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21:作戦開始

 ブルガリアの大臣らが席を立つタイミングでマルフォイ家も席を立ち、まだ人のいる階段をまた避けもせず降りていく。夜も遅いがこの後いかがか、という大臣を辞退し、会場から離れる。

「帰りはポートキーで帰ると聞いているが……引き留めようと思ったのだが、こちらも用事が入ってしまったようだ。ナルシッサ、先に戻っていてくれ。ドラコ、どこか開けた場所まで彼を案内してあげなさい」
 あたりを見回すルシウスはどこか一点を見つめると、ナルシッサに帰るよう促し、ドラコにヘンリーを見送るよう伝える。それで分かったのか、ナルシッサはでは一緒に移動しましょうと言って、ドラコとヘンリーを伴い人の波から外れていく。

「本当にすごい試合だった。新学期が始まったらまたいろいろ話そう」
「本当にね。このままいたら夜通し話し込んで、またハロウィンの時みたいに寝込んでしまいそうだ」
 いい試合だった、というドラコにヘンリーもいくらあっても言葉が足りないと返す。そんな息子と友人の姿をナルシッサは優しく見つめ、ではわたくしはこれで失礼しますね、とヘンリーの手を取り、息子とこれからも仲良くしてほしいと微笑む。

「もちろんです。本日は招いていただいてありがとうございます。本当にいい体験でした」
 握り返すヘンリーにナルシッサはもう一度微笑むと姿くらましをして消えてしまう。じゃあ僕も行かなきゃ、と袋を取り出すと、ドラコが手を差し出しているのに気が付き、また9月にと握手を交わす。

「興奮しすぎて眠れない、なんてことになるなよヘンリー」
「ドラコもね。ウロンスキー・フェイントの夢を見て飛び起きないように」
 笑うヘンリーをなんで失敗する前提なんだ、と笑うドラコが小突きじゃあまた、と言いながら握った腕をひく。身構えていなかったヘンリーがドラコに倒れ掛かるとドラコはまたな、と言って抱きしめ、ヘンリーを放した。
 親愛のハグということに気が付いたヘンリーはうなずくと袋からバレットを取り出し握りしめる。
 
 引っ張られる感触によって移動を始めたことにヘンリーは身構え……着いた先で小屋の中をうかがう。あの時もそうだったが、この小屋は管理人がいる小屋で、管理人本人はもう帰宅しているようだった。
 夏季休暇が始まり、少し経った頃にビオラになったハリエットは敷地外に出て……ここまで姿くらましをしてきた。ぐるっと回って管理人の家を見つけ、そして戻ってきた。姿くらましができることはホグズミードに行った際などに確認していたが、こんな遠出ははじめてで少し緊張したのを覚えている。

 管理小屋の戸口に行くと、杖で開錠し中に滑り込む。座り込むと会場からの声に耳を傾け、時計を確認した。試合が終わる時間を大体覚えていてよかった、とハリエットに戻ったのを確認し、袋からハリエットの私服を取り出した。
 これから走り回る予定のため、スカートの下にスパッツを履いて、念のために買った眼鏡に付け替える。結んでいた髪を下していつもの髪留めをブレスレットにしてただ時間を待つ。


 そろそろ行こうと小屋を出るとまっすぐ管理人の家へと向かった。

「もう来てる!」
 家の近くには酔っ払った様子のフード姿の男がいて、何やら騒いでいる。杖を振るハリエットは家に向かって、マグルが外を見ないよう魔法をかけるとホイッスルを取り出した。
 いくら記憶を消せるからといっても、体は恐怖を覚えてしまうことがあると聞いた。あの後この一家がどうなったか知らないが、あんな子供にそんなトラウマを植えるなんて許せない。

 息を吸い込むと甲高い笛の音を響かせ、フード姿の男らがぎょっと振り返ったところで失神呪文を投げつける。
 さっと戦闘態勢に入った男たちが放った魔法が近くの木に当たり、ハリエットの顔を一瞬照らす。もちろん、ここまで作戦通りだ。

「緑の目の女……噂通り、ポッター家の長女が実在したんだ!!捕まえろ!!」
 じっと見つめるハリエットに気が付いたらしい男たちが管理人の家から離れ、ハリエットを追いかける。ここからは騒ぎを起こしつつ、闇の印が上がるまで逃げなければならない。
 走っていくと後ろからは追いかけてくる男たちの声と、時折来る失神呪文の赤い光にハリエットは必死に走っていく。
 やがてテントのところに来ると申し訳ないと思いながらもジグザグに走り、魔法をよけていく。やがて騒ぎに気が付いた人がテントから出てきて、ハリエットがぶつかると瞳の色と髪の色に予見者の女だ!と騒ぐ人が出てきて、ハリエットはなんとかすり抜けると人の手をかわしていく。

 逃げる人々と、ハリエットに気が付き追いかける人と……遠くで赤毛の一家が見えたハリエットはほっとして、横から来た何かをよけようとして、足をつかまれる。あ、と思った時には逆さにつられていて、めくれるスカートを慌てて抑えた。

「予見者の女を捕まえたぞ!」
 そういう声が聞こえて地面を見下ろせばこんな小娘に、とか、なめたことをするからだ、とか見上げてくる男たちから聞こえてくる。それよりも、とスパッツを履いているからとはいえ、スカートがめくれることそのものが恥ずかしい。
 やがて闇払いらと交戦し、ほっとするハリエットだが腕を抑えられて青ざめる。フィニートという声が聞こえて落下すると、大丈夫だった?と聞き覚えのある女性の声がハリエットを受け止めた。
 相手もそこで分かったのか、ハッと息をのむ。乱戦からとにかく安全な場所に、と移動すると女性……トンクスは怪我の具合はないかと覗き込んだ。

 その瞬間、闇の印が煌々と空に輝き、トンクスとともに驚いて空を見上げた。

「行かなきゃ……。トンクス、あそこに私も連れて行って!」
 抱きかかえられたままのハリエットはおろしてもらえなさそうな雰囲気に気が付くと、トンクスにお願い、と頼み込む。え、えぇ……と驚くトンクスはつかまっていて、というと仲間を追うように姿くらましをした。
 現れた先ではハリー達を囲う魔法省職員がいて、いったい何なの、とトンクスは驚いた声を上げた。ロンの父アーサーが息子達だと言って間に入り、クラウチが問い詰める。

「ハリー!」
 驚くトンクスの腕から滑り降りたハリエットはたっと駆け出すと、驚いた様子のハリーを抱きしめた。ハーマイオニーもあぁよかったわ、と胸を抑え、ロンはただ驚くばかりだ。

「逃げるときに予見者の女って聞こえて……やっぱりハリエットだったんだね!大丈夫?ケガは?」
 心配したんだよ、というハリーにハリエットはほっとして、いまさらながらに足を震わせた。これで失敗して運命が変わっていたらと思うと、怖くて仕方がない。それでも、無関係の子供を巻き込むのは嫌だった。

「振り向いたときにあなたが吊るされたのが見えて……心配したわ」
 どうすることもできないから、とにかく逃げるしかなかった、というハーマイオニーにハリエットは首を振る。初めて遭遇した死喰い人に恐怖を抱かないわけがない。闇払いが来ていたのだから、逃げるのが正解なのだ。

 あっちに失神の呪文がいったはずだというセドリックの父、エイモス=ディゴリーが杖を前に構えて森に入っていく。先ほど死喰い人らがなぜ彼女を追いかけていたのか。それを問いかけたい魔法省の職員だが、疲れ切ったハリエットがハリーにぐったりと寄りかかっている姿に、躊躇してしまう。
 ディゴリー氏が驚いた様子でクラウチの家の屋敷しもべ妖精ウィンキーを連れてきたことで、全員の意識がそちらに意識が向く。
 顔色の悪いハリエットを心配するハリーはハリエットにしか聞こえないよう小声でまさかペナルティーを受けたの?と問う。
 首を振るハリエットだが、今になってあちこちぶつけたりした傷が痛みを放ち始めていて、先生や母さんが心配する、とぼんやり考えていた。ハリーの杖を持っていたことがわかると、ディゴリー氏は疑いをハリーにかけようとして、同じ顔でぐったりしている少女を見た。手ひどく追われたのかよく見れば手足だけでなく、服もあちこち破けている。

「エイモス、君は今この場で最もあり得ないものに嫌疑をかけようとしている。私と、なによりハリー=ポッターだ。大体、彼といる少女は先ほど死喰い人の一行に追いかけられ、晒された被害者だ」
 トンクスがハリエットの服に気が付き、レパロ、と唱えて怪我の具合を確認する。クラウチの言葉と少女の様子にディゴリー氏は少し冷静さが戻ってきたのか、しどろもどろになりちらちらとハリー達を見る。
 アーサーが杖を拾っただけだろう?と問いかけるのをウィンキーはおびえた様子で聞いていた。

「私が追いかけられていたのは、あの管理人一家があの人たちに吊るされて、奥さんは辱められて、子供たちはぐったりしている……そんな光景が見えたから、だから助けたくて。変えてはならない未来はテントが燃える光景だったから、テントがある方向に逃げました」

 彼らは絶対に予見者の本当のことを知らないし、調べることもしないだろう、とハリエットは小さな声でトンクスに答える。うんうん、と聞くトンクスは見えちゃったら仕方ないと言って彼女の証言を記録する。
 本当のことではないが嘘ではない。
 本当の不思議、とトンクスは少女の頭をなでながら考える。予見者というものがどういうものか、占い学はさっぱり興味がないため知らないが、結局彼女が逆さ吊りにされ、スパッツとはいえ晒されることになってしまった。
 誰が吊られたかが異なるものの、その事実は変わらない。そのことに神秘部が彼女を隠す理由が分かった気がして、彼女たちを早く安全な場所にと提案する。




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