ、奥さんはネグリジェ姿を逆さにされて。いくら記憶を改ざんしても時にトラウマを抱えると聞いたことがあったから……だからマグルの一家をもてあそぶよりも価値があるらしい私が囮になればと。死喰い人を引き寄せて騒動を起こし、闇の印が打ち上れば何も未来に抵触はしないだろうと……」

 騒動が起きることと闇の印が打ちあがることという事象は変わらず、その発端となることがマグル一家をもてあそぶことか、それとも未来を知る少女を追いかけまわすことかという事実は変わった。だが、結果が同じためにペナルティーは発生しなかった。
 今後起きる、ピーターの放った死の呪文によりという事実を変えず、セドリックが死ぬ事象を変えて生き残らせる。間違いなくペナルティーを受けるだろうハリエットはマクゴナガルから一歩離れて胸元を握り締めた。この二つのことは微妙に解釈が難しい。
 ただ、結果として起こりうることを変えてはいけない。事実は変えても問題がないのだが、起きたことを変えてはいけないのだ。
 ハリエットはそれを変えるために今を生きている。

「もし仮に騒動が起きなかった場合はどうなっておったのじゃ」
「間違いなく、罰を受けるでしょう。それも、どれほど大きな罰になるかはわかりません」
 結果的には問題がなかったものの、失敗していたら、というダンブルドアにハリエットは素直に答える。本当にそれが怖かった。

「ミネルバからは聞いている通り、もう歯車は動き出した……そう考えてもいいのじゃろう。セブルス、少し話がしたい。ミネルバはハリエットを部屋に。せっかくじゃ、ワールドカップの話をしてくるといいじゃろう」
 確認する風でもなく頷くダンブルドアは、じっと黙ったままのスネイプに声をかけ、親子二人が部屋を出るのを優しく見守る。


「セブルス、闇の動向を少し注視してほしい。この秋からアラスターを新教員に招いておる。少々動きにくいかもしれんが……」
 今後を考えれば彼が適任じゃろう、というダンブルドアにスネイプは少し顔をしかめて承知したと返す。本来ならばあまりかかわりあいたくない、という風のスネイプは少し考えて小さく息を吐いた。

「注意しておきましょう。今年もまた穏やかではない……そういうことですな」
「セブルス、今年も、ではない。今年からさらに、じゃ」
 間違いなく何か騒動が起きるのだろう、と考えるスネイプにダンブルドアは首を振った。その言葉に黙ったまま……無意識に闇の印を抑えるスネイプは今回無茶をしたハリエットは大丈夫だろうか、と安否に思いを寄せる。

 スネイプのそんな心境の変化にダンブルドアはそっと微笑んで……ふとその笑みを消し去った。
 闇が目覚めた。
 それは……ハリエットが、ハリーが深い後悔を残し、転生する軌跡を生み出すほどの悲劇が待ち構えているということだ。

「セブルス、ハリエットのこと、頼むぞ。彼女の見える未来はここからじゃ」
 もはや余裕などないというダンブルドアにスネイプは黙ってうなずくしかない。彼女の行動がすべてを物語る。彼女がこの手の届くところに居てくれればいいのだが、彼女もまたポッター家の人間だ、とスネイプは半ばあきらめのようなため息を吐いた。







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